閻魔大王、火の元を確認する
ここは地獄。ここを統べているのが、閻魔大王。命が散ってやって来る死者達をたった一人で牛耳る絶対的な強者だ。
「地獄の治安は良くならない」
「治安が良ければ地獄じゃなく天国ですよ。ベイ様」
「こやつ、言いよるな」
ただ1人の閻魔大王。その名はトームル・ベイ。
地獄を纏め上げる手腕と実力は、職の名すら軽いほど超越した存在。閻魔大王という冠をつけながら、常に最前線で戦うことを好んでいる戦闘狂。
彼が死ねば、再び地獄は泥沼な群雄割拠だ。部下達も彼を護衛しているが、逆に護られる存在になっているのかもしれないと心の中で抱いている。まず死なないと確信しているのだ。
「我々は国という形になった。次は形を固めなければならん。より強固な支配を生むには暴を振るってやる必要がある。我々に少しでも歯向かおうとする者を始末しにいく」
「はっ!」
絶対的な暴はどんな思考も打ち砕く。
トームル・ベイはより支配者として、わずかな反乱因子を取り除こうとしていた。
「その先は?」
「愚問だな。より高みへと行く。地獄じゃない異世界にでも、攻め入ってやろうか」
「なるほど」
「我が名はトームル・ベイ!!閻魔大王!!全ての命に、この名を恐怖として刻み付けてやろう!」
閻魔大王では軽すぎるほどの野心だ。無謀だ、無理だ、神への反逆だ、などといった小さな言葉は彼に通じない。これほど大きな男はやってのける。その隣でも端でもいいから力になりたいのが心酔する部下というものだ。
「我々の命が続く限り、ついて行きます」
「ああ。ついて来い!さぁ、狩りの時間だぞ!」
高まっている野望に部下達は酔い、攻撃対象を目にした時は鷹の如く飛びかかっていく。一戦一戦、命を賭けて戦う姿勢であった。熱い部下の働きと同時にトームル・ベイも自ら拳で戦いながら、最前線で戦う。軽々と敵を殴り倒していける彼の胸中にある思いは……
「うおおぉぉっ、死ね!閻魔大王!俺のファイアアタック!」
「むっ!火の魔法か!」
これを観てしまうと心の奥で気にしてしまう。
家の火の元は大丈夫だったかな?
「よく燃えるじゃないか」
地獄にだって季節があり、乾燥している空気が喉に悪い。乾燥している空気は燃え上がり、広がりやすい。今日の戦場は野外だからいいものの、室内で戦えば瞬く間に家が焼けていただろう。
バギイィッ
「だが、俺を倒すには程遠いな!」
朝、ちゃんと確認したはずだが。それでもちゃんとしてきたか不安になる。俺のいないところで何かが起こることが嫌だ。
目玉焼きとハニートーストを作り終え、食べる前に火を消したはずだ。それから朝食を頂いて、食べ終えたら5分間時計を見ながら食休みをし、皿の片付けを行う。……あれ?その時に最終的な点検をしただろうか?いや、家を出る前に確認もしていないような、したような。
「俺を脅かすくらいの力量をつけてから、反乱を企てるのだな!」
「な、なんて奴だ!」
「や、やっぱりトームル・ベイを脅かせる奴なんていないんだ……」
戦場に赴くための準備をしていた時。今日は寒いから何枚も重ね着したわけだが、それに手間取ってやや時間が掛かった。よって予定する集合地に行くため、慌てて出てしまった。本来予定している時刻より30分近く早く着きながらも!しかし、閻魔大王たるもの時間ギリギリに辿り着くわけにもいかん。社会的に考えてありえん!
だが、それを理由に外出時の最終チェックを怠るとは何たる不覚!家政婦は雇わず、一人前の存在になるべく1人暮らしを続けているのに、なぜ俺は一人前の事に不安を抱くのだ!戦場よりも家の様子が気になってきた!閻魔大王であるのに!早々とこの戦いを終わらせて帰宅せねば!
「敵が退いていくぞ!皆、逃さずに蹂躙しろ!さっさと早くぶっ殺せ!」
「承知しました!閻魔大王様!!」
そうだ。家に帰ったら玄関前に『火の元、施錠、財布の確認を行ってから外出』……というメモを堂々と書いて貼っておこう!これならば今後忘れないで確認する!そして、気にならずに戦場を駆け回れる。
「この問題!早々に解決したな!!これでさらに戦場で血を滾らせてやろう!!」
「はっ!では、遠征をさらに伸ばしましょう!まだ東の方には反乱軍の動きがあるそうです」
「え?」
「この勢いのまま、蹂躙するべきと思われます。我々には2ヶ月ほどの遠征ができる軍備があります」
「えぇぇぇーーー!?それはそうだがなーー!勢いだけだと心配もあるんだぞーー!」
しまった。何たる不覚。
家のことを考えていたら、今回の戦争は1ヶ月以上も遠征する予定だったのを忘れていた。当分、不安を抱きながら戦うのか……。
と、思う閻魔大王であった。
この日の深夜。閻魔大王は軍をコッソリと抜け出して1人で家に帰宅し、しっかりと火の元と施錠などを確認してきたそうな。
ちゃんとできていたのでホッとしながら軍に戻った時、疲れがとれてなくても表情が和らいでいた