3、月夜ちゃん
「どこに行くの?」
声が聞こえ、私は反射的に両手で体を抱きしめて体を小さく縮めた。
声だけで誰か分かった。
だけど、だけど……怖くて、心臓に刃を突き立てられて首を絞められたみたいな気持ちになって、どうしてか怖くて、背後から聞こえた声に振り向けなかった。
「どうして震えているの?」
お姉さんは優しく尋ねてくれる。
私は震えて歯をガチガチガチガチと鳴らしながら、強張った首を曲げて、自分の肩越しに、紫色の紫陽花が咲き誇る家の中に立つ、花よりも可憐なお姉さんの姿を見た。
「あら、綺麗な紫陽花ね」
お姉さんは壁に咲いた手近な紫陽花を一輪毟り取り、小さな花びらを一片口に咥える。
私の頭の中で、世にも醜くて薄汚くて哀れな、それでいて愛憎だけは人一倍抱く罪深い私の、狂いそうな程もどかしい記憶が蘇る。
私は――友達を殺した。
一つ年下の友達は紫陽花の花が好きだった。
私はその子が好きだった、大好きだった。
紫陽花に取られたと思い、仕返しに世界一残酷な手段を思いついた。
子供だから無邪気に残酷だったのではない、私自信の中に、それを思い起こさせるだけの闇が、きっとどこかにあったのだ。
後から知ったのだが、紫陽花には毒がある――アミグダリン 、アントシアニン、ヒドラゲノシド A、グリコシド。症状はめまい、嘔吐、呼吸麻痺等……
大人なら病院に担ぎ込まれて助かっただろうけど、幼子を一人殺すには充分な毒素。
その子もきっと私のことが大好きだった。
一時の激しい嫉妬に駆られた私は、私と紫陽花のどちらが好きかと聞いて、私が好きな証拠に紫陽花を食べてみろと言った。
お返しに、私もとってもしたかったのだが、キスをした。
一生忘れられないような、素敵なキスでした。
苦しんで悶える友達を、私はしてしまった事の恐ろしさと後悔それに楽にしてあげたい気持ちから、首を絞めて殺した。
紫陽花の花に囲まれた友達の死体……その子の名前は「月夜ちゃん」
それでも私は愛していた。
死体にキスする程に愛していた。どこまでも愛している。骨まで愛している、腐っても愛している。首の骨がか細い紫陽花の茎のように折れて、脳みそが紫のブーケのような装飾花の花びらが崩れ落ちるように流れても、指先でポキリと艶々した緑の茎を折るように、肉が腐敗し削げ落ちて剥き出しになった骨が粉々になっても、愛している。
だから、私の部屋に部屋を作って、そこに住まわせた。
だから、本当のお姉さんは私。
私は、好きなあの子の分まで、あの子の為に生きてあげることにした。
ううん、ごめんなさい。あげるなんておこがましい。紫陽花の上を這う蝸牛にも満たない私には、大好きな人の傍にいて罪を償うきっかけを与えられただけ、神様に感謝しないといけない。
「さあ、疲れたでしょう、戻りましょう」
お姉さんは、きっと生きていたらこうなったであろう月夜ちゃん。
綺麗で優しくて、友達思いな子。
私は、最低最悪な人間だから、これで幸せなんだ。
紫陽花に囲まれて毒されながら、いつまでも月夜ちゃんと暮らす。
骨と髪の毛と爪と瓶詰めになっても、お互いの愛情は変わらない。
月夜ちゃんが、私を愛し抜いて飽きるまでは、ずっと傍にいないといけないから。
いかがでしたでしょうか、楽しんで頂けたら幸いです。
ホラーというジャンルを初めて書きましたが、怖がらせるというのは難しいものですね、きちんとホラーになったかどうか不安で一杯です。
それこそ、評価が私にはホラーです。
ご意見、ご感想をお待ちしています。
追伸――汐井サラサさんへのプレゼント小説ですが、これでいいですか?