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第5話 アキハ「私が最後ですか?」

 前回までのあらすじ!


 俺の黒歴史上映会が終わった!

 しかし、美少女四天王の面々は、たっぷり一時間ほど俺をイジくっていた。


 しばらくしてコハルが、


「あ〜〜、楽しかったぁ」


 大きく伸びをした。両腕を天井へ向けて思いっきり伸ばし、ソファの上でくにゃくにゃと体をほぐす。プラチナブロンドの巻き毛が、動きに合わせてふわふわ揺れた。


「そろそろ、お風呂入りたいかも〜」


「そうね」


 フユミが腰を上げた。


「順番、どうしようかしら」


「アタシは何番目でもいいよ〜」


「同じく」


 コハルとナツキがうなずき合った。


 アキハ先輩がティーカップを置いて、静かに口を開いた。


「皆さん、大浴場をお使いください。このコテージで最大のお風呂です。三人でご一緒でも十分な広さがありますよ」


「三人で!?」


 コハルが目を丸くした。


「せっかくですから」


 アキハ先輩はにっこり笑った。


「フユミさんとナツキさんも交えて、御三方でどうぞ。招待した私が一番風呂、というわけにもいきませんから」


 アキハ先輩の言い方は穏やかだったが、有無を言わさぬ響きがある。

 フユミがナツキとコハルを見て、「じゃあお言葉に甘えましょうか」と言った。


「やった〜! 大浴場!! ありがとーございます、アキハ先輩!」


 コハルがタオルを取りに走る。ナツキが立ち上がりながら「先輩、ありがとうございます」と小さく頭を下げた。フユミはアキハ先輩に「ありがとうございます、アキハ先輩」と一礼した。


「どういたしまして」


 アキハ先輩は微笑んで、三人を見送った。


 廊下に、三人分の足音が遠ざかっていく。


 途端にリビングは静かになった。

 小さく開けた窓の隙間から、潮風がそっと入ってきた。カーテンの裾が、ふわふわ揺れる。風音はかすかに。波音は寄せては返す。キリギリスの声は、耳を澄ますと聴こえてくる。


 夏の夜の音がする。


 俺とアキハ先輩だけが、リビングに残っている。アキハ先輩は静かに席を立ち、俺の隣に腰を下ろした。


 夏の夜の音のすべてが、遠くなった気がした。


「二人っきりですね」


 アキハ先輩がささやく。すすす、と距離を詰める。ソファの上で、肩がほんのり触れるくらいの距離だ。ダマスクローズの香りがした。


「……ふたりっきりですね」


 俺は答えた。


 アキハ先輩が俺の肩に頭をもたせかけた。さらさらの黒髪が、俺の下顎をわずかにくすぐった。


「……夢みたいです」


 アキハ先輩の声は穏やかだった。


「トーマさんが生きていて。フユミさんも、コハルさんも、ナツキさんもいて。みんな仲良しで、トーマさんは私のこと、す、す、好きで……」


 語尾はフェードアウトした。

 アキハ先輩の耳が、じわじわと薔薇色に染まっていく。頭をもたせかけたまま、わずかに首をすくめる。まるで小動物みたいな仕草だった。


「なんで毎度そこだけ照れるんですか」


「別に照れていませんよ。トーマさんじゃあるまいし」


「照れてるじゃないですか」


「照れてませんっ」


「じゃあ好きって言ってみてください」


「お安い御用です。す、す、す……す……すっ、す……」


 アキハ先輩の声が、だんだん小さくなっていく。デクレッシェンドというやつだ。アキハ先輩の耳だけでなく、頬まで赤く染まってきた。うなじのあたりまで、うっすら朱が滲んでいる。俺の肩の上で、黒髪がさらさら揺れた。


 俺はそれを横目で見ていた。

 見ているだけなのに、なぜか俺まで熱くなってきた。


 照れというのは、伝染するものらしい。


「…………」


「…………」


 二人して黙った。

 壁掛け時計の秒針が、コツコツと時を刻んでいた。


 しばらく沈黙が続いてから、


「──トーマさん」


 アキハ先輩が口を開いた。


「はい」


「あなたを好きになったこと、後悔していません」


 透き通る声は、夜風の中でも良く通った。


「……あなたに手術を強いたことも、後悔していません」


 俺は黙って聞いていた。


「私の計画が成功して、今、幸せだと思っています」


 アキハ先輩は俺の肩に頭をもたせかけたまま、掃き出し窓の向こうを見ていた。月は丸いが満ちてはいない。夜の海に淡く映り込み、波間でゆらゆら揺れている。


 アキハ先輩が、先ほどよりも身を寄せる。心音が伝わってくる。少しだけ、リズムが乱れている気がする。


「トーマさんも、幸せだと思ってくれていますか……?」


 アキハ先輩の声は、問うよりも確かめるような響きだった。


「幸せです」


 俺は即答した。迷いはなかった。

 アキハ先輩の表情が、ゆっくりと解けていった。肩の力が抜けるのが伝わってくる。


 アキハ先輩が微笑んだ。

 いつもの完璧な微笑でも、妖艶な流し目でもなかった。


 ただ、満ち足りていた。


 切れ長の涼やかな瞳が、慈しむように細められる。黒曜の瞳は月光を映し、やわらかに潤んでいた。


 しばらくしてから、アキハ先輩が言った。


「……ですから、報酬と言うわけではないんですが」


「はい」


「トーマさんに頼み事、というか……今言うようなことかと問われると、少し困るのですが……」


「はい」


「今夜は……おそばに、いてくれますか」


 小さな声、浅い呼吸。アキハ先輩は緊張していた。


 俺はアキハ先輩の顔を見る。

 白磁の肌に、またもや薔薇色が差している。黒曜の瞳は、俺と目を合わせると、不意に逸らされた。


「いますよ」


 アキハ先輩は再び俺を見て、また目を逸らした。まだまだ恥ずかしいみたいだ。


「今夜と言わず、いつまでもいますよ」


 俺が念を押すと、アキハ先輩は弾かれたような勢いで俺の顔を見上げる。目を閉じる。細く長く息を吸う。止める。細く長く、息を吐く。お手本のような深呼吸だ。


 そしてアキハ先輩は目を開き、 両手でガシッと俺の頬を挟んだ。


 鼻が触れ合いそうな距離。

 俺は驚きの声も上げられない。


 ダマスクローズの香りがする。視界はアキハ先輩の美貌に埋められている。小顔……肌きれい……まつ毛なっが……切れ長の目は知的な光を湛えている。すっと通った鼻筋も美しい……


 薄薔薇色の唇が、ふるふる震えて、言葉を発する。


「今夜は、おそばに、いてくれますか?」


 先程と同じセリフ。

 俺はアキハ先輩の意図を、ようやく理解した。


「ああ、はい。《《そういうこと》》ですね。頑張ります──!」


「が、『がんばります』って、もう!」


 アキハ先輩は俺の頬から手を離した。そして居住まいを正す。背筋をピンと伸ばし、髪を手で整えている。姿勢も仕草も整っている。が、なんだか落ち着きがない。


 かくいう俺もソワソワしている。今夜は、アキハ先輩と……記憶を取り戻してからは、初めてである。


「──ふふ、ふふん」


 アキハ先輩が笑い声を漏らした。あどけなく、誇らしげな響きだった。


「今回もフユミさんが一番で、私が二番です。ゴールデンウイークと同じですね。ナツキさんとコハルさんを出し抜くのは悪いですが、まあ、仕方ないですよね。この抜け駆けの埋め合わせは、必ず致しますから」


「え?」


 俺が思わず上げた声に、


「もう、また私に恥をかかせる気ですか?」


 アキハ先輩が少しだけ眉根を寄せる。恥じらいつつ少しだけしかめた顔もかわいい──じゃ、なくて。


 そういやアキハ先輩は、俺が昨日ナツキとコハルに何をしたのか知らないんだった。


 今さら順番を気にすることはないだろう、と思っていたが、あながちそうでもないかもしれん。


 バレたらマズい。


「え? もしかして私が最後ですか?」


 バレた。

 察しの良いアキハ先輩を相手に、隠し通せるはずも無かった。


「私が最後ですか?」


 アキハ先輩が、幽鬼のように、ゆらりと立ち上がる。


「私が最後なんですね?」


「あ、ええ、ええと、はい、あの……」


 しどろもどろの俺を差し置き、アキハ先輩は掃き出し窓を背に立つ。月光が、彫像のように整ったシルエットを浮かび上がらせる。


 アキハ先輩は推理する。


「なるほど。昨日、七月四日に、ナツキさんとコハルさんと情を交わしたのですね? 昼にナツキさん、夜にコハルさんと言ったところでしょうか。殺人的スケジュールですね。思えば、確かに、あなたからココナッツの香りがしました。その奥に、ごくごくわずかに、スミレの花の香りも……」


 やや伏せられたアキハ先輩の顔は、逆光でうかがえない。

 白魚のような手で口元を覆い、思索にふけるシルエット。


「なるほど、私が最後ですか。なるほど、なるほど……」


 アキハ先輩の声は、海の底から響くように、深く、重く、低い。


 終わった。


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