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 香菜絵達がいるテナントビルは、1階こそ閑散としているものの、2階と3階はほぼ全てのスペースが小さな事務所として貸し出されている。そして、その契約者のおおよそ半分が占い師という事で、近所の人はこのビルの事を、俗に占いの館と呼んでいたらしい。特に館に見えるわけでもなんでもない普通のビルでしかないものの、要するに、単に呼びやすかったという事に違いない。ちなみに、4階は印刷関係の会社がフロア全てを借りているようだ。あまり話の本筋に関係があるとは思えなかったので、香菜絵もそれ以上の事は調べていない。

 事の発端は、今から1ヶ月程前に遡る。

 3階に事務所を構えて営業していたとある女性占い師が、このビルの階段から足を踏み外して転落するという事故があった。彼女は足の骨を折る重傷を負ったものの、命に別状はなかった。

 もちろん、それだけならただの事故でしかない。

 だが、その占い師は、救急車で運ばれる際にこう証言した。

 私は悪魔を見た。

 悪魔から逃げるのに必死で、階段から足を滑らせてしまった。

 その当時、彼女のその発言を真に受ける人物はいなかったらしい。香菜絵が聞いていたとしても、きっと信じなかっただろう。特に、占い師の言葉というのがいただけない。一般人ならばカウンセラーのところに連れて行かれたかもしれないが、占い師がそんな事を言い出しても、どうにも胡散臭いと思えてしまう。その女性占い師はあまり評判が良くなかったらしく、尚更信用されなかったようだ。きっと注目を集めたかっただけに違いないと、近所の人達は判断したそうである。

 ところがその翌週に、同じような事故が、今度は2階の男性占い師の身に降りかかったのである。

 階段から落ちて足の骨を折ったその占い師は、やはり悪魔を見たと証言した。その言葉を聞いた人々は、もちろん信じなかったものの、前とは少し状況が違っていた。

 最初の事故の被害者と、次の被害者である男性占い師は、実はかなり仲が悪かったらしい。最初の事故が起きた時、その男性占い師はこう言っていたという。

 そもそも事故自体が狂言に決まっている。

 そんな事でもしないと、能のないあいつは名前が売れないんだろう。

 冗談にしても、悪魔を見たというのもセンスがなくて呆れる。

 そんなものがいるのなら是非会わせて欲しいくらいだ。

 他にも数え切れない程言いふらしていたらしい。要するに、そこまで最初の被害者を馬鹿にしていた人物が急に態度を一変させたので、もしかしたらそれだけの体験をしたのではないかと思えたのだそうだ。

 しかし、その時も特に騒ぎにはならなかった。

 本当に雲行きが怪しくなってきたのは、その後からだった。

 そのビルで営業する占い師達が皆一様に、悪魔を見たと言い出すようになったのである。そして、ただ言い出すだけならまだしも、ビルから出ていく占い師が続発したのだ。

 これはただ事ではないと近所の人も思ったらしいが、一番困ったのはビルの所有者をおいて他にはいない。出て行かれるのも困るが、妙な噂を残していかれるのも堪らない。出て行こうとする占い師の話を聞いて、なんとか原因を突き止めると約束して思いとどまるように説得したらしい。その調査のためだったのか、その時期にはビルのオーナーの姿が何度も目撃されたようだ。

 そして、ある日からオーナーの訪問がぱったりと途絶える。

 近所の人も気にはなっていたものの、その原因がはっきりしたのはつい最近になっての事らしい。

 そのオーナーの奥さんによると、彼もまた悪魔を見たと言って塞ぎ込んでいるというのだ。

 さすがにそうなると、いくら根拠のない話とはいえ、どうにも薄気味悪いと感じるのは当然だろう。本当に悪魔がいるのかは分からない。ただ、何か得体の知れないものが潜んでいるのではないかと、なんとなく疑ってしまう。

 そんな建物だから、今ではこのビルは占いの館とは呼ばれない。

 悪魔の館。呪われしビル。

 そんな呼称を陰で使われているこのビルの2階と3階、かつて占い師でいっぱいだったその空間は、今では3人の占い師しか残っていないのだとという。



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