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第8話 フユミ・パティシエール

 前回のあらすじ。


 文化祭のPR動画を撮ることになった。

 コハルと校内を探索し、撮影場所をチェックした。


 いつもと違って真剣なコハルの表情が妙に気にかかって、その日の夜も悶々としていた。


 で、次の日。

 5月13日の水曜日。


 ぼんやり授業を受けていたら、いつの間にか放課後になっていた。


「よし。行くよ、トーマ!」


 コハルは相変わらずのテンションで俺の背中をパンと叩いた。


 自宅や部活へ向かうクラスメイトたちの中、コハルだけが抜群にイキイキしている気がする。


「トーマ、今日の撮影は楽しいよー? なんてったって、フユちゃんの手作りクレープ食べられるんだからね」 


 そう。今日のロケ地は家庭科室。

 文化祭の出し物、C組の『クレープ・ド・セブン』のPR動画撮影だ。

 

 俺はアタッシュケースを抱え、コハルに引きずられるようにして廊下を進む。


 アタッシュケースの中には、オーバースペック気味の撮影機材が入っている。アキハ先輩から支給されたものだ。

 これ、物々しすぎる。持ち運ぶだけで周囲の視線が痛い。背景モブが持っていい装備品じゃないんだよ。村人Aが伝説の武器を装備したみたいになってる。


 家庭科室の重い扉を開けると、甘い香りが立ち込めた。

 上質な砂糖と、芳醇なバターの香り。


 そして、その中心に立つ金髪碧眼の聖女。

 幼なじみのフユミが、制服の上にフリル付きのエプロンを纏い、調理器具を手に立っていた。


 パティシエのお姉さんといった感じだ。


「遅いわよ、トーマ。……それから、火伏さんも」


 フユミがこちらを向く。

 その表情は、いつもの真面目な鉄面皮……を装っているが、その頬は、かすかに紅潮している。俺にはわかる。この紅潮は家庭科室の熱気によるものだけではない。


 俺はカメラを家庭科室の入り口付近に設置した。


「フユちゃんマジ気合入ってんじゃん! いいねぇ」


 コハルは快活に笑ってから、すぅっと目を細めて、 いわく有りげに微笑した。


「そのエプロン、自前? 新妻感エグいんだけど」


「……文化祭のための試作品を作るのだから、清潔感のある格好をするのは当然だわ。不純な意図なんて、全然まったく1ミリもないわよ」


 フユミはそう言いつつ、視線を泳がせながらクレープ鉄板に生地を流し込んだ。


 流れるような所作。均一な厚み。完璧な真円。


 その手さばきは熟練している。


「フユミのクレープ、いつぶりだろうな」


 何気なく呟くと、


「小6のバレンタインでしょ。そのときアンタがクレープにハマってたから」


 フユミがあっけらかんと答えた。


「あー、そうだったな。アレ美味かったなぁ」


「今と比べたら全然よ。思った通りの味にできなかったし」


 いやいや。

 まさかぁ。


 気付けば自然に談笑していた。


「うーん、いいになってきてるね」


 コハルは指でフレームを作り、片目で俺たち二人を眺め笑う。


「やっぱフユちゃんは自然に笑ってるのが一番カワイイなー」


 それは俺も同意見。


「あら、ありがと」


 サラッと受け止めるフユミ。女子には褒められ慣れているのだ。


「トーマも、そー思うよね?」


 急に振られた俺は一瞬固まる。

 が、ごまかしたくはないので即答する。


「いつどんなときも一番だよ」


「んなっ」


 フユミが片手の甲で口を覆う。


「わーお」


 コハルは両手のひらで口を覆った。


「ヒューッ! トーマの天然ジゴロ〜!!」


「天然ジゴロなんて今日び聞かないっての」


 そして俺にそんな属性はないってーの!(鬼父アイリ)


 フユミはというと、うつむいて黙々とクレープ作りを続けている。


 なにか気に障ったのか……いや違う。照れてる。表情は前髪に隠れて見えないが、チラ見えしている耳が真っ赤だ。


「よし、トーマ。カメラ持って。まずはフユちゃんの調理の様子から押さえるよ。フユちゃんの指先の動きにフォーカスして」


「りょっ、了解……」


 俺はカメラを構える。

 液晶画面越しに見るフユミは、肉眼で見るよりもさらに破壊力が増していた。

 

 真剣な眼差し。結い上げられた金髪から覗く白いうなじ。生地を彩る、しなやかで細い指先。


 正直に言おう。

 めちゃくちゃ綺麗だ。


「……はい、カット!」


 コハルの声で現実に引き戻された。

 今の今まで、完全に見とれてしまっていた。


「いいよいいよー、フユちゃんビジュ最強だよ」


「ありがとう。次は何をするの?」


 フユミの質問に、コハルはにやりと笑って応える。


「次からは『本番』。演出いれるよ」


「演出? 何をすればいいのかしら?」


 小首をかしげたフユミに、コハルはビッと親指を立てた。


「テーマは『放課後の新妻、愛の試食タイム』だよ! フユちゃんは、手作りクレープがちゃんと美味しいか不安なの。だから、一番信頼してる幼なじみのトーマに、『あーん』して食べさせてあげるワケ」


「は、はあああああ!?」


 フユミの叫び声が家庭科室に響き渡った。

 手に持っていたトンボがカタカタと震える。


「何を……何を言ってるのよ、不潔だわ! 学校よ!? ここは学びの園なのよ!? そんなハレンチな真似ができるわけ……」


「えー。でもさー、これPR動画だよ? 視聴者の皆さんにさ、『自分もクレープ食べたいなー』って、思わせたいワケ。トーマを自分に投影させてさ。……それとも、フユちゃん、トーマに『あーん』するの、イヤなの?」


 コハルの悪魔的な誘導。


 『イヤ』という言葉選びに、フユミが目に見えて動揺した。


「い、イヤだなんて、言ってないわ。ただ、その、手順として適切かどうかを議論すべきだと……」


「じゃ、決定ね!」


 コハルは勢いよくそう言った。

 ギャルは空気を読まない。読《《め》》ないのではなく、読《《ま》》ない。




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