表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/141

第18話 コハルのおうち

 前回までのあらすじ!

 コハルのお家にオジャマしている。


「コハルの母です〜。まぁ、そんなカタくなんないでよ。話はたっぷり聞いてるからさ」


 バチバチの睫毛(まつげ)の奥から、ぱっちり二重(ふたえ)が俺を見る。


「うちのコハルがいつもお世話になってるんだってね」


 コハルママは俺の肩を、ぽんぽん叩く。

 この距離だとデコルテが目につき、俺は視線のやり場に困る。


「ちょ、ママ!」


 コハルは珍しく慌てた様子で、


「出てくるならもっとちゃんとした服で来てよ!」


 お母様と俺の間に割って入る。


「んだよー、減るもんじゃなし。カレシさんがわざわざウチまで来てくれたんだから、挨拶くらいするっしょ」


「まだ心の準備ってもんがあるの! もう、トーマ、早くアタシの部屋行くよ!」


 コハルは俺の腕をぐいっと引っ張った。


 見れば、彼女の耳の先まで真っ赤になっている。

 インフルエンサーとして何百万人もの視線を浴びているコハルも、身内の前では完全にペースを崩されていた。


「あ、えと、お母様!」


 引きずられながらも、俺はどうにか礼儀を捻り出す。


「本日はお休みのところ突然お伺いしてしまい、申し訳ありません! 後ほど改めてご挨拶させてください!」


 するとコハルママは、ニヤリとワイルドな笑みを浮かべる。


「んふふ、いーよいーよ。ゆっくりしてきなー。あ、コハルの部屋、防音仕様だから。アタシらそろそろ出てくから、《《ごゆっくり》》、ね?」


「ママっ!」


 コハルが顔から火が出そうな勢いで叫ぶ。


「あとで説教だからね! もう!!」


 俺の腕を強く引いて、逃げるように階段を駆け上がっていく。


 背後からは、ママさんの豪快な笑い声が、いつまでも楽しげに響いていた。



 階段を上がり、廊下の突き当たりにあるドアを開ける。

 分厚い防音扉が閉まった瞬間、階下からの喧騒が嘘のように断ち切られた。


「テキトーにくつろいじゃって」


 そう言ってコハルが招き入れてくれたそこは、イマドキのギャルの部屋だった。

 デスクには、撮影用と思しきリングライトやマイクアームが鎮座している。ドレッサーには流行りのコスメが並ぶ。


 その脇の棚には、シミュレーションゲームのパッケージや、ライトノベルが整然と並んだ本棚があった。


 陽キャの極みのような空間に、突如として顔を覗かせるゴリゴリのオタクカルチャー。


 部屋全体をほのかに香る、ココナッツの香り。

 コハルの多面性が一室に凝縮されていた。


 俺はクッションの一つに腰を下ろす。


 いきなりベッドに座るわけにもいかないし、キャスター付きのゲーミングチェアを奪うのも気が引けたからだ。


 すると、コハルはもう一つのクッションを抱え、俺のとなり──肩と肩が触れ合いそうな距離に、ピタリと身を寄せた。


「…………」


「…………」


 無言。

 防音室に外界の音は届かない。エアコンの微かな駆動音だけ。


 沈黙は重くない。

 むしろ、落ち着いている。


「初めて話した日のこと、覚えてる?」


 ふいに、コハルがぽつりと呟いた。

 クッションを抱きしめ、膝の上に顎を乗せたまま、どこか遠くを見るような目。


「覚えてるよ。一年生の、ちょうど今頃だった」


 俺は頷く。

 コハルと出会った季節はちょうど、梅雨の真っ只中だった。


「そ。アタシが雨ざらしになってるの見て、『ウチ近いから』って雨宿りさせてくれたんよね」


 ……実際には、ずぶ濡れのコハルの方から「着替えさして〜」と俺の部屋に上がり込んできたのだが。


 いいムードだから言いっこなしだ。


「……今になって思うと、コハルは無防備すぎだね」


 俺は少しだけ説教じみたトーンで言った。

 当の俺からすれば嬉しいイベントだったが、いくらなんでも危なっかしすぎる。


「一人暮らしの男の家に上がり込むのは危ないよ。ダメだよ、絶対」


 横を向いてたしなめると、コハルもこちらを向き、俺の目を見つめ返してきた。


 至近距離。

 長いプラチナブロンドから、ココナッツの甘い匂いがふわりと漂う。


「そう思うよ。……トーマだから、だよ」


 悪戯っぽい表情と裏腹の、ひどく真剣な声。


 俺の心臓が、トクン、と跳ねた。


「え……そんときからなの?」


「そんときから、って?」


 コハルの艶めく唇が、意地悪そうに弧を描いた。


「まさか、『今のコハルちゃんはトーゼン俺のことが好きだけど、もしかして一目惚れだったのカナ??』って聞いてるわけ? そういうの、女の子に言わせたい系? 言わせたい系だ? えー、もー、トーマってアタシのこと好きすぎか〜〜?」


「好きだよ?」


「はぅあ!?」


 コハルは変な声を出した。

 余裕たっぷりの笑みが崩れ、みるみるうちに頬から耳まで真っ赤に染まっていく。


「う……あー、くっそー」


 コハルは小さな両手で顔を覆った。


「今のトーマはフユちゃんの力で強くなりすぎてるなぁ。からかいがいのない……」


 コハルは口元をクッションに埋め、ぶつぶつと恨み言を呟いた。

 俺がささやかな勝利感に酔っていると、コハルは気を取り直すように、コホンと小さく咳払いをした。


「……トーマって、変なことしなそうだし、誰にも言わなそうだし。まあ、タオルと服を貸してもらうくらいならイイかぁ、って思ったんだよね」


 少しだけ早口で、言い訳するように語るコハル。

 でも、その直後。彼女はクッションから顔を上げ、ドヤ顔を復活させて俺に向かってピースサインを作った。


「アタシ、人を見る目あるし」


 自信満々にそう言い切った彼女の笑顔は、出会ったあの雨の日から何一つ変わっていない、それはそれは眩しいものだった。


 人を見る目がある、か。

 そう言われては、こちらとしては嬉しくて言い返せないなぁ……


 などと思っていると。


 ヴヴッ。


 コハルのスマホが鳴った。


 LINEの通知だ。

 コハルはスマホを手に取り、画面をスクロールする。くりくりした瞳には、いつもより真剣な色がある。


「どしたの?」


 俺の問いかけに、


「ガールズトークで〜す」


 コハルは軽く答えた。


 突っ込んで聞きたいところだが、どうにもはぐらかされそうだ。


 コハルは何を見ていたのだろうか?



◇◇◇



 同刻、文芸部室の前にて。


 月澄(つきずみ)・フユミ・エインズワースが立っていた。


 締め切られたドアの前、フユミはスマホを確認する。


 フユミはコハルからのLINEに、たった一言だけ返信した。


『任されました』


 フユミは決意を胸に、扉を叩く。


 返事はない。


「入るわよ」


 ドアを開ける。

 その中では、ナツキが椅子に深く腰掛け、うなだれていた。


 ナツキは、わずかに顔を上げる。

 虚ろな瞳が、フユミの姿をとらえる。


「……なんで、あなたが来るんですか」


 かすれた小声は、静かな文芸部室の中ですら響かなかった。


「別に。どんな顔してんのか見に来ただけよ」


 フユミは後ろ手で鍵を締めた。


 ガチャン、という音とともに、ナツキとフユミは二人きりになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ