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プライドの代償(アデル)

作者: ななみさき
掲載日:2026/07/05

【AI使用】文内の言い回しの変換にAIを使用しています。



「奥様、本日も旦那様はあの女の部屋へ泊まられるそうです」


 侍女長のエマの報告に私は紅茶を一口飲んで、静かにカップを置いた。


「そう。お疲れさま、下がっていいわよ」


 扉が閉まった瞬間、張り詰めていた空気が一気に霧散する。

 誰もいなくなった豪華な寝室で、私は深く、深くため息をついた。



 私は隣国フランセルの名門・ヴァリエール公爵家の令嬢アデルとして生まれ、このエーデルングのエドワード・ランカスター公爵に嫁いだ。

 誰もが羨む政略結婚。

 けれどその実態は、魔獣の大侵攻を鎮めた若き英雄エドワードの肥大化した軍事力を監視し、同時に魔獣討伐によって荒れ果てた領地と財政を立て直すための、極めて政治的なものだった。

 つまり私は、危険な英雄を繋ぎ止める鎖であり、崩壊寸前の公爵家を救うための財布として、エーデルングから請われて嫁いできたのだ。


 それから約三年間、私は死に物狂いで働いた。実家が持たせてくれた膨大な資産を惜しみなく注ぎ込み、幾夜も寝ずに帳簿と睨み合い、フランセルで培ってきた知識で領地経営を助け、社交界を完璧に立ち回り、彼を支えてきた。


 その三年間、私とエドワードの間には、甘い新婚生活など存在しなかった。

 寝室は最初から別々。

 エドワードにとって私は、国から押し付けられたお目付け役であり、金を運んでくる便利な道具でしかなかったのだろう。会話といえば仕事の話ばかり。彼は私に感謝の言葉一つ口にしなかったが、それでも構わないと思っていた。愛などなくても、この国と彼の窮地を救う、互いに認め合ったビジネスパートナーになれると信じていたからだ。


 だからこそ、周囲から冷たい女だと陰口を叩かれようとも、それが公爵家のため、ひいてはこの国のためになると信じて疑わなかった。

 私の仕事を一番間近で見てきた公爵家の使用人の多くは、いつしか私の元に集まり、私の味方となってくれていた。



 領地の復興がようやく軌道に乗り、一息ついたその矢先だった。

 平民出身の聖女ルチア・ミルフィが現れたのは。



 彼女は、かつての魔獣の大侵攻でエドワードが浴びた呪いを、その聖なる力で癒やし、暴走を止めた。

 そしてその純真さで、彼の心を一瞬で奪い去った。


 エドワードは完全にのぼせ上がり、平民出身の癒やし手の一人に過ぎないルチアに豪華な客室を与えて、公爵家へと住まわせた。

 私が三年間、守り築き上げてきた大切なこの家を、土足で踏みにじったのだ。


 それでも公爵夫人の義務として、私は彼女に最低限の礼儀と、身の程を弁えるべきという社交界の現実を静かに諭した。

 そんな時だった。

 ルチアは「アデル様は私のようにエドワード様の身も心もを癒やしてあげられないのに、どうしてそんなに偉そうに命令するのですか……っ!」と、大粒の涙を流して泣き出したのだ。


 あまりにも幼稚な反論と涙。

 しかし、タイミング悪く現れたエドワードは、それを見た瞬間に激昂した。

 彼はルチアの肩を抱き寄せ、「アデル、君はどこまで冷たいんだ! 命懸けで僕を救ってくれたルチアをこれ以上傷つけるな!」と私を怒鳴りつけた。


 私が三年間、彼とこの国のためにどれほどの犠牲を払ってきたか、彼は何一つ見ようとしなかった。社交界のルールもマナーも知らないルチアを、エドワードはただただ愛らしいと庇い、私のこれまでの功績など最初から無かったかのように無視した。それどころか、私を「愛を知らない冷たい女」「可愛げのない女」と冷やかな目で見るようになった。

 今や王都の誰もが、公爵が本当に愛しているのは聖女であり、正妻である私は形だけの存在だと笑った。


 ―― 私がこれまで費やしてきた三年間の時間や努力、築き上げてきた誇りは、彼女の涙ひとつで、彼の宣う愛ひとつで、全否定されてしまうの?


「……ふざけないで!」


 ふつふつと湧き上がる静かな激情が、喉の奥を焼く。

 私はドレスのスカートを、指が白くなるほど強く握りしめた。


 ―― あぁ……久々に、本気で泣きたい

    わたしの高い高い高いプライドがズタズタだ


 幼少期から王妃教育に並ぶ過酷な努力を重ね、フランセルの公爵令嬢として恥じることなく、誰よりも気高く生きてきた。

 その結果がこれ?

 悔しくて、惨めで、叫び出したい。けれど、私のプライドが、大声を上げて泣きわめく無様な姿をさらすのを許さない。ただ傷ついて去るなんて、あいつらの前では絶対に嫌。私は、誰かに踏みにじられたままで終わるような女じゃないわ。



【コンコン】


 突然のノックに息を呑み、瞬時にいつもの冷徹な仮面を被る。

「どなた? もう夜着に着替えるところよ」


「俺です、お嬢様。……入りますよ」

 現れたのは、私の護衛騎士で絶対的な味方、レイヴン・シャドウクロウだった。


「何の用? 私はもう休むわ」


「嘘が下手になりましたね、お嬢様。……プライドが高いのは結構ですが、そんな泣きそうな顔で。俺に気づいてくれと言っているようなものです」


 言い返そうとした瞬間、大きな手が私の頭を彼の胸に引き寄せる。


「っ、離しなさい! 私は公爵夫人よ……! 私は……っ」


「今、この部屋にはあなたと俺しかいない。俺が昔一生を捧げると誓った、ただ一人の我儘なお嬢様だ」


 その声に、心が割れた。

 私はレイヴンの上着を掴み、声を押し殺して、子供の時のように泣きじゃくった。私のズタズタになったプライドを、彼の手が優しくさすり、一つ一つ丁寧に拾い集めてくれる。

 夫であるエドワードが一度も見ようとしなかった私の努力も、痛みも、レイヴンは三年間ずっと、全て近くで見ていてくれた。その事実に、どれほど救われただろう。


 どのくらい泣いただろうか。涙を出し切り、すっきりとした頭で顔を上げると、レイヴンは困ったように、けれど甘くほほえんだ。


「気が済みましたか?」


「……ええ。見苦しいところを見せたわ。でも、すっきりした。

 私、このまま悲劇のヒロインとして終わるつもりはないの。レイヴン、手伝って。私にあれだけのことをしてくれたのよ。この国の民もみんな私を笑いものにしたわ。絶対に許さない。あの二人を利用して、国ごと私に跪かせてやるわ。

 ――それと、私を信じてくれた、エマたち使用人の一部も連れていくわ。あんな愚か者の元に彼らを残していけないもの」


「御意のままに。すでに彼らには私から打診済みです。全員、あなたと地獄まで共にする覚悟ですよ。最高のシナリオを用意しましょう」




 数日後。

 私とエドワード、そして聖女ルチアが一堂に会した王宮の謁見の間。そこにはエーデルングの国王や高位貴族たちが、事の顛末を見届けるために集まっていた。


 私は深呼吸をし胸を張る。ここからが私の見せ場だ。


「エドワード様。本日お集りいただきましたのは、あなたとの婚姻関係を正式に解消させていただくためです」


 私が提示したのは、離縁申請書と資産譲渡書。

 愕然とするエドワードに、気高く、慈悲深い微笑みを向ける。胸の奥で、冷ややかな喜びが広がるのを感じた。


「聖女様は、この国の結界を維持するために不可欠な存在。その彼女が、エドワード様への恋心で職務に支障をきたしては国の一大事です。なればこそ、私が身を引き、お二人の愛を成就させることが、この国のためであると判断いたしました」


 そう言って、私は国王陛下に向かって完璧な一礼を捧げた。

 国王は穏便に収めてくれた私に深くうなずき、感謝の意を述べる。

 これで、王室は私の味方だ。


「ですが、急な離縁で公爵家が傾いては困るでしょう。私がこれまで投資してきた資産の一部と利権は、そのまま公爵家に寄付いたしますわ。どうか聖女様と、今後のランカスター公爵家を支えてあげてください」


「アデル、君はそこまで、僕たちのために……っ」


 エドワードの目に、猛烈な後悔と羞恥が走る。

 ルチアは顔を真っ青にしていた。自分があの時流した浅はかな涙が、どれほど愚かな結果を招いたか理解したのだろう。


 これこそが、私の復讐だった。


 これで世間の評価は完全に逆転した。

 エーデルングと公爵家のために、すべてを譲って優雅に去っていく気高きフランセルの公爵令嬢。

 私はこの国とエドワードに、巨大な恩を売りつけたのだ。


 正式な手続きが完了し、離縁状に陛下の国璽が押された。


「――それでは、皆様。どうぞお幸せに」


 一礼して完璧な微笑みを残し、私はその場を後にする。


 さて、自由の身となった私は、実家のヴァリエール公爵家に帰るつもりはなかった。

 実家に帰れば、父も兄たちも私を深く憐れんでくれるだろう。しかし、一度ズタズタにされたプライドを、実家の権力で修復することなど、私の矜持が許さなかった。自分の実力で取り戻したかったのだ。


 王宮から戻ると、私を迎えに来たレイヴンと、エマをはじめとする私の息がかかった使用人たちが待っていた。彼らはすでにエドワードに気づかれぬよう、私の私財をすべて運び出し、旅の支度を終えていた。


「お見事でした、アデル様」とエマが涙ぐみながら頭を下げる。

「私たちはどこまでも、あなた様のお供をさせていただきます」


 そしてレイヴンが私の手を取り、跪いてその甲に熱い口づけを落とす。

「これで我々は自由です。さっさと旅立ちましょう」


「ええ。最高の気分よ。……行きましょう、みんな。新しい世界へ」


 未練など塵ほどにもない国に背を向け、私は自分を慕う優秀な家臣と共に、新興の商業都市国家・リベルタへと向かった。




 あれから三ヶ月。


 リベルタでの暮らしは刺激的だった。かつて公爵夫人として培った私の経営手腕、レイヴンが陰で動かす情報網、そしてエマたちがこなす実務能力によって、リベルタで立ち上げたヴァルハイト商会は、瞬く間に利益を上げ始めていた。自分の力で掴み取る富と名声は、男の寵愛を競うことなどより、ずっと私を輝かせてくれる。実家の名字も捨て、私はアデル・ヴァルハイトとして生まれ変わったのだ。


 そんなある日、レイヴンが二通の手紙をデスクに置いた。

 一通はエーデルングの国王から。そしてもう一通は、エドワードからだった。


「なぜ、私がここにいると分かったのかしら?」


「お嬢様が残した仕掛けが発動したからです。彼らは私どもの足跡を追ったのではなく、自ら罠に飛び込んできたのですよ」


 レイヴンの言う通りだった。私は離縁の際、エドワード個人へ公爵家の資産の一部を寄付として譲渡したが、実はそれとは別に、ランカスター領のインフラ開発や国家の魔導防衛線の維持のために、私個人名義の隠し資産から、国への巨額の融資を行っていたのだ。その契約書には、『ヴァルハイト商会』というダミーの名義が使われており、返済が一日でも滞れば即座に国家の最重要利権である鉱山等がヴァルハイト商会へ移るという、恐ろしい条項が組み込まれていた。


 私が去って三ヶ月。たったの三ヶ月でエドワードと聖女が内政を完全に崩壊させ、国は私への返済に行き詰まり、ついにこの契約書の裏にいる「ヴァルハイト商会の正体=アデル」に気づいたのだ。


 手紙を開くと、そこには切羽詰まった文字が並んでいた。


 まず国王からの手紙。その内容は実質的な【国家救済の懇求】だった。

 具体的には、国の深刻な財政危機を救うためのヴァルハイト商会からのさらなる追加融資の依頼と、私がしていた国家予算の監査をまた最高顧問として指揮してほしいという、なりふり構わない泣きつきだった。

 そして、エドワードからの手紙には、さらに惨めな言葉が書き殴られていた。

『君の価値に気づかなかった僕を許してくれ。今なら君を誰よりも愛せる。あんな聖女の涙なんて、ただの勘違いだったんだ!』


「勘違い、ねえ……」


 レイヴンの調査結果によると、あの後公爵夫人の公務を引き継いだルチアは、華やかな社交界の裏にある泥臭い外交交渉や、山のような領地経営の書類仕事を前に、わずか数日で根を上げたらしい。

 彼女はかつてのように「私、難しくてよく分からない……っ」と大粒の涙を流してエドワードに縋り付いたみたいだ。しかし、最初のうちは「ルチアは純真だから」と庇っていたエドワードは、領民の一揆が迫り、国からの督促状が届く現実の危機を前に、その涙がただの「無能の現実逃避」でしかないことに気づいたようだ。


 さらに、ルチアの化けの皮が完全に剥がれる事件が起きた。エドワードが激務のストレスで再び瘴気を暴走させかけた際、ルチアに必死で癒やしを求めた。しかし、贅沢な公爵邸の暮らしに染まり、チヤホヤされることしか頭になかったルチアは、自らの魔力が枯渇することを恐れ、「そんなに瘴気を浴びたら、私の綺麗な肌が荒れちゃうじゃないですか!」とエドワードを突き飛ばし、泣きながら部屋を飛び出したのだという。


 エドワードはようやく、ルチアの涙は純真などではなく、自分をコントロールするための最大の武器であり、彼女の本質はただの身勝手な小娘だったのだと気づいた。そして、自分がその安っぽい涙のために、三年間自分を無条件で支え続けてくれた、気高く有能な妻と優秀な使用人たちを失ってしまったという、底なしの後悔に絶望したのだ。


「――ふふ、あはははは!」


 私は込み上げるおかしさを堪えきれず、思わず笑い声をあげた。あまりの滑稽さに、涙が出そうだった。

 手紙をローソクの火にくべ、灰になっていく様子を冷ややかに見つめながら、私はぽつりと呟く。


「……本当に、ざまぁみろ、だわ」


 あの時、私の高いプライドをズタズタにしてくれた報いだ。今の私は、誰の妻でもない、自分自身の力で立ち上がった高貴な商人であり、一人の自立した女性である。あの男の哀れみも、今さらの愛情も、私の価値を証明するためには何一つ必要ない。


「アデル様、国王からの要請はどうされますか?」


 レイヴンが私の椅子の後ろに回り込み、愛おしそうに私の髪に触れる。


「戻るつもりは毛頭ないけれど、要請は受けてあげるわ。ただし、追加融資の利息は通常の五倍。動向把握のために、エマの部下たちを王宮に送り込みましょう。あのお飾りの聖女とエドワードには、一生、私の手の上で踊ってもらうわ。彼らが苦しめば苦しむほど、我が商会に利益が転がり込み、あの国が事実上、私の経済的支配下に置かれる仕組みを作りましょう」


「……さすがは俺の女王(レディ)。どこまでも気高く、美しく、恐ろしい」


 

 レイヴンは満足そうに微笑むと、私の前に跪き、私の手をそっと引き寄せた。彼の瞳には、従者としての忠誠を遥かに超えた、一人の男としての深い情熱が宿っていた。


「あの男は『今なら愛せる』と言ったそうですが。俺は、あなたが公爵家に嫁ぐずっと前から、あなたのすべてを愛しています。……アデル、そろそろ俺を、ただの護衛騎士から、あなたの隣に立つ男にしてくれませんか?」


 真っ直ぐに見つめてくる漆黒の瞳。そこには、私のプライドを救い、私をここまで連れてきてくれた男の、嘘偽りのない本気の愛が見えた。エドワードの「今さらな愛」とは違う、私そのものをまっすぐ愛してくれる眼差し。私の胸が幸福感で満たされていく。


 私は最高に美しく傲慢な微笑みを浮かべた。


「いいわ、レイヴン。私を誰よりも輝かせる未来を、私の隣で作り続けなさい。」


「望むところです。あなたのためなら、世界の果てまでお供しましょう」


 レイヴンが私の薬指に、リベルタで最も美しいとされる魔石の指輪を嵌める。それは主従の契約ではなく、生涯を共にするパートナーとしての誓いだった。


 その後、エーデルングはヴァルハイト商会への莫大な債務によって、完全に首根っこを掴まれる形となった。エドワードとルチアは、一生を労働と返済に追われる日々を送ることになる。彼らがリベルタの方角を見上げるたび、私の気高き影に怯えるのだ。


 かつて私を裏切った者たちが負い目と後悔に沈んでいく中、私は私を愛してくれる男と、私を信じてついてきてくれた仲間と共に、さらなる高みへと歩みを進める。



あなたへの愛こそが私のプライド~

って歌ってる時に急に起動して「もう少し文学的な言い回しにするなら…」って返してきたチャッピー。

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