プロローグ
「……、ねぇ聞いてるぅ、里紗っち」
そうだった今、松川さんの恋愛相談聞いてあげてるんだった。
「ごめんね、ぼーっとしちゃってた」
「もう、里紗っちにしかこういう話できないんだからね」
「うん、…あのさ、恋愛相談明日でもいいかな、私用事思い出しちゃって」
咄嗟に吐いたウソだった。というか、これは私の手には負えないや。
私、高木里紗、高校1年、帰宅部。
のはずなのに時計を見れば、針は丁度午後五時を指していた。帰宅部の私は空が橙色に染まるまで学校にいないはずなのだが。それなのに私は今も自分の席から立つことができないでいた。……そもそもどうして私が今まで話したこともない女子の恋愛相談を聞いているんだ。
「あーー、もうダメダメっ高恋の信用落としちゃうじゃん」
そうだった。全てはこいつのせいだった。
同級生の大滝真、俗に言うチャラ男という部類に入る男である。ちなみに『高恋』とは彼が勝手に創設した『高木恋愛相談所』の略称である。そして自称彼が私の秘書なのだという。
「今日は用事があるの、だからまた明日でも…。」
「えー、俺そんなこと聞いてないけどな」
「べっ別に何でもいいでしょ」
正直、松川さんは私の苦手なタイプの女子だ。こんなことしていなければ一生話すことはなかっただろう。…それに、彼女の相談は私がどうこうできる問題じゃない。そう判断しての退席のつもりだったのだが。
「ちょっと」
真と私の会話を後ろで聞いていた松川玲が怪訝な声色で立ちはだかった。
その迫力に気圧されて一歩後ろにさがってしまった。真もひらりと数歩距離を取る。こんな空気でも飄々と笑みを浮かべられる真が少し羨ましい。というかこんな状況で何笑ってんだよ。どさくさに紛れて逃げたし。
「さっきから聞いてればさぁ、何なの、どれだけ待ったと思ってるのよ」
腕組みをして、敵意むき出しの視線を浴びせてくる。完全に臨戦態勢に入ってらっしゃる。
「ごめんなさい、その、明日必ず相談には乗りますので」
「私今日、振られるかもしれないのよ、予約だって一週間前に入れたのに」
予約!?なんだそりゃ。まさかまた。横に立つ真に視線を送る。『お前か』という意思を込めて。
「ちょっと、何よそ見してんのよ」
「いえ、そのはっきり言いますと彼氏の荒木君は松川さんの友人の川島さんが好きなんだと思います、だから、松川さんと付き合ったのだって」
やっちゃった。
刹那、振り上げられた腕が私に向けられた。やばい、平手くる…あの鋭い爪だけは当たりませんように。
でも、想像していた痛みはなかった。恐る恐る目を開けると松川さんの腕は真によって止められていた。
「松川ちゃん、ダメだようちのエースに手出したら、それにさ、八つ当たりは良くないんじゃない」
そんなことを言っているが真の顔には今もべったりと飄々とした笑顔が張り付いている。
「はっ、だったら、もっといいアドバイスしなさいよ、恋愛相談所でしょ」
「うん、そうなんだけどね、僕たちは君みたいな遊びの相談には乗ってあげられないんだ」
相変わらず笑顔は張り付いたままだ。でも、少し低い声にビクッとした。
それは松川さんも同じだったようで、恐ろしい形相で私を睨みつけ去っていた。そんな松川さんに手を振りながら見送る真。おい、何をやっている。
「松川さんのこと知ってたでしょ」
「さぁね、ただ、ああいう女に現実を教えてやりたくってさ」
よく言う。自分だって同じようなものだろうが。そして、それに私を巻き込むな。
「帰る」
「んじゃ、僕も」
これが私の日常である。認めたくないけど。