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 約束の土曜日。

 香菜絵と水樹は昼食後に連れ立って学生寮を後にする。事前に届けが出ていないという事で、案の定寮の管理人に睨まれはしたものの、香菜絵にしてみればどうってことはない。本当は2人だったのを書き忘れていましたと言うだけで済む話だった。

 物々しい臙脂色の校門を抜けると、目の前には綺麗な川が広がる。河川敷なども整備されていて、この辺りの住民の憩いの場所になっている。

 その川に掛かる橋を渡って、2人は繁華街の方へと歩く。

 土曜日とはいえ、この辺りはまだ人が多くなかった。本当に人が多くなるのは、地下鉄や電車の駅の周辺という事になる。それでも、道行く人の視線が自分達に集まっているのを香菜絵は感じていた。

「やっぱり目立つねえ」

 何気なく香菜絵は口に出してみる。

 すると、予想通り水樹はきょとんとしていた。

「そう?」

「なんで気付かないかなあ。ほら、こう・・・・・・チクチクと、何か痛い感じしない?」

「全然しないけど・・・・・・」

 香菜絵は口だけで微笑む。

「あ、そう。やっぱりスターよね。水樹って」

「スターって?」

 真顔で聞き返す水樹。この親友はたまにとぼけた事を言うものの、それが100%天然だから面白い。時折説明に窮する事もあるものの、香菜絵はそういうところが全く嫌ではなかった。むしろ、どこか毛色が違う不思議なところがあるという、ある種の魅力だと好ましく思っている。

 質問は誤魔化す事にして、香菜絵は微笑みながら言った。

「まあね・・・・・・これが、例えば私達が美人だからとかだったら、本当にどこかの事務所にスカウトされるんだろうけど、そうじゃないしね。結局は、着ている服の問題なんだよねえ」

「服?・・・・・・あ、制服だから?」

「そうそう。やっぱりね、みんなお嬢様が好きっていうか、ある種イロモノよね。そういうジャンルっていうか、例えば、制服着た婦警さんが歩いてるとか、ナース服着た看護師さんが歩いてたら、みんな見るでしょ?それと一緒」

「学生服でも?」

 なんとも子供じみた質問だった。いくらお嬢様学校でも、ここまでピュアな女の子も珍しい。

 一応、香菜絵は言っておく事にする。

「女子高生の制服ってね、どういうわけか市民権があるの。はっきり言って、私は好きじゃないけど」

「どういう意味?」

 眉を寄せる水樹。彼女の場合、市民権という言葉の意味は理解している。基本的に真面目で頭も良いから、辞書に載っているような言葉はすぐに覚えてしまう。問題は、それ以外の方面はからっきしという事だった。

「なんて言うのかな・・・・・・まあ、ズバリ言っちゃうと、制服が好きっていう男共が嫌い」

 そこで意外にも、水樹は軽く頷く。

「ああ・・・・・・マニアとか、そういう話?」

 正直、香菜絵は少し驚いた。

「知ってるの?」

 即座に首を振る水樹。

「ううん。全然」

 知らんのかいと心の中で突っ込んだ。しかし、これでも一応お嬢様だから、口には出さない。

「言葉だけ、どこかで聞いたわけ?」

「そう」

「悪い事言わないから、そういう言葉は忘れた方がいいわよ。特に水樹は」

「どうして?」

 香菜絵は即答する。

「似合わないから」

 予想外だったのか、水樹は何度か瞳を瞬かせた。彼女の瞳はライトブラウン。どこか透き通っていて、自分の瞳とよく似ている。その辺りもどこか縁を感じていた。

 大通りに差し掛かる。横断歩道には信号待ちで人集りが出来ていた。

 やはり珍しいのか、自分達をチラチラ見ていく人は多い。

 青竹色のラインが入った乳白色のブレザーとスカート。この辺りに住む人が見れば、あのお嬢様学校の制服かと一目で分かる格好だ。明るくて清潔感があるので、香菜絵は気に入っている制服でもあるけれど、さすがに目立つのは避けようもない。もし許されるのなら私服で外出したいと常々思っているものの、それが校則なのだから仕方ない。自分にとっては、それくらいの校則違反はなんてことはないけれど、水樹はそうはいかないのだ。頑固というか律儀というか、割と言い出すと聞かないところがこの親友にはある。

 この制服を着た自分がどう見えるのか、もちろん香菜絵はそれなりに理解している。自分が多少は恵まれた容姿をしている事もよく分かっていた。母親譲りの明るい髪と瞳は、何故か姉妹の中では自分だけで、よく姉や妹から羨ましいと言われている。身長も女子にしては少し高めで、友達からは颯爽としていて格好いいとか、気品あるお嬢様などとよく言われる。ただし、必ずと言っていいほど、寝起きの悪ささえなければという条件付きだった。

 いずれにしても、何も知らない人が見れば、まさにお嬢様に見えるだろうというのは、想像に難くない。

 そこで香菜絵は、それとなく水樹を観察した。

 そして思う。

 本物のお嬢様というのは、きっとこんな感じなのだろうと。

 自分に比べれば、水樹はあまり目立つ容姿をしていない。髪は濃い栗色。平均的な身長。大きくて透けるような瞳が時折こちらを引き込むような魅力を放つ事があるものの、全体的には目立たない落ち着いた女の子だ。

 でも、どこか華がある。それが香菜絵の抱く印象だった。可憐という言葉がそのまま当てはまるような魅力を確かに持っているのに、それが常ではない。時折、思い出したように垣間見せるだけ。そこが慎ましくて、そしてミステリアスな印象を抱かせる。まるで妖精みたいだと思う事がたびたびあった。

 きっと住む世界が違うのだろう。実際のお嬢様である香菜絵にすらそう思わせる女の子。

 それがこの平安奈水樹。

 出会った時から、なんとなくそのミステリアスな雰囲気に惹かれている。今でもまだ全然飽きない。容姿だけでなく、性格もしっかりしているようで、あどけないような可愛らしさも備えている。

 考えれば考えるほど、その底知れぬ魅力に迷い込んでしまいそうになる。

 だから、そうなる前にこう打ち切るのが常だった。

 よく分からないけれど、それでいい。

 運良く水樹と出会えて、そして友達になれたのだから。

「何か言った?」

 突然の水樹の声で、香菜絵は我に返った。

 何も言っていないはず。

 だけど、この親友はたまにテレパシーとしか思えないような勘を発揮する事がある。ある意味気が抜けない。

「全然」

 香菜絵が簡単に答えると、水樹は少し首を傾けた。

「何か考え事?」

「まあね。いろいろあるの・・・・・・って、そうそう。今日どこに行くのかって、まだ話してなかった?」

「うん。まだ全然」

 そこで香菜絵は口元を上げる。

「じゃあ、ここまで来たから話すけど・・・・・・ほら、向こうの銀行の看板、見える?」

 顔を寄せて視線だけで示した香菜絵。

 そちらを見て、水樹は軽く頷く。

「見えるけど・・・・・・」

「その隣のビルなんだけど、占い師が集まってるテナントビルらしいの」

 それを聞いた途端、水樹は難しい顔をする。

「占いは止めた方がいいって、みんな言ってるのに」

「まあとにかく聞いて」

「だって、結局占って貰いに行くんでしょ?」

「そう。そうなんだけど・・・・・・」

 香菜絵は水樹を見据える。その表情からは自然と笑みがこぼれていた。

 実際、香菜絵は楽しみで堪らない。

 信号待ちの交差点。その人混みの中、どこか戸惑っているようにも見える水樹の顔を眺めながら、香菜絵は言い放った。

「事件なのよ」



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