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第28話 四天王、三度目の会合。

「俺んで勉強会するのはどう? 家族は基本いないし」


 うかつな発言だった。

 フユミとコハルを自宅に誘うだなんて。


「…………へぇ」


「…………ふぅ〜〜ん」


 2人の目が据わっている。瞳の奥に、昏い情欲の熾火がくすぶっている(文学的表現)。


 ざっくばらんに言えば、2人ともムラっと来ているようだった(最低)。


 ヤバい。

 フユミとコハルの2人に誘惑されたら、俺は絶対に耐えられない。


 今すぐ撤回しないと昨夜の二の舞になってしまう!


 と、そのとき。


 ピロリン♪


 俺たち3人のスマホに、アキハ先輩からLINEが来た。


『皆さんに連絡事項がございます。第2会議室へお越しください』


「と、とりあえず行こうか」


「「…………………」」


 応答なし。

 が、俺は2人の異変に気付かないフリをして、第3会議室へ向かう。


 やがて足音がついてきた。しかし俺は振り向かない。というより振り向けない。背中に突き刺さる視線だけでも、まるで炙られているかのような熱量を感じた。





「失礼しまーす」


 俺はフユミとコハルを引き連れ、第2会議室の扉をノックした。


「どうぞ」


 木南きなみ 秋葉あきは先輩の澄んだ声が返ってくる。


 扉を開けると、ダージリンの香りがふわりと漂う。


 アキハ先輩は上座に座り、書類を整理している。

 その横には我が文芸部の後輩、冷水しみず 夏希なつきが座っている。優雅に紅茶を傾ける姿は、なんとも様になっている。


「脚本、固まったの?」


 俺が問うと、ナツキは「ええ、まあ、そんなところです」と煮えきらない返事をした。うろんに思った俺はアキハ先輩に目を移す。アキハ先輩は微笑むのみである。なんか怪しい。


「さて、さっそくですが話し合いたいことがございます。お三方とも、どうぞ席へ」


 促され、俺たちは椅子に腰を下ろす。

 俺の隣にフユミ、対面にコハルが座った。


 アキハ先輩は書類を脇に置き、話し始めた。


「ご存知の通り、我々生徒会および実行委員会は、七曜祭に向けて準備を進めています。その広報活動の一環であるPV制作……これは、素晴らしい結果が出ています。先日公開された月澄つきずみさんの動画、そして冷水しみずさんの動画は、飛ぶ鳥を落とす勢いで再生数を伸ばしています」


「……ありがとうございます」


 やや恥ずかしげに縮こまるフユミと、


「当然のことですよ」


 ドヤ顔で胸を張るナツキ。


 アキハ先輩は2人の反応を見て、満足げにうなずいた。


「もちろん、プロデューサーとカメラマンの力も大きいでしょう。火伏さんと日村さんも、ありがとうございます」


「えぇ〜そんなぁ〜褒めてもナニも出ませんよ〜」


 しまりのない笑顔を見せるコハル。


「被写体とコハルのセンスが良かっただけですよ」


 端的に事実を述べる俺。


 いやはや、それにしても、ほっとした。


 てっきり怒られるのかと思ったが、現状整理と進捗確認がメイン。


 しかも褒められる話だった。

 今回の四天王会合は円満に終えられそうだ。


 アキハ先輩もたおやかに笑ってるし。──いや待て、これはフラグじゃないか?


「ですが」


 アキハ先輩の目が鋭くなる。フラグ回収はえーよ。


「学生の本分を忘れてはなりませんね」


 俺とコハルの肩が同時に跳ねた。

 フユミは小さく、呆れのため息をつく。


「今月末の中間テストについて、対策の必要性を強く感じています」


 アキハ先輩の涼やかな視線が、俺とコハルとをとらえている。


「もし及第点を下回り、補習となれば……日村さんと火伏さんの稼働時間は大幅に削られます。PV制作は滞り、七曜祭の広報戦略に多大な支障をきたします。そのリスクは、生徒会長として看過できません」


 正論である。返す言葉もない。

 俺とコハルは黙り込み縮こまる。静寂の中、ナツキが紅茶を注ぐ音だけがイヤに響く。


「大変ですね、お二人とも」


 澄まし顔で目を閉じ、湯気の香りを楽しむナツキ。


 しかし、アキハ先輩の視線はナツキへも向けられた。


冷水しみずさんもですよ」


「はぇっ?」


 ナツキの動きが止まった。


「冷水さんも、理数科目の成績を伸ばす必要があるでしょう。特に数学。中等部の頃から成績が芳しくないとの情報を得ています」


「ど、どうしてそれを……」


「ふむ、事実なのですね」


 アキハ先輩、さらっとカマをかけたようだ。


「そ、それは……私は根っからの人文系ですので、数学的な能力は今後の人生において不要かと――」


「そうとも限らないでしょう」


 秋葉先輩は即座に切り捨てた。


「かのルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインをご存知ですね。【論理哲学論考】や【哲学探究】を著した彼は、もともと工学を学び、数学の基礎を論理学に求め、哲学へたどり着きました」


「う」


「ルイス・キャロルもそうですね。【不思議の国のアリス】や【スナーク狩り】で知られる彼も、オックスフォード大学で数学の教授を務めていました」


「うぐ」


「優れた文芸も理論によって成り立っています。数学的思考が必要不可欠とまでは言えませんが、役立つことは間違いないでしょう」


「うぐっ」


「何より、神童・冷水しみず 夏希なつきが自らの伸び代を放置するというのは、もったいないことと考えます」


「う、うぐ、うぐぐ……」


 ナツキはうめき声を上げて沈黙した。


 痛いところ突っつき回した直後に、期待を込めた激励。さしものナツキでさえ、返す言葉もないらしい。


 さすがは天下の木南きなみ 秋葉あきは、常に一枚上手を行く。


「というわけで、今日から勉強会をしましょう。全員いっしょに、清く正しく、仲良く楽しく」


 アキハ先輩は、端的に結論を述べた。





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