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第7話 ☆フユミとコハルとナツキ、露天風呂で三人(後編)

「アキハ先輩、今ごろ何してるんだろうね」


 コハルの呟きは曰くありげな響きだった。

 しかしフユミは、気にした様子もなく淡々と答える。


「まあ、《《よろしく》》やってるんでしょうね」


「そうですね」


 ナツキが静かに同意する。そして、訥々(とつとつ)と語る。


「アキハさんは、全部考えていたんだと思います。私たち三人がここに来ることも、トーマさんと二人きりになることも、最初から」


「やっぱ、計算してたのかぁ」


 コハルが言うと、


「計算、というより」


 ナツキが少し考えてから続ける。


「全部が自然にそうなるように、準備して関与していたんだと思います。計算しているのに、計算に見えない。全員が納得するように状況を操作する。あの人はそういう人です」


「ほぁ〜〜……相変わらず、完璧超人だよねー」


 コハルはしみじみと言った。

 コハルさんも似たような計算ちょくちょくしてますよね、とナツキは思ったが、口には出さなかった。


「すごいけど、ちょっとズルいよね。アキハ先輩って、いつも一番カッコいいとこ持ってくじゃん」


「そうねぇ……」


 フユミは曖昧に同調し、月を見ていた。


 湯気の中で、更待月(ふけまちづき)をぼんやり眺める。

 薄雲が月の手前を横切って、ふわりふわりと漂っていく。


 フユミは思う。

 アキハ先輩は強い人だ。強くて、隙がなくて、いつも完璧で。


 でも。

 それだけじゃない、とも思う。

 アキハ先輩には、意外と幼気(いたいけ)なところがある。


 合宿のとき、バスガイドに扮してノリノリだった。朝が弱くて、毎朝のように、いないはずの使用人を探していた。


 文化祭の最終日、廊下でバレエを踊っていたのも見た。文字通り舞い上がるほど嬉しいことがあったのだろう。


 それに何より、皆で集まったとき、アキハ先輩はいつも、驚くほど天真爛漫に笑う。


 アキハ先輩はきっと、私が思っていたより、独りよがりで、ワガママで、嫉妬深くて、寂しがり屋で──


 アキハの特徴を頭の中で列挙していくうちに、フユミは思い出した。


 五月、トーマと過ごした土曜日のこと。

 自分は可愛くない、と泣いたときのこと。


 そのとき自分が何を言ったか、フユミは詳細に覚えている。


『可愛くないわよ。大柄で、やきもち焼きで、お節介で、表裏激しくて、めんどくさくて、重くて』


 トーマは『全部かわいいじゃん』と笑ってくれた。しかし、アキハ先輩についてはどうだろうか。


 フユミは肩まで湯に浸かり、月を見上げて想う。


「──アキハ先輩って、案外」


 言葉が、フユミの口をついて出た。

 コハルとナツキがフユミの方を見る。

 フユミは少々ためらったが、口にすることを選んだ。


「案外、私に似て、素直になれない人なのかも」


「フユちゃん……」


「フユミさん……」


 コハルとナツキは神妙な面持ちになった。


「素直になれてない自覚あったんだ……」


「てっきりまだまだツンデレってるものかと……」


「ふたりとも、私のことチョットなめ始めてない?」


 フユミが目を細めて微笑む。というより、表情筋を無理やり笑顔を形作る。コメカミと口角がぴくぴくと引きつる。金髪が湯気で逆立ち、碧眼が冷たく光る。


 ナツキは少々ビクついたが、コハルはどこ吹く風と言わんばかりに話題を転ずる。


「ナッちゃんはどう思う? アキハ先輩のこと」


「え? あ、あぁ……難しい質問ですね」


 ナツキは返答に窮した。

 アキハとはそれなりに長い仲だ。毎日ラインするし、顔を合わせて話すことも頻繁にある。世間から見れば友人だ。


 が、ナツキはアキハを『よくわからない人』だと思っている。


 ナツキは数秒考えてから答えた。


「最初は苦手でした。何を考えているかわからなかったので」


「今は?」


 コハルの問いに、


「今も、全然わかりません」


 ナツキはいたずらに微笑む。黒曜の瞳が細められる。


「でも──」


 ナツキの眼差しに、真剣な光が宿った。


「アキハさんは、情の深い人です。好きな人のために、私たちのために、どんなに損をしても構わないと思ってる。トーマさんの病気が判明してから今の今まで、必死に頑張ってくれています。それに気付いてから、見方が変わりました」


 コハルが黙る。フユミも黙っている。


 水音だけが、しばらく続いた。湯が岩肌を撫でる音。遠くの波音。どこかで虫が鳴いている。


「なんか……」


 コハルがおもむろに口を開く


「なんか、なんだろ。アキハ先輩のこと、心配になっちゃうっていうか。頼りっきりのままじゃいられないっていうか…………んん〜…………ダメだ、もやもやしてるのにまとまんないわ」


 コハルが唸りながら湯面に口元まで浸かり、ぷくぷくと息を吐いた。プラチナブロンドの毛先が、湯気でしっとり重く垂れ込む。

 コハルが難しい顔をしているのを眺めていたフユミが、人差し指でコハルの頬をつついた。


「ひゃ」


「ふふ。らしくない顔するんじゃないわよ」


 フユミが微笑む。さっきまでの冷たい笑みとは別人のような、年不相応に落ち着いたクールな微笑だった。

 こういうナチュラルにメロいとこ、トーマに似てるんだよな……とコハルは思った。


 フユミは腕を広げて石縁にもたれかかり、胸を反らす。金髪が湯気の熱と湿気でゆるやかにうねっていた。


「大丈夫よ。多分いまごろ、アキハ先輩はトーマと良い感じになってるはずだから」


「いい感じ、というのは?」


 ナツキが問うた。フユミを見上げて瞳をぱちくりさせる様子は、常より幼く見えた。


「素直な感じよ」


 フユミは涼しい顔で答えた。石縁にもたれたまま、濡れた金髪の毛先を指で軽くほどいていく。余裕のある所作だった。


「素直、ですか」


 ナツキは小首を傾げた。

 コハルはそのやり取りを、湯に浸かったまま黙って眺めていた。


 そして、ふっと息を吐く。


「こーりゃ大変かもねー。アキハ先輩」


「そうね。まあ、今夜は大変でしょうね」


 うなずき合うコハルとフユミ。その隣で、


「素直な感じ……素直な感じで、大変……?」


 ナツキだけが、首を傾げていた。



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