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 お金持ちの知り合いの中には、占いや宗教にはまっている人が割と多い。

 どうせお金ならあるんだから、頼れるものは全て頼っておこうという、先進的なのか他力本願なのかよく分からない発想で利用している人が多いようだ。ただ、そういった人でも当たり前のように子供の進路や結婚相手までお伺いを立てるので、傍目からは洗脳されているようにしか見えない。

 そういう人達を見て、逆に引いてしまったのが香奈絵の家族だった。絶対にその手のものに関わるなというのが、両親の口癖でもある。もちろん、今日ここに来る事は家族には秘密だ。学校には確実にバレるだろうけれど、それをわざわざ両親に伝えたりはしない。学校に顔色を窺わせる程の力が、香奈絵の両親、もとい立花家にはある。

 いずれにしても、香奈絵が占い師に会うのは今日が初めてだ。

 1人で来る度胸がないわけではないものの、やっぱり誰かいた方が心強い。誰を誘うべきかと考えた時、候補の筆頭に挙がったのが水樹だった。彼女は占いや幽霊、超能力といったものに壊滅的に関心がないので、こういう時心強い。ただ、結局のところ、この可愛らしい親友を連れ回したい、新しい体験をするなら水樹と一緒がいいという気持ちがほとんどかもしれない。

 昔はこういう考え方をしなかったのに不思議だと香奈絵は思う。何でも1人で出来ると思っていたし、そうしなければならないと思っていた。自分は恵まれた家庭に育っていて、環境も申し分ないのだから、その上誰かに頼るなんて、それは甘えだと思っていた。人よりもいい思いをしているのだから、それに相応しい立派な人にならなければならない。それが義務だと香奈絵は信じていたし、今も半分信じている。

 残りの半分が出来たのは、いつ頃の事だろう。

 それを水樹が与えてくれたのは間違いない。ただ、それがいつの事なのか、どうしてなのかはよく分からない。一緒に生活するうちに、いつの間にか自分は変わっていた。

 もしかしたら、これも洗脳かもしれない。

 もっと綺麗な言葉を使えば、感化されたのか。

 水樹の顔を見つめながら、香奈絵は微笑んだ。

 そうか。

 この子と結婚する人は幸運かもしれない。 

 一緒に生活していたら、きっといつの間にか新しい自分に気付かせてくれるに違いないから。

「何?」

 首を傾げて、こちらの顔を覗き込んでいる水樹。

 不敵に笑ってみせてから、香奈絵は答えた。

「ちょっとね」

 水樹は困ったような顔になる。こういった仕草のいちいちが可憐で、妖精みたいだと思う事が度々ある香奈絵だった。

「また変な事しないでね」

 その言葉に、香奈絵は笑ってしまった。

 変な事というのは、さっき少しからかってみた事のようだ。今時、あれくらいの事であそこまで可愛らしくリアクション出来るのは、女優やアイドルでも滅多にいない。もちろん、お嬢様目線から見ても、水樹みたいなのは珍しい。

「そうねえ・・・・・・また今度ね。今度はもうちょっと、雰囲気があるところで」

 わざと意地悪く言うと、水樹は軽く睨んでくる。ただ、彼女の視線は全然怖くないので、むしろ微笑ましいくらいだった。

 それはそれとして、香奈絵達はドアの前に立っている。何の変哲もないアルミ製のドアにしか見えないものの、その中央辺りに貼ってある小さなネームプレートを見る限り、ここで間違いない。

 占い師というからには、もっと派手な看板を飾っているのかと思っていた。ところが、いざ見てみると、白地に黒い印字という、これ以上ないくらい質素で小さなプレートだ。そういえば、予約の電話をした時も、電話越しの女性は礼儀正しい受け答えをしていた。あの人が占い師なのかもしれない。

「それで、結局私は何をしたらいいの?」

 尋ねてくる水樹に香奈絵は少し考えてから答えた。

「どこか怪しいところがないか、気付いたら後で教えて。でも、とりあえずはただの付き添いって事で、普通にしてればいいから。せっかくだし、水樹も占って貰ったら?」

 戸惑ったように瞳を大きくする水樹。

「私?私は別に・・・・・・」

「ついでよついで。というか・・・・・・今頃気付いたけど、私が占い師の観察に集中出来るから、水樹を占って貰った方がいいかも。うん、そうしましょう。電話したのも水樹って事にしておけば問題ないはずだし」

「ちょっと・・・・・・香奈がお金払うんでしょう?」

「そんなの別にいいから。占いなんて二の次なんだし」

 元も子もない事を言い出した香奈絵に、水樹は言い返す。

「ダメ。ちゃんと香奈が占って貰って。私、香奈とお金の貸し借りなんてしたくないから」

「だから、別にいいの。ほら、親友の頼みだと思って」

「絶対ダメ」

 そっぽを向いて言い切る水樹。こういったところは、本当に時代遅れなくらい頑固だ。

 まあこういう子だから仕方ない。

 そう思いながら香奈絵が微笑んでいると、突然ドアが開いた。

 驚いた香奈絵と水樹はそちらを見る。

 ドア越しにこちらを見ていたのは、20代か30代くらいの、若い女性だった。

 割と普段着っぽい花柄のブラウスと黒い柔らかそうなスカートに、まるで学生のような地味な黒い靴を履いている。長い黒髪を束ねて横に下ろしていて、派手とはむしろ対極の、かなり質素な印象が強い。化粧も顔立ちも目立たない控えめな印象の女性で、敢えて言うなら、金のネックレスとブレスレットだけが、占い師らしいといえばらしい装飾品だった。

 香奈絵の第一印象としては、人の良さそうな若いお母さん。或いは、看護師と言われたら信じられるかもしれない。逆に、占い師と言われても信じにくいところだった。

 しかし、彼女は香奈絵と水樹の顔を交互に見て、まず尋ねてきた。

「えっと・・・・・・立花さん?」

 外見の通り、質実そうな、そして控えめな声だった。

 香奈絵は反射的に返事をする。

「あ、はい」

 すると、女性は多少戸惑いながらも告げてきた。

「もう時間ですから、入ってもいいですよ」

 どうやら、作戦会議が長過ぎたようだ。

「あ、すみません」

 簡単に謝ると、女性は苦笑した。年相応の温かみというか、包容力のある笑みだった。



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