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第2話 ☆コハルのドキドキ大作戦

 帰りのホームルームが終わり、皆が帰り支度に急ぐそのとき。


 火伏ひぶせ 琥春こはるは、隣の席のトーマを見ていた。

 コハルは前髪を整えるフリをしながら、指の隙間から観察する。


 トーマは安らかなため息をつき、ゆっくりと荷物をまとめている。その表情は健やかだった。


(ん、セラピー作戦大成功) 


 コハルは心の中で、自分に対して小さくガッツポーズをした。


 今日一日、コハルは徹底的に『癒し手』として振る舞った。


 からかいとボディタッチは封印。

 代わりに飲み物と食べ物を提供。


 トーマの精神的疲弊と孤独感。その両方を癒やす安全地帯を、コハルは『あえてアタックしない』という英断によって作り上げていた。


 コハルは、決して自分を『イイ子』だとは思っていない。『イイ子になりたい』とも思っていない。


 むしろ、自分がどれほど狡猾か、十分に自覚している。そしてそれが強みになることも、深く理解している。


 だが、コハルの打算の根底にあるのは、エゴイスティックな独占欲だけではなかった。


(……にしても、みんなわかりやすいなぁ)


 コハルが知っているのは、シミズからの断片的な情報のみだ。フユミがトーマの家で、せくちーな服装をしていた、ということだけ。


 が、それで十分。

 

(週末はフユちゃんのソロステージ。アタックに成功したなら、アタシらに見えるようにイチャついてるはず。それがないってことは、まだ慌てる時間じゃない)


 続いてコハルは、冷水しみず 夏希なつきについて考える。


 彼女は土曜日の午後、コハルとの作戦会議中、ほとんど上の空だった。ぼんやりしながら「部室で、私は、禁忌の一線を……」などとブツブツ呟いていた。


 おおかた、勢い任せでアタックしたのを恥じているのだろう。

 

 最後に、生徒会室にいるはずの木南きなみ 秋葉あきは


 あの完璧超人の女帝なら、フユミとシミズが土日に何をしたのか把握しているだろう。二人がダウンしているのも分かっているはずだ。それなのに動かない。ということは、何らかの理由がある。


 おそらくアキハも、トーマを誘惑して失敗したのだろう。タイミング的に、金曜の夜。


(まあ、これは女のカンだけど)


 コハルは仮説的推論と直感だけで、事実の大枠をつかんでいた。

 

(それにしても、みんなホントにすごいなー。尊敬しちゃう)

 

 コハルは本気でそう思っていた。

 

 月澄つきずみ・フユミ・エインズワース。

 冷水しみず 夏希なつき

 木南きなみ 秋葉あきは


 四天王の名は伊達じゃない。才色兼備なんて言葉では足りない、圧倒的な個性の塊。


 そんな彼女たちが、揃いも揃って日村ひむら 斗真とうまという『一見どこにでもいそうな男子』の真価を見抜き、なりふり構わず奪い合っている。

 

 コハル自身も含めたこの四人の女子が、一人の男子を巡って火花を散らす。


 普通に考えれば修羅場だ。

 地獄絵図というほかない。


 だが、コハルの考え方は少し違った。

 

(トーマみたいにカッコいい男子なら、四股ぐらいで済めば御の字っしょ。これだけのメンツが同高おなこうで揃うなんてラッキー超えてミラクルだわ)

 

 コハルにとって、現状はむしろ幸運だった。

 トーマを慕う女性は何人いてもおかしくない。どれだけ魅力的でもおかしくない。


 しかし今は、同じ高校の女子が三人だけ。しかも、性格の良い子だけが揃っている。


 円満に共存できそうで本当に良かった、というのがコハルの感想だ。


(けど、後手に回るつもりもないんだよね)


 コハルはカバンを肩にかけ、トーマの肩を軽く叩く。


「行こ!」


 トーマがうなずき立ち上がる。この先のことを思うと、思わずコハルの口元が緩んだ。

 


◆◆◆




 俺が連れて行かれたのは、静まり返った保健室だった。


 老婆の養護教諭、通称ババちゃん先生が、老眼鏡をずらして俺たちを見た。


「おや、コハルちゃん。彼がウワサの?」


「そーそー。ちょーカッコいいトーマくんよ」


「過大評価にも程があるだろ」


 思わず俺は突っ込んだ。

 ジャスト中の下だよ俺のルックスは。 


「おお……」


 ババちゃん先生は嘆息した。


「よほどのことがない限り誰も入れないから、お若い二人でごゆるりとね。あたしゃ耳が遠いから、大声出しても気付かないよ」


 不純異性交遊を前提に、粋な計らいをされている!?


「いやあの、誤解ですよ、ババちゃんセンセ」


「絶対に要るヤツはベッドの横の小箱の中にあるからね。表裏を間違えないようにね」


 なんだ絶対に要るヤツって。

 踏み込んで聞くのがこえーよ。


 俺が呆然としてる間に、ババちゃん先生は奥で茶を啜りはじめた。


 コハルは気にした様子もなくカバンを置き、俺をベッドへ押し込む。


「ほら、トーマ、うつ伏せになって」


「え、え、なにすんの?」


「マッサージ」


「マッサージ?」


 俺が問い返すと、コハルはこくんとうなずいた。いちいち仕草が可愛いなこいつは。


「じゃ、どんどん揉んでくよー」


「あの、これ本当にマッサージなんですか?」


「それ聞くの逆じゃないのフツー」


 コハルはけらけら笑った。


 確かに俺もその手のコンテンツはよく見るが、男性から女性に聞くヤツはあんまり見ない。


「ホントにいいのか? けっこう疲れそうだけど」


「いーのいーの! アタシ家でもばーちゃん揉んで鍛えてんだから!」


 俺は強引にベッドへ押し倒される。

 うつ伏せになると、シーツから微かに消毒液の匂いがした。


 保健室のベッドで寝るの初めてだな、そういや。


 ってか待てよ……。

 保健室、放課後、二人きり。何も起きないはずもなくないか?

 俺の知識が正しければ、このシチュエーションは間違いなくスチル回収だ。


 期待しているワケじゃない。

 けれども相手はあのコハル。


 隙あらばゼロ距離まで肉迫し、耳元で甘い言葉を囁く、あの火伏ひぶせ 琥春こはるである。

 

 心臓が不必要にドクドクと鳴り始めた。


 こ、これはもしや、ここで……。



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