表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テッシュ

作者: 可零 蹴

 帰りの電車の中、小説を読みながら最寄りの駅までの時間をつぶす。

 いつもと変わらぬ日常を有り難く過ごすはずの俺を、見知らぬ女子高生が乱すとはこの時は思いもしなかった。



 少々の残業をこなし、いつもの行き先の電車に乗り自宅の最寄りの駅を目指す。

 しおりをはさんだページを開き、小説の文字の羅列に視線を走らせる。さし絵は一切なく、文字だけで主人公の容貌に性格に風景を推測しながら読む。

 同じ文字を読んでも、十人十色それぞれ違う顔に風景が浮かんでいるだろう。


 目的の最寄りの駅は終点だが、電車が止まると俺はなぜか視線は駅名を確認していた。


 終点まで、まだ三駅あるか。



 そう心の中で呟き、視線を小説に戻す。

 この小説も後数ページで読み終える。内容は少々現実とリンクしたファンタジーと言った所か。

 もうすぐ謎が解けるといった所で、微かな違和感を覚えた。

 普段なら小説に集中し周りの事など、ほとんど見えない俺が周りに視線を走らせる。


 なんだ、この違和感は……


 電車の中は終点も近く、ほぼ人がいない状態だ。一列のシートに約一名座っているという、見た目贅沢な仕様となっている。

 それでも、普段と何か違う……

 電車の音に雑誌をめくる音に女子高生の話し声に混じり異音が聞こえる。これが違和感の正体か、そう思い耳をすます。

 普段ではテレビや映画など、メディアを通してしか聞く事あまりない音だ。その発信源は電車の戸をはさみ隣のシートから聞こえてきた。


 スン……グスッ……


 おいおい泣いているのか、いつまで経ってその鼻をすする音は消えない。

 本人にとっても、こんな顔を見られたくないだろうし、見てはいけないのだろうが、人間の秘密を垣間見たいという心理が逆の行動を指示する。

 その心理に負け、俺は鳴き声の主を視界に捉えた。

 見た目は高校生くらいか、大きなテニスバックにポニーテールに赤と白を基調とした運動着、部活に青春のすべてをかけている。そんな勝手な印象が俺の想像を支配した。

 今は大きなテニスバックで顔を隠しているが、終着駅に着けば否応なしにその顔を上げなければならない。俺も女の子の泣き顔は見たくないし、この子もこんな姿見ず知らずの三十路過ぎのおっさんに見られたくないだろう。

 そう思い終着駅の一つ手前で降りる事にした。

 しかしこの要らぬ俺の勝手な思いこみが笑える悲劇を引き起こす。


 駅に着くから降りる準備をしろよお前等という車両アナウンスを聞き、小説にしおりをはさみ降りる準備する。となりを見るとまだ女の子は泣いている。試合で負けたのか恋愛なのかはわからないが、邪魔者は消えるから終着駅まで思いっきり泣きな。

 俺は電車が減速をし始めると、手すりを掴み立ち上がった。携帯電話を開きメールチェックしながら、電車の扉が開くのを待っていると、視線を感じる……。

 まさかと思い、恐る恐る女の子の方に視線を向けた。

 そこには泣きはらした目に垂れかけた鼻水に止めどなく流れる涙の女の子の泣き顔があった。

 なぜ俺を見る!心の中で大絶叫した。

 しばし見つめあってしまったが、俺にはどうすることもできない。

 そんな状況の中電車の扉が開いた。

 俺は何を思ったか、路上で貰ったアニメキャラが百裂拳を繰り出している、パチンコ屋のテッシュをその子に差し出した。

 その子はテッシュを受け取り会釈をした。 それを見届けた俺は、閉まりかけのドアから急いで降りた。

 ガラにもないことしたな、と思いながら前へ進もうとすると、カバンが何かに引っかかった。

 これはヤバいかも、俺の予想が正しければ今月最大のピンチだ。俺は急いでカバンを引っ張るがビクともしない。


 挟まった……。これはヤバい何もしなかったら持っていかれる、俺の生きていくための身分証明に金にコミュニケーションツールが、電車の発車と共に持っていかれる!

 俺は必死に引っ張るが、抜けない!神様!何とぞご慈悲を!こんな時だけ都合のいい神頼みをした所で通じるわけが……その時、カバンが挟まり僅かに開いた隙間から指が見えた。

 これは誰かが内側から指を……この時俺はこの指の主に言葉にできない感謝をした。

 扉がだんだん開いていく。窓ガラス越しにわずかに見える腕の筋肉は、俺以上の太さと張りが見て取れる。

 この人物、相当鍛えている。しかし、不本意ながら俺は、エヴァがATフィールドを破っているかのように見えた。


 頑張ってくれエヴァ!俺の生きる道具のために!


 だんだん扉が開き、エヴァの正体……いや、この指と窓ガラス越しに見えるゴッツい腕の主の顔が見えてきた。その正体は……


 さっきの女子高生かい!


 さっきの泣き顔のカケラ、いや微塵も感じさせない凄まじい顔で扉をこじ開けてくれていた。

 今日、俺は女の子の見てはいけない顔を二つも見てしまった。

 そんな後悔にも感情を抱いた時、カバンが扉から解放された。

 よろめいたが踏みとどまった瞬間、電車が発車した。あぶなかった……

 カバンをしっかり抱きしめ電車の窓ガラスを見ると笑顔の女子高生が居た。礼の口パクする暇もなく電車は行ってしまった。


 ありがとうエヴァ……ありがとう女子高生!

 テッシュは洗って返さなくていいからね!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 雰囲気が私の好みで文体もいい感じでした。あくまでも個人の主観ですが。 [一言] はじめまして。 拝読させていただきましたが、おそらく起こり得るであろう日常の一瞬がキレイに書き出されていまし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ