1、私の部屋
仲良くなった記念に「汐井サラサ」さんから頂いたお題で書きました。
・お題『紫陽花』『梅雨』『キス』
・作風はホラーテイストで
私は梅雨が好きです。
家も町並みもぬれ続けてしっとりと、永遠にこのまま水に浸されてふやけてしまえばいいのにと思います。そうすれば紫陽花が一年中咲いて町中が覆われて、きっと綺麗だと思うから。
私の部屋はお姉さんの部屋の中にあります。
お姉さんの部屋はだいたい八畳くらいの広さ、フローリングだから建物に詳しくない私には、それくらいだとしかわからない。
お姉さんの部屋には可愛い物が沢山ある。
いつも座るお姉さんに似合った小さいソファーは、優しいオレンジ色で、茶色と白色が交差するチェックの柄をした小動物の尻尾のような房が付いたカバーが掛けてあり、とてもすわり心地が良さそうだ。
ベッドにはピンク色のカバー、枕元にはお姉さんが子供の頃から集めたぬいぐるみ達。その中でも金色と黄色をした犬のゴルチョは特にお姉さんのお気に入りで、私も小さな瞳と大きな鼻がとても愛らしいと思うので納得です。
着ている服も女性らしい洋服が多く、服が並んでかけてあるスタンドハンガーはお花畑のように色とりどりで華やか。
スタンドハンガーというのは、部屋の中に立てて使う洋服掛けで、車輪の付いた二本の棒が立ち、立った棒と棒の頂上に横棒が通って、服などをぶら下げられるようになっている、あると便利な代物です。
実は、お姉さんがスタンドハンガーに洋服を掛けて、さらにはバッグ等の小物も引っ掛けてあるのは、私が本来収納すべき空間を使っているからだ。
お姉さんの部屋を説明すると、部屋は四角だから壁が四面にあり、部屋の入り口の正面には大きな窓がある。入り口と窓の間の壁、入って右側の壁には手前に引く大きな扉があり、扉を開けると広々とした収納空間がある。高さは二メートルくらいで、横も二メートルくらい、奥行きは一メートルくらいかな、中には仕切りが無くて個人の物を収納するには充分なスペース。しかし、そこには、あまり荷物を入れられないのです。
なぜならば、そこが私の部屋だから。小さい私の世界だから。
私はお姉さんより小さいけれど、それでも人が一人とおまけに幾つかの気味の悪い物を入れたら、もう入らない。というか、お姉さんの綺麗な服なんか、恐れ多くて一緒に入れたくないと思ってもしかたありません。
だって私は――気味が悪くて不気味で醜くて嫌われていてカビの生えたような奴で臭くてぬめぬめしていて、きっときっと人に嫌がられる要素ばかり持っているから。だから、お姉さんが可愛そうに思って、せめて人らしくと部屋に匿ってくれているのだと思う。
私と一緒に押し込められているのは、私の服が何着かと、壊れたガラクタや棒切れ、多分昔飼っていた犬の首輪や鎖、使わなくなったベビーカー、そして私の数少ない持ち物でお気に入りでもある、いつも包まっている薄汚れて異臭のする毛布。扉の左右内側に皿が置かれ、魔よけの塩のようにこれでもかと山状りに詰まれたざらついた粒は、きっと消臭剤。
そして、私の仲間たち。
あえて、小さいながらも部屋と言わせて頂ますが――部屋の隅に転がったミイラになって一年目の黒い虫さん。標本箱に入って立派に細い骨を広げた骨格さん。液体が満たされた瓶の中に浮かぶ蛇さんのようなものや何かの一部や眼球。
暗くてじめじめした私にはお似合いです。
これらの物も、慣れ親しむと案外と怖くない、むしろ愛着すら沸いてきます。私と一緒だ、広くて日の当たる場所が似合わない存在。
そんなこの世にいてもいなくてもいいような、だけど消えるのが怖くて暗闇にすがり付いている私みたい、同類哀れむというのがまさにこれでしょう。
しかし、私でも数少ない綺麗なものを持っています。
私の部屋の中、閉じられた扉の内側から左右の壁、背中の壁、天井までをぎっしりと覆いつくすクス玉のような花。紫色の小さな花が寄り添い集まり、儚いものが固まり美しく丸を描くそれは紫陽花。
いつでも梅雨のような湿った部屋に、濡れて夕闇に染まる黒から染め出したような、突き抜けてしまいそうな淡く透き通った色。
私はいつも紫陽花に包まれています。
お姉さんが私の部屋の扉をノックします。
お姉さんはこんな私にも気を使ってくれています。
家族の中で唯一、私をかまってくれる。いやきっと、私の勘違いや思い上がりで無ければ、愛してくれていると言っても過言ではありません。
私がか細い声で返事をすると、やや間を置いてから扉を開けます。
扉の隙間から射す微量の光に慣れた眼には、照明が点いたお姉さんの部屋は眩しい。両手で扉を開いたお姉さんの姿が逆光で影にしか見えない。
明る過ぎる光に眼を慣らし、ようやくお姉さんの顔がおぼろげながら見えるようになる。
綺麗な少しだけ茶色の長い髪、凛々しく伸びて目じりでお茶目にカーブを描く眉毛、眉毛の下のキリッとした棲んだ瞳、細くて壊れそうなのに柔らかそうな頬。そして私の大好きなちょとぷくっとした、けれど形のいい唇。
とっても綺麗な人。私の自慢のお姉さんです。
「おはよう、月夜ちゃん。よく眠れた?」
お姉さんは部屋の中の壁をちらりと見てから、私に声を掛けてくれます。
自己紹介が遅れました、私の名前は月夜です。
狭い部屋ですが、慣れ親しんだ私は寝ることに全く問題がなかった。どちらかと言えば、あまり睡眠を必要としないので、暗闇で色々と考えることが多い。
もちろん、私なりに精一杯の愛想を振りまいて、眠れたと答えます。
「そう、それは良かった。仕事に行くまで時間があるから、部屋に出ない?」
お仕事をしているので、時間のやりくりが大変な筈なのに、私の為に時間を割いてくれる。出ない訳がない。
私は動くのが苦手なので、お姉さんの手を借りて小さな部屋から出て、あのおしゃれなソファーに座らせてもらいます。
「あ、今日の挨拶忘れていた」
お姉さんは私を抱き寄せると、優しく微笑んで顔を近づける。何度もしているのに、綺麗で遠い世界のお姫様みたいなお姉さんにされるといつも照れてしまう、だから積極的にできないのをいつか嫌がられそうで怖い。嬉しさの後に捨てられそうで恐怖を感じる。
お姉さんは私にそっとキスをした。私の口を開くと軽く歯を舐めてから離れる。
こんなゴミに混ざっても分別どころか紛れて分からないような私に、ここまで接してくれる――私はお姉さんの為なら死ねる。