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作者: 星 辺斗

 「…………」


俺は窯をじっと見つめている。炎のたぎる窯のなかを。


窯の中には、親父が作った数々の陶器に紛れ、


俺の陶器が一つ。


……俺が、初めて『銘』を受け継いだ最初の陶器。




俺の家は、陶芸で生計を立てている。


それも、江戸時代から代々生業にしてきた家業だそうだ。


そんな家で育った俺は、子供の頃から陶芸が大好きだった。


粘土を練り、形を取り繕ってはそれを親父に見せる。


親父はそれを見て喜び、自分の作った物と一緒に窯に入れ、焼いた。


そんな毎日の繰り返しだった。


だから、幼稚園で粘土を渡されたときも、他の子が動物や花を作ってる中、


俺の粘土はただ皿やお椀、そして壷などの形になっていた。


友人は俺をからかったが、その翌日には、焼き物に生まれ変わった


粘土を見て、歓声を上げるのだった。


それも全て、親父が焼いてくれたものだった。


……それらに『銘』はついていなかったけれど。




俺が小学校高学年になると、さすがに自分の焼き物にそれが足りないことに気づき、


親父にたずねた。


「なあ親父、なんで俺の焼き物には『銘』をつけてくれないんだよ」


その言葉を聞くと、ただ底抜けに明るかった親父の目つきが変わった。


その目は、獲物を探し求めてようやく見つけた獣……


親父は、俺のこの言葉をずっと待ってたのだろう。


「それが分かれば、お前の陶器にも『銘』がつくさ……」




『銘』、それは俺の家に代々受け継がれし紋。


それは代々我が家の陶器に刻まれてきた紋。


意匠は、五つの星の中心に苗字を入れたシンプル且つ味のあるもの。


そこに込められた意味は、当時の俺には考えもつかなかった。




「『銘』を入れない理由が何なのか、もったいぶらないで教えてくれよ!」


俺が再び訊ねても、親父ははっきりしたことまでは教えてくれなかった。


「それは、俺とお前の陶器の差さ。お前のには、決定的な“何か”が欠けている。


……見つけてみせろよ、お前の手でな」


その“何か”が何なのか、どうやって探せばいいのか、


なおも問い続けて、ようやく親父が口にしたヒントも曖昧だった。


「今みたく、熱心に自分のやりたいことをやってるのは大いに結構。


だがな、もう一つだ。ある一つの点がお前には欠けているんだよ。


まあ、とにかく精進しろや。お前にもいづれ分かるときが来るだろうから」




その時の俺は何が何だかわからなくて、分からないことが悔しくて、


それからがむしゃらに陶芸の技術を学んだ。


足りない“何か”を求めて必死に打ち込んだ。


その結果、出来上がる陶器の形はキレイになっていったし、


窯も扱えるようになって自分で焼いた。


だが、それだけでは“何か”を見つけることなどできなかった。


そしてそのうち、「“何か”とは何だ、本当にそんなものあるのか」と


“何か”の存在自体への疑いが心に浮かぶようになってきた。




それからというもの、俺の陶器への熱意はだんだんと冷めていき、


日に日に陶芸にはげむ時間は短くなっていった。


そして中学を卒業する頃には窯へ近寄ることすら無くなっていった。




そんな折、高校に入学してすぐ俺に彼女ができた。


好きで好きでたまんなくて、何もかも忘れてはしゃいでいた。


彼女とはずっと一緒にいたい、そう思うようにもなっていた。


ただ、彼女を家に呼ぶことはしなかった。


……見られたくなかった。陶芸のことはもう忘れたかった。


そう、忘れたくて忘れたくて、でも、いつまでも心の隅に残っていた。




一年たったとある春の日、彼女は突然何の連絡もなしに俺の家を訪ねて来た。


ついには我が家の生業、そして俺の過去を見つけられてしまった。


「コウタ君の苗字、変わってるとは思ったけど、まさかあの陶器で有名な


常瀬屋だったなんて。すごいね!」


「そうかな、俺は家業のことあんまり知らないし……」


ごまかそうとしても、彼女にはすぐ見破られた。


「ウソ。この頃浮かない顔してたのは、陶器のこと考えてたからでしょ」


「い、いや、そんなことは……」


彼女の追及は続き、結局俺の心の内を話すこととなった。


「……自信、なくなったんだよ。親父に“何か”が足りないと言われたときから、


その“何か”を見つけられない俺に失望してるんだよ」


ふーん、と言った彼女は、少し考えた後、こんなことを言いだした。


「あたし、コウタ君が作った湯飲みでお茶が飲みたくなってきたな~」


「えっ、無理無理。俺、半年くらい粘土に手つけてないし……」


突然の彼女の言葉に慌てる俺。そこを彼女は強引に話をすすめる。


「泣き言言わない、あたし、新茶はあんたの湯飲みで飲むって決めたんだから!


あと二週間、何とかなるよね?」


「そう簡単には……」


「できないって言うなら私、あんたとは別れるから。それじゃ」


そう言い捨てて、彼女は帰っていった。




その日から、俺は再び陶器を焼き始めた。


「別れたくない」。初めはそう思って焼いていたのだが、その思いは


次第に「いい湯飲みで新茶を飲ませてやりたい」に変わっていった。




一つ、いい湯飲みが出来上がった。さっそくこれを持っていこうとするが、


親父に止められた。


「足りない“何か”、見つけたようだな」


「えっ、そうなのか!?」


驚く俺に、親父は首を縦に振った。


「確かに。誰かそれを使う他人を想って作ること、それが


お前に足りなかった“何か”だったのさ」


親父はそう言ったが、不満そうな顔でまだ道をふさいでいた。


「だったら何で俺を止めるんだよ!」


「それは簡単なこと。お前が以前最もよくできていたことは何だ。


“何か”を見つけても、今までの何かを失っては意味がない。


……お前にしかできない“何か”、それを忘れた湯飲みなんかで、


そこらで売っている物を超えることはできない」


親父はまたはっきりとは言わなかったが、今度の俺はすぐに理解した。




「俺が贈りたい」じゃ足りない、


「彼女に贈りたい」でも足りない、


「俺が彼女に贈りたい」でないと駄目だ。




 「…………」


俺は窯をじっと見つめている。大木に新緑が茂り始めるこの時期に。


窯の中には、親父が作った数々の陶器に紛れ、


俺の陶器が一つ。


その陶器は、星の数はまだ一つだけれど、立派に『銘』を継いでいる。

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