五人の候補者、目覚めぬ【祝福】
其は【力】
其は【権能】
其は【証明】
我ら頂きの先にて汝を待つ
汝の旅路に幸多からんことを
◇
零れ落ちていく。
不思議な夢を見ていた。
夢の中で誰かに出会い、何を渡されたような気がしたが、あっという間に記憶から消えていく。
手のひらで水を受け止めた時のように、決して留めることはできない。ほんの少しだけ残った水滴のような残滓が、夢を見ていたことを教えてくれた。
――目が覚めた。
「……どこだ、ここ?」
気がついたら床の上に寝かされていた。
まず天井に設置された豪奢なシャンデリアが目に入り、体を起こして周囲を確かめるとダンスホールのような大きな部屋の中にいることがわかった。
扉は部屋の反対側に一つだけ。足元は一段高くなっていてワインレッドの柔らかな絨毯が敷かれていた。
「う……こ、ここは? ……僕はなんでこんなところに……?」
すぐ傍で俺と同じように寝ていたらしい四人の人間が、次々に目を覚ましていく。
黒髪の小柄な少年。
真っ赤な髪の筋骨隆々の厳つい男性。
ボサボサ髪に白衣を身につけた少年。
ゆるいウェーブのかかった茶色のロングヘアの女性。
彼らも俺と同じように周囲を見回し、絶句した。
「お待ちしておりました!」
目の前に跪く無数の人々の姿に驚き言葉を失ったのだ。
◇
黒髪の少年、龍城大和が困惑の声を上げた。
「異世界から召喚された……? 僕たちがこの国の【国王候補】……? 本当ですか? 嘘や冗談でもなく?」
「私の話は全て誠です。一切の嘘、偽りがないことを私の名誉にかけて誓いましょう」
ホールから会議室のような部屋に場所を移し、お互いに軽く自己紹介をした後、現状の説明を一通り受けた。
だが、その内容は素直に飲み込めるようなものではなく、突拍子もない漫画のような話だった。
――異世界に召喚されました、王様候補としてこれからこの国で過ごしてください
そう言われてはいそうですか、とすぐに受け入れる人間がどれほどいるだろう。
だが、一概に嘘だと笑い飛ばせそうにもなかった。
率先して話をしていた老人――この国の宰相だという彼の隣には姫や騎士団長、宮廷魔術師長など大層な肩書きの面々も並んでいた。
騎士たちが身につけている甲冑や剣は金属の冷たい輝きを宿しており、姫や魔術師たちの身につけているドレスやローブは安っぽい化学繊維とは違う上品さを漂わせていた。
(この部屋もそうだが、あの服とかアクセサリーとかも全部揃えたらいくらかかるわからないな……。
実は全部ドッキリでした――とか、そういうことはないんだろうし……)
彼らが身に着けているアクセサリーの宝石には親指の爪ほどの大きさもあるものがふんだんに使われており、あれ一つで数百万から数千万円はするのでは、と自分で考えた金額の途方もなさに眩暈を覚えそうだ。
イミテーションかもしれない、と自分を誤魔化すには全てが異常過ぎた。
「先王が崩御なされ、神々によって次代の【王】の候補が選ばれました。この世界を統べる【力】と【権能】を与えられた神々の代行者――それが皆様なのです。
今はまだ戸惑っておられることでしょうが、時をおけば【祝福】に目覚め、必ずや御使命を思い出されることでしょう」
「【王】……【祝福】……?」
霧がかった頭の奥で、彼の言った言葉が疼いているような感覚がする。
今と同じ説明をどこかで聞いたことがある――何かがそう囁くのだ。
「思い出したぞ!」
突然、右隣に座っていた赤髪の男――斎藤大輔と言ったか――が立ち上がった。
「そうだ、俺は確かに夢の中で神に――【武芸の神】に会った! そして、三つの願いを叶えてくれると言われたんだ!!」
「……………………は?」
一瞬、思考がフリーズしていた。
赤髪の様子を伺うと、彼は顔を紅潮させて興奮しきりと言った様子で叫んでいた。
「そうだ! アイツは俺が【王】に選ばれたと言ったんだ!! そして、俺に【祝福】を――世界を思い通りに変えるほどの【力】をくれると――!!」
「【王】に選ばれた? 嘘を言うのはやめてください」
「――なに?」
俺の横から冷めた声がした。興奮していた赤髪がいきなり冷水を浴びせられたように呆けた顔を向ける。
「嘘だと? いいや、嘘じゃない! 俺は確かに――」
「あなたは【王】ではない。ただの候補でしょう?」
「――そ、それはっ! だ、だが、確かに俺は【武芸の神】に会ったんだぞ!!」
「それなら私も【魔術の神】に会いましたよ」
「……何?」
左隣に座る、白衣の男――鈴木壮也――が、冷めた顔で赤髪を見上げた。
「だから、私も思い出したんですよ。私も【魔術の神】に出会い、【祝福】を貰った。【王】の候補として試練に挑む為の力をね」
「お、お前も!? だ、だが【武芸の神】は確かに俺に……」
「物分りが悪いですねえ、ここにいる全員が候補だってさきほど宰相殿も言っていたでしょう?
それに貴方と私の神は別の神です。それくらい理解できないんですか?」
はあ、とこれみよがしに溜息をつく白衣の態度に、赤髪の顔が真っ赤に染まった。恥ずかしがっているのではない。
怒りだ。傍にいるだけで火傷しそうなほどの、苛烈な怒りだった。
(白衣の態度は赤髪をバカにしていたが、こいつもこいつで沸点低すぎだろ……というか、喧嘩するなら俺を間に挟まずにしてくれないか?)
白衣も苛立ちを隠さず、凍えるような視線を赤髪に向けていた。
軽蔑を隠さない視線が、怒りに染まった赤髪の視線と交わり、迷惑なことに俺を挟んで火花を散らした。今すぐ逃げたい。
「あ、思い出した! 僕も神様に会いましたよ」
一瞬即発の空気が流れる中で、黒髪の少年が声を上げた。
「僕が出会った神様は【光輝の神】と名乗っていました。で、これをお願いしてもらったんです!」
ガシャン、と音を立ててソレが少年の手の中に現れた。
白い地金に豪奢な細工の施された長剣が、虚空からいきなり登場した。
(今、どこから出したんだ? ……まさかこれが、【祝福】なのか……?)
手品などではない、完全に何もない空間から剣を取り出した少年の姿に、俺はこれが【祝福】だと直感的に悟った。
「【聖剣】って言ってたかな? 光属性の剣で、攻撃力も高いし絶対に壊れないって言ってました。これ、凄くないですか?」
ゲームに出てきそうな単語を連呼しながら、キラキラした笑顔を周囲に振りまく。
高校生の俺より少し年下、中学生くらいだと思うが、無邪気に笑う様はもっと幼く見える。向こうで見た下手なアイドルよりも整った顔立ちをしており、身に纏う空気も一般人とはどこか違う。
(【聖剣】を持った美少年とか、ゲームか漫画の主人公みたいな奴だな……)
自然とそういう考えが浮かんできた。【王】の候補として集められた五人の中でも、彼だけが別格だと思わせる何かがある気がしたのだ。
「それで、お二人はどんな神様に出会ったんですか?」
ニコニコと子供のような笑顔で尋ねてくる。
「私が出会った神様は【慈愛の神】と名乗っていたわ」
先に答えたのは茶色のウェーブヘアの女性――百代苺――だった。
彼女が口を開いた瞬間、僅かに漂っていた緊張感の残り香が吹き飛び、麗らかな春の日差しのような暖かさが室内に満ちた。
「そうね……私も思い出してきたわ。私が願ったのは【回復魔法】……どんな病や怪我も治せる力。私はそれが欲しいとお願いしたの」
ゆっくりと、記憶を噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「……回復魔法……!?」
室内の誰かが息を呑んだ気配がしたが、誰かまではわからなかった。
「へえ、素敵なお願いですね」
「うふふ、ありがとう、龍城くん。あなたのその剣もカッコいいわね」
「ですよね! やっぱり異世界冒険物と言ったら剣ですよ、剣!」
「……ちっ」
きゃっきゃうふふと二人が仲良さそうに会話をしている。その様子にさすがに興が削がれたのか、赤髪は不機嫌そうに腕組みをして座り込んだ。
「あ、それでお兄さんはどんな神様と会ったんですか? どんな【祝福】をもらいました?」
赤髪が座ったところで、少年が話の矛先を俺に向けた。
室内の注目が集ったのがわかり、俺はいやいや口を開いた。
「知らん。どんな神だが覚えていないし、【祝福】というのも全くわからない」
俺は何も思い出せずにいた。