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兄妹

 俺は今、とてもイライラしている。

 今日の夜は熱帯夜になると、今朝の天気予報では言っていた。実際肌を撫でる空気は嫌な位ジメジメしていて、気分が悪い。

 風もほとんどなく、動きのない熱せられた空気の中、俺はひたすら無言で歩いていた。

 俺の数歩後ろには、実の妹”だと思っていた”葵が歩いている。

 顔を見る気にはなれないが、時折聞こえる息遣いの音からすると、恐らく泣いているのだろう。

 だが今は、それに対して何の感情も沸かなかった。

 俺は今、とてもイライラしている。その原因が葵だからだ。

 事の発端は、つい30分程前。俺と星奈が公園から家への帰路を歩んでいる時だった。



「っはー!!久しぶりだよー、部活以外でこんなに汗流したの!!」

 頭の後ろで腕を組み、熱帯夜にも関わらず気持ち良さそうに歩く星奈は、俺に向かって爽やかに言い放った。

「お前、こんなクソ暑い中よくそんなテンションでいられるな・・・」

 こいつの周りには、湿気や熱気その他諸々がシャットアウトされるバリアめいた物でも展開されているんじゃないか、と疑ってしまう。

 そう思えてしまう位、星奈の態度はこの場において相応しくなかった。

 俺はというと、慣れない運動とこの気温のおかげで、すっかりダウンしてしまっていた。しかも服は上下とも汗ビッショリ。歩く度に気分が悪い。

 でも、そんな状態の俺とでも、星奈はこんなに楽しそうに話して、笑ってくれる。

 おかげで俺も少し元気を取り戻せた。笑いあいながら話す程度には。

「でもくわっち、なかなかセンスあると思うよ。運動神経も悪くないみたいだし、この際男バス入っちゃえば?」

 星奈が提案してくる。確かに今日は、たった数時間でかなり上達した、と自分でも思えたが・・・。

「俺にセンスがあるんじゃなくて、星奈の教え方が上手いからだろ?何だろう、目の付け所が違うっていうか・・・。実際部活入って先輩とか同級生とかに教えてもらっても、今日みたいには行かないと思うぞ?」

 俺は素直に思っている事を伝えた。星奈の言う事は全て的確で、なおかつ「なるほど」と言える様な、筋の通った内容だった。

「流石にエースともなると、違うよな」

 俺がそう言うと、星奈は頭の後ろで組んでいた腕を解き、歩みを止めた。そして口元に手をやり、何か考え事をし始めた。

「・・・どうした?星奈?」

 何かまずい事でも言ってしまったかと俺は一瞬不安になったが、それは杞憂だった様だ。星奈はすぐに顔を上げ、口を開いた。

「くわっち、ちょっとそこで話さない?ジュース奢るからさ」

 星奈はそう言って、俺の返答も待たずに丁度近くにあった自販機まで行くと、「何がいい?」と聞いてきた。

 俺は星奈の意図がわからず、しばらくその場で固まってしまった。

 どうして外で話す必要があるんだろう?家に帰ればエアコンもあって、夕方に買ったジュースもあって、星奈ママが用意してくれているであろう晩御飯まであって。

 ただ、俺の返答を待つ星奈の視線には、有無を言わせない何かを感じた。

「・・・サイダーでいいや」

 疑問は全て忘れる事にし、俺はこの謎な展開に流される事にした。


「それで、話って何だ?」

 俺は星奈から手渡されたサイダーの栓を開けると、一気に喉へ流し込んだ。星奈との会話で気付かなかったのか、喉は物凄く渇いていた。

 一度で全て飲み干してしまうのではないか、という感じの勢いで缶を傾けた俺だが、炭酸特有の刺激に耐える事が出来ず結局1/4程度飲んだ所で口を離した。

 喉の痛みで少し涙目になってしまった俺を見て星奈は笑いながら、

「あっちの方に小さな公園があるからさ。そこで座って話そ?」

 そう言って俺の手を引き、足を進めるのだった。



 公園へ着くと、早速星奈はベンチではなくブランコの方へ腰を下ろし、口を開いた。

「さっき、『流石にエースともなると、違うよな』って言ったじゃん?」

 何か逆鱗にでも触れてしまったか!?と俺は内心ビクビクしながらも、「言ったよ」と返す。

「あたしさ、最初友達なんて全然いなくて、クラスにも全然馴染めなかった。部活なんて尚更」

 いきなり始まった星奈の独白。俺はそれを聞いて、星奈ママとの会話を思い出した。


『だって、まだお互い知り合って2週間ちょっとしか経っていないんでしょう?それなのにここまで発展できるのって、中々無いと思うわよ?』


「唯一香織だけが、あたしと友達でいてくれた。まぁ、小学校からの付き合いだからっていうのもあると思うんだけど」


『あの子、女の子でも男の子でも、あんまり友達いないのよね。それには色々と訳があるんだけど』


「でも香織とは、1年の時はクラスが違かったから。中学が一緒の奴らもいっぱいいたよ?でも、皆あたしの事、避けるんだ」

 淡々と語る星奈。ふと顔を上げ、俺を見つめるその顔は何か物憂げだった。 

 

『それはあたしの口からは言えないわね。本人から直接教えてもらって。難しいと思うけどね。多分あの子にとってもいい思い出とは、思えないから』


「それは・・・」

 俺は口にしようとして、躊躇ってしまった。何故かはわからない。

 そんな俺を見て、星奈は黙って続きを待っている。何かを期待している様な、諦めている様な、どっちとも取れそうな不思議な表情で。

「それは、・・・俺に言っていい事なのか?こんな新参者なんかにさ」

 別に星奈を拒んでいる訳ではない。ただ、これから言おうとしている事が、彼女にとって辛い過去なのであるなら、無理して言わなくても良いと、わざわざ蒸し返す必要なんて無いと、そう言いたいんだ。

 その意図はちゃんと星奈にも通じた様で、何かに納得した様な仕草で頷くと、ブランコから立ち上がり俺の目の前まで歩いてきた。

「あたしは、くわっちだからこそ聞いてもらいたい!あたしがどんな奴なのか、しっかりと知った上で付き合ってもらいたい!!過去と今のあたしじゃ、違うけど・・・、全部ひっくるめて知ってもらいたい!!」

 聞いてくれる・・・?と最後に付け足し、星奈はそこから黙ってしまった。ただ、視線は真っ直ぐ俺を向いている。

 その瞳からは、強い決意の意思が伺え、俺は星奈が本気なんだとわかった。

「聞くよ。例え過去に星奈が何をしていても、俺は今の星奈が嘘だとは思えないし、思わない。もし星奈がいなかったら、俺はこんなに充実した日々を送る事は無かっただろうし、香織の事で悩んだりする事も無かったと思う。そう言い切れる位、俺の中で『水落星奈』っていう人物は大きな存在で、だからこそどういう奴なのかってのを、俺は知りたい」

 俺は星奈の目を真っ直ぐ見据え、思った事をありのまま口に出した。恥ずかしさなんてのは感じなかった。そんなの、星奈の決意に比べたら、そこら辺に落ちてる砂利と同じ様なもんだろ?

 俺の返答を聞いた星奈は、一度顔を伏せ、何かを堪える様に身体を震わす。そして顔を上げて、

「あたしね───」

「───お兄ちゃん!」

 ・・・え?

 俺は慌てて声のした方へと振り向く。星奈は、どうしたらいいのかわからないといった様子で、固まってしまっていた。

 その空気を読まない声の主は、公園の入り口付近から懐中電灯を灯し、俺達の方を向いていた。

 逆行で相手の顔を伺う事は出来ないが、そんな必要はない。声でわかる。

 そいつは俺の実の妹───葵だった。

「やっと見つけた・・・!お兄ちゃん、何してるのこんな時間にこんな所で!!」

 駆けてくる葵。それを聞きたいのはこっちなのだが。

 香織の時といい今日といい、どうしてこいつは毎回タイミングが悪いのだろうか。

「葵ちゃん・・・」

 星奈が妹の名を呟く。その表情には、先ほどまでの強い意志は欠片も無く、ただ弱々しかった。

 葵も星奈の存在に気付いたのか、一旦足を止め忌々しそうに見つめる。

「・・・水落さん、何してるんですか?こんな時間に」

 葵の口調からは、目上の人に対する敬い等は一切感じられなかった。

 ただドス黒い感情だけが、ひしひしと感じられた。一つも隠すことなく、嫌悪感をむき出しにしているのがわかる。

「おまえこそ、何してるんだよこんな時間によ!あと、その態度やめろよ、何様だよ!!」

 俺の睨みに葵は一瞬怯むが、すぐに調子を戻し反論してきた。

「あたしはお兄ちゃんを探してただけ!大体、連絡しても出ないで。通帳もカードもおきっぱだし!こんな時間まで帰ってこないで一体なにしてるのかって、心配にならない方がおかしいでしょ?!何様だよはこっちだよ!!」

 葵は俺を睨み言うと、次は星奈に食って掛かった。

「それで心配でしらみつぶしに探してたら、友達以上彼女未満の女と一緒にいて、何やら変な雰囲気になってるんだよ?こっちの気も知らないでさ・・・!」

 それはいくらなんでも言いすぎだろう。それに、俺を心配で探しに来たんなら何故星奈にそこまでつっかかる。

 身の安全が確認できればそれでいいはずなのに。それで携帯が壊れた事を伝えて、星奈に連絡先を教えれば安心できるだろうに。

 葵の星奈へ対する態度のあまりの酷さに、俺の怒りは頂点に達していたが、今までの事がある以上無闇に怒り散らすのも得策ではない。第一今回は二人きりではない。

 そんなこんなで俺が色々考えている横で、星奈が葵の元へ歩いていった。

「ごめんね、葵ちゃん。くわっちの携帯は、朝あたしの所為で壊れちゃって・・・。連絡できなかったのはあたしの所為だから、謝るよ。ごめんなさい!!」

 頭を垂れる星奈。おいおい、何でお前が謝るんだよ!!

 そんな星奈を目の当たりにして、表情一つ変えずに佇む葵。

「でも、事情をくわっちから聞いて、くわっちも家帰りたくなさそうだったから、お金も無いし・・・。んで、落ち着くまであたしん家に泊まるって事になって・・・」

「何で泊めるんですか?知り合ってまだ2週間ですよね?お金の貸し借りなら兎も角、泊めるっていうのは同性同士でも行き過ぎだと思いますけど」

「おい!葵!!てめぇ何なんだよさっきからその態度!!こいつは親切でやってくれてんのによ、お前!大体原因は母親だろ?そっちに当たれよ!見当違いも程ほどにしろよ・・・!」

 もう我慢が出来ない。言われないとわからないのか、こいつは・・・!!

「親切?本当にそうかな・・・。あたしには下心満載に見えるけどな。それと、お母さんにはもう言ってきたよ。どうしてお兄ちゃんにばっかそう言う事するの?って、怒鳴ってきたよ。それと見当違いっていうのも、携帯壊して連絡繋がらないっていう点で見たら、そうじゃないんじゃない?」

 執拗に食いついてくる葵。一体何が気に食わないっていうんだ?

「あのな・・・、いい加減に自重しろよ!人様の交友関係にまで口出ししやがって。俺達只の兄妹だろ?!人の領域にズカズカと無断で入ってくんじゃねえよ!ウゼーんだよ!!」

 俺が怒鳴ったのを皮切りに、その場はシーンと静まり返った。

 葵はただひたすらに俺を見つめ、星奈はというと、今にも泣き出しそうな表情で俺と葵を見渡していた。

 一体何なんだ、この状況は・・・。何故俺は妹なんかと修羅場を繰り広げているんだ?訳が分からない。

 それから無言の時間は、酷く長く続いた、様な気がした。実際は一瞬だったのかもしれない。

 わからない。わからな過ぎてそれについて考えるのも酷く億劫で、ひたすらに相手の出方を伺う状態。

 一体葵は何を考えているのだろう?一体、星奈の何が気に入らないのだろう?

 そんないつまでも答えの出ない自問自答を頭の中で繰り広げながら、俺は葵をジーッと睨みつけていた。

「・・・、違ったら?」

 葵が口を開いた。・・・どういう意味だ?

「違ったらって、何がだよ?」

「あたしとお兄ちゃんが、兄妹じゃなかったら・・・、て事」

「・・・・・・」

 言葉の意味がわからなかった。

 兄妹じゃなかったら?そんな訳ないだろう。俺は物心ついた時からそばに葵が居たことを覚えているし、小学校高学年まで一緒に風呂入ってたし。

 大体そんな事実があったのなら、何故今まで知らなかった?両親からも何も言われなかったし、葵にしたって今までの様子を思い出せば知ったのは今日昨日の話だろう。

 仮に本当だとしても、何故今更・・・?それと今回の件に、なんの関係がある?

 それを俺に言って、どうする?

「・・・聞いてる?」

 痺れを切らしたのか、葵が尋ねてきた。

「聞いてるよ。・・・どういう意味なんだ?」

 俺のその回答は、どうやら葵の期待していた物とは違っていたらしく、イラッとした様に眉間に皺を寄せ俺の方に詰め寄ってきた。

「ほんっっとにあんた鈍すぎ!!!何なの!?今まで我慢してきたけど、流石にこの場でそれやられるとムカつくわ!!」

 鈍くて悪かったな。自分の事棚に上げて良く言う。

「そんな事言われてもなぁ・・・。わからないものはわからないんだよ!じゃあ、俺は何て言えば良かったんだよ?」

「そ、それは・・・。うう・・・察するとかできないの!?」

「だから・・・!何をだよ!!」

 いい加減にしろよこいつ・・・マジで。

「だから・・・・・・!あたしが、・・・あたしが妹じゃなくて一人の女の子だったら、あんたは・・・そいつに気にかけられるのが嫌かって事を聞いてんだよ!!」

 もはや絶叫。耳をつんざく金切り声が、午後九時を回った人気の無い閑静な住宅街に響き渡る。

 目一杯溜められた涙が決壊した様に頬を伝い、振り乱した髪が汗と相まって酷く湿った頬に張り付く。

 この時、冷静であれば俺は、ちゃんとした答えが返せたんだろう。

 ただ、俺はこの時冷静ではなかったし、日頃の葵の言動というか行動というか、こういった思わせぶりな発言が多々あったのも事実で・・・。

 

「ちょっと待て。俺とお前が兄妹じゃないってそれ、冗談じゃなかったのか?」

 

「え、ちょっと・・・」

 小さく、星奈の呟きが聞こえた。

「・・・・・・」

 対する葵は、完全に固まってしまっていた。

 涙を拭う事もせず、張り付いた髪を払う事もせず、ただその場で「信じられない」といった様で、俺の事を見上げていた。

「おい、葵───」

「───くわっち!」

 俺の元へ駆け寄ってくる星奈。俺を見るその視線からは、なんだか軽蔑の様な、不快な感情が読み取れた、気がした。

「あたし、もう帰るからさっ。くわっちも今日、家帰りな!ご両親とも話す事とか、あるだろうし。携帯は今度あたしが新しいの買っておくから!き、今日はごめんね!」

 それじゃ!と星奈は俺と葵を一瞥すると、駆け足で、逃げるかの如く走り去って行った。

 俺はその姿を目で追う。しかし星奈は一度もこちらへ振り向く事は無く、視界から消えていった。

 確かに逃げたくなるのもわかるよ。二人で楽しくわいわいやっていたところに、無関係な奴が乱入してきていきなり大喧嘩始めて。

 そういえば星奈も俺に何か話したがっていたけど、何だったんだろう?

 まぁいいか。それはまた次の機会にでも。

 今はそれよりも・・・。

「おい、葵?・・・葵!聞こえてんだろ?返事くらいしろよ」

 今日という日を台無しにした張本人を問い詰めるのが先決だ。まださっきの答えも聞いてないし。

 ところがどんなに声をかけても、葵は俯き反応を示さない。・・・面倒臭い奴だな本当に。

 俺がもう一度声をかけようとした時、丁度葵の携帯へ着信が入った。

 それを取る葵。・・・相手は母親の様だった。

「もしもし、お母さん?・・・うん。うん、お兄ちゃんは見つかったよ。・・・うん、わかった。ばいばい」

 携帯を閉じてポケットに戻すと、葵は俺の方を見ようともせず、

「お母さんが帰ってこい、だって」

 と一言告げ、とぼとぼと先を行こうとする葵を俺は止めた。まだ確かめてない。

「待てよ」

「何・・・」

 肩を掴んだ腕を見て、忌々しそうに俺の顔を見上げる。

「さっきの兄妹じゃないって話、本当なのかよ?」

「だから・・・鈍すぎだっつってんの。ここまで来て、まだ本当か嘘かの区別も出来ないわけ?」

 心底嫌そうに答える葵。横目で俺を睨み、すぐ視線を逸らす。

「悪かったな・・・!」

 

 そこからお互いに一言も発する事なく・・・───。

 

 ───今に至ったという感じだ。


 回想にどの位時間がかかったかわからないが、気付けば俺は自宅の前まで来ていた。

 後ろを見ると、先ほどと変わらず数歩後ろを葵は歩いていた。

 もう大分落ち着いたのか、泣いている様子はなかった。

 色々考えたおかげで、大分頭の中の整理ができたのか、俺も葵に対してそれほど怒りを感じてはいなかった。

 それでも、さっきの星奈への態度の悪さは認められないし、許す気にもなれないが。

「・・・葵」

 聞くかどうか迷ったが、聞くことにした。

 ここで聞かなければ、後に待っているのは両親からの話だろうし、今の感じからして葵が自分から話してくる事もないだろう。

 このままうやむやになるより、どうしてあの時ああ言ったのか、何を考えてそうしたのかをはっきりとさせたい。

「っ!・・・何よ」

 俺の呼びかけに対し、葵は短く呻く。そして俯いたままこちらを見ずに答える。

 俺は葵のその態度に少しイラッとしたが、そのまま話を続ける。

「どうしてあの時、星奈にあんな態度を取ったんだ?」

 俺は単刀直入に聞いた。なに、あんな事されて今更気を使う気にもなれない。

「それは・・・」

 言い難そうにする葵。両手を前で組み、指をせわしなく動かす。

 そんな葵を見て、昔小学生だった頃に先生に呼び出され、叱られていた時の自分も同じ様な事をしていたなー・・・と、昔の事を思い出す。

(そう言えば、あの時は何をして怒られたんだっけ?)

「・・・それは、何だ?早く言えよ」

 俺は葵へ返答の催促をすると、また過去の記憶について思考を巡らす。

(確か、同じクラスの女子にちょっかい出して、それがどんどん悪化して嫌がらせになって・・・。)

 思い出せば思い出す程恥ずかしい、幼い頃の自分の記憶。何故あんな事をしたのだろうか?

 自己嫌悪が酷く、思い出すのも嫌なその記憶。だがどうしてだろう。今はやたらと気になり、しかも自ずと蘇ってくる。

(俺はその娘が好きで・・・)

 当時はそんな事考えもしなかったが、今考えるとそれは好きという事になるのだろう。

 葵を見る。葵は未だに顔を俯け、指は動かしたまま黙りこくっている。

(最初は自己主張で、ただ気にして欲しい、それだけの感情でちょっかいを出していて・・・)

 温く湿り気を帯びた風が、頬を撫でる。だがそれはすぐに治まり、また動きのない空気に戻る。

 まるで今の二人みたいに。

(だけどそれが、あまり相手にされずに段々やきもきしてきて、最終的に只の嫌がらせに・・・)

 ・・・ん?

 そこで俺はふと思った。

 それは、今のこの二人の状況に似ているのではないか?

 怒る側、怒られる側。される側、する側。

 そこで俺は、これまでの葵の自分に対する行動を思い出す。

 部屋を勝手に片付けたり、料理を妙に頑張ったり、誕生日忘れただけで激怒したり・・・まぁこれには両親不在という別の理由があるのだが。

 キス未遂をしたりキスしたり。それを対象をあやふやにして両親に言いふらしたり。

 そして今日の星奈への態度。それと同時に明かされた事実───兄妹ではない。

 つい30分程前に言われた葵の言葉が、鮮明に脳内に再生される。


『だから・・・・・・!あたしが、・・・あたしが妹じゃなくて一人の女の子だったら、あんたは・・・そいつに気にかけられるのが嫌かって事を聞いてんだよ!!』

 

 あの時俺は、どんな気持ちだった?何をしても、一向に相手にしてくれない女子を見て、俺は一体どう感じていた?

「葵・・・お前」

 自然と、口は開いていた。

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