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第22話 ☆コハルのゲーム

「ゲームしよっか」


 コハルは、アイスを一個てのひらに乗せ、俺へ差し出す。


「このアイスを、トーマが食べられたら勝ち。食べられなかったら負け。トーマが負けたら、私の言うことを一つだけ聞いてもらう。トーマが勝ったら、まぁ、なんでも言うこと聞いてあげようかな。スタートの合図はこっちで出してあげるから」


 俺が無言でうなずくと、コハルは満足げに笑い、アイスの包装を破った。


 あ。


 声を上げるヒマもなく、コハルはアイスを口の中へ放り込んだ。


 コハルは手のひらを上にしたまま、指先をしならせて俺を誘う。


 口角を吊り上げた彼女の口内には、先ほど放り込まれた一口サイズのアイスが鎮座しているはずだ。

 

 ゲームスタート。

 

 俺はうながされるまま、彼女の顔を両手で挟み込んだ。


 小さな顔だ。骨格からして俺とはまるで違う。ただそれだけで既にドキドキする。


「ん〜? んふふ」


 躊躇する俺を見て、コハルは慈しむように笑った。


 覚悟を決めて、俺は彼女の唇を奪った。


 ――つめたっ。


 瞬間、口の中を突き抜けていく冷感。

 とろけるアイスクリームの舌触り、薫り高いバニラ、チョコレートのコクとほろ苦さ。


 氷点を維持しようとする冷たいアイスを、彼女の熱い舌がこちらへと押しやってくる。


 コハルの舌は長い。器用にうねる。なんだこれ。

 

 まるで生き物のように、自由自在に動いている。


 ギャルは舌が長く、舌技に優れる。

 古事記にも聖書にも同様の記述がある(俺調べ)


 ギャルものの同人誌において、ギャルの舌が短かったことなどあるだろうか。いや、ない。


 ギャル專門の合同誌のコラムの内容を思い出す。そこには、『ギャルは例外なく舌が長い。そしてその巧みな舌技で、男を骨抜きにする』という、非科学的で願望に満ちた説がこれでもかと書き連ねられていた。

 

 俺は当時、(書いてるヤツ絶対に童貞だろ)と鼻で笑っていたが、今、その説が真実であったことを全身に分からされている。


 彼女の舌は俺の口内をくまなく探索し、アイスを弄び、俺がそれを捕らえようとするたびに、ぬるりと逃げてはまた挑発的に絡んでくる。


 え、エッチすぎる……。


 俺の心拍数は再びレッドゾーンを振り切った。


 そのときだった。

 

 激しく絡み合う感覚の中で、ふと、脳裏を鮮烈なフラッシュバックが過ぎった。


 ――暗い室内。

 ――派手なネオンが反射する、安っぽいカラオケボックスのテーブル。

 ――飲みかけのクリームソーダの上で、真っ赤なサクランボが一つ。


 隣に座るコハルが、そのサクランボをつまみ取り、ヒョイと口の中へ放り込んだ。

 

『ねえ、トーマ。アタシ、これ得意なんだよねー』

 

 いたずらっぽく笑った彼女が、数秒後、舌の上に乗せて出してきたもの。


 それは、リボン結びにされたサクランボの茎だった。


 思い出した。

 これは記憶にある。間違いない。


 《《空白の一週間》》の断片だ。


 俺は空白の一週間のいつかに、コハルのこの驚異的な舌技を、目の前で見せつけられていたんだ。

 

「……んむ」


 コハルが、俺の動揺を見透かしたように喉を鳴らした。

 

 アイスはすでに溶けきっている。

 チョコよりバニラよりコハルが甘ったるい。アイスの冷感なんてとっくのとうに過ぎ去って、口腔の熱はもはや全身に行き渡って、気付けば俺はコハルを抱きすくめていた。


 柔らかい。小柄ながらも肉感的だ。

 ちみっとしたナチュラルな骨格で、ウエストはしっかりくびれているのに、肉付きが健やかだ。


 ナツキの不健康なエロスとは逆方向の魅力がある……いや、こういうときに他人と比べるなんて最低だな。コハルのことだけ考えよう。


 俺が気を散らしたのを罰するように、コハルのネイルチップが俺の首筋に食い込んだ。




◇◇◇




 私は口の中にチョコアイスを放り込む。冷たい。でも、すぐに体温に触れて、じわじわ溶けていく。


 手のひらを上に向けて、指先でトーマを招く。

 戸惑いながらも目を離せないトーマ。仔犬みたいでカワイイ。胸がきゅんきゅんして、頭がぼーっとしてくる。バカになってる気がする。


 私はずっと、賢く生きてきたつもりだった。


 ぜんぶアクセサリーだと思ってた。

 人間関係も、自分の感情も考え方も、言葉も行動も、みんなからの評価も。


 TPOに合わせて一番映えるものを身につける。

 邪魔になったりトレンドが変わったりしたら、その場で捨てちゃえばいい。


 そうやって、身軽に立ち回るのが処世術だった。


 私みたいに才能のない女の子の人生なんて、勉強よりもファッションで決まってしまう。


 だからモデルさんみたいに、お仕着せの服を来て、決められた道の上を歩く。バレない程度にズルく立ち回る。


 そうやって損得勘定メリデメで動くことを恥ずかしがるほど、私はキレイなじゃないし。


 親友も、運命の人も、そんな重いのは必要ない。


 テキトーに楽しく過ごして、20代のうちに金持ちのイケメンでも捕まえて……


 そんなふうにクリアする、イージーな人生ゲームのつもりだったのに。


「んん……♡」


 甘ったるいため息が漏れる。

 重ねた唇を片時も離さず、ひたすら舌を絡めている。


 なにやってんだろ私。


 トーマは別にイケメンじゃないし、お金持ちってほどでもないし。


 ただ、カーストとか気にせず普通に接してくれるし、なんとなく話が合うから悪くないかもな〜って思ってた、だけだったのに。


 最初に遊んだのも、女友達と都合が合わなくなったから気まぐれに誘っただけだったのに。


 いっしょに過ごすうちにコロッと好きになっちゃって、運命なんて考えちゃうんだから、私、自分で思っていた以上に夢見る乙女だったのかも……。






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