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【常世の君の物語】No.14:異朱 ~室町時代の摂津国、異朱という名の少年の物語~  作者: 百字八重のブログ


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第四話:忍の術

元太に殴られ市を後にした異朱は、歌丸とともに、おばあの待つ小屋へと向かっていた。

まだ殴られた箇所が痛む。

「ちくしょう」

そんな言葉が口をついて出る。

「ああいう大人とは関わり合いにならないほうがいいんだ。逃げて正解だよ」

と歌丸が諭すように言う。

「そりゃあ分かってるけどさ、悔しいだろ、やられっぱなしは」

二人は目も合わさず肩を並べて歩いている。

真昼の頃には晴れ間のあった空も、今ではどんよりと空一面を分厚い雲が覆っていた。

湿り気を含んだ冷たい風が吹いていた。

しばしの沈黙ののち、異朱が口を開いた。

「なぁ、歌丸、俺に殺しの技を教えてはくれないだろうか」

歌丸は異朱を見た。

「落ち着きなよ」

「とっくに落ち着いてる。一時の感情じゃない。今後同じことがあった時のためにこうして頼んでるんだ」

「だからって――」

二人の上に再び沈黙がおりる。

「簡単な技だけでもいい。頼む」

異朱が重ねる。

黙っていた歌丸は、ふっと前を見据えて口を開いた。

「異朱、僕は殺しが嫌いなんだ。いや、言ってしまえば忍という家業が嫌なんだ」

突然の告白に、異朱は耳を疑った。

「どうしたんだ、急に」

「殺しの技の習得なんか、なんで僕がしなくちゃいけないんだって思うよ。定めだから仕方ないんだけど」

異朱は歌丸の顔をうかがった。

その唇はきっと結ばれ、目はしっかりと見開かれていた。

「うん、ごめん」

気づけば異朱の口からはそんな言葉がこぼれ出ていた。

「僕の方こそ、急にごめんね」

歌丸はふっと笑った。

そして「殺しじゃない技なら教えてあげる」と付け加えた。


おばあは、まるで数年ぶりの再会かと思われるほどに喜んで、異朱と歌丸を小屋に迎え入れた。

「ごめんよ、おばあ、この歌丸の家で一晩世話になってさ」

おばあ手製の味噌汁に口をつけながら、異朱はやさしく語りかける。

「山奥の村から知らせが来た時には、おったまげたよお」

おばあは大きな身振りと手振りでその時の様子を話して聞かせた。

「ごめんごめん、さみしい思いをさせちゃったな」

異朱と歌丸はにこやかにおばあを見つめる。

「歌丸殿、傷はもうええんか」

おばあはそう言って歌丸の方へ視線をやった。

「ええ、異朱のおかげでずいぶんよくなりました」

そう言って歌丸は異朱に視線を投げかける。

異朱は気恥ずかしくなって椀に口をつけるそぶりをした。

小さな小屋の中を、湯気がもうもうと満たしていった。


「じゃあ、聞き耳の術から教えるね」

おばあをひとり小屋に残し、近くの林の中へと場所を移した異朱と歌丸は、いよいよ忍の術の伝授をはじめた。

「まず、単純に片手で耳を覆う」

歌丸の真似をして、異朱が右手で右耳を覆った。

「あ、ごめん、利き手じゃない方がいい」

すぐに異朱は右手を左手にかえる。

「そしたら、僕が異朱の名前を呼びながら遠ざかるから、聞こえなくなったあたりで手を挙げて」

「わかった」

「聞こえる距離をだんだん遠くしていくことで耳を鍛えるんだ」

「なんだ、ずいぶん単純なんだな。もっと派手ですぐに効果のある技かと思ったのに」

異朱は口を尖らせる。

「忍の技はどれもこんなものだよ。既に持っている能力をとにかく地味に伸ばしていくんだ」

「へぇ」

少々おもしろくないものを感じながらも、異朱は言われるがままに聞き耳の訓練をはじめた。

次の日の午後も、その次の日の午後も、歌丸と異朱は小屋の裏手の林で待ち合わせて聞き耳の訓練に精を出した。

異朱にはこの手の才能があったようで、ひと月もすると聞き耳の術を習得してしまった。

歌丸も教えがいがあるのか、その頃になると他の技を教えるようになっていた。


午前中、歌丸は忍の里で自分の技を磨いていた。

そう聞いていた異朱は、その日、午後になっても歌丸が約束の場所に現れないのでやきもきしていた。

仕方なく一旦おばあのいる小屋へと戻ろうとしたところで、異朱の前に意外な人物が現れた。

歌丸の父、洞耶である。

洞耶は、林から出ようとする異朱の背後に音もなく忍び寄りその肩に手を置いた。

「わっ。びっくりした」

振り返ると間近に洞耶の体があったので、異朱はさっと飛びのいた。

「お、いい身のこなしだ。歌丸との修行も順調のようだな」

洞耶の言に、自分たちの修行が二人だけの秘密ではなかったことを知る。

「なんだ、洞耶さん、知ってたの」

「そりゃあな、里の大事である歌丸が毎日午後になったら里の外へ出ていく。後をつけて当然だろう」

「なるほどね」

ずっと見られていたことを知り、異朱はどこか恥ずかしさを覚える。

「今日、歌丸が来ないんだけど、洞耶さん、知ってる?」

異朱は洞耶を見た。

洞耶の顔がいっそう引き締まったように見えた。

「そのことで来た。今日の朝、急な任務が入ってな。歌丸が参加しておる。だから歌丸はここには来れないと伝えに来たのだ」

任務――。

歌丸の家業が忍ということを忘れていたわけではないが、人殺しをもいとわない任務に歌丸がついていることに、異朱ははじめて違和感を覚えた。

昨日まで目の前で笑顔を見せていた歌丸の顔が思い出された。

「歌丸の初陣だ。せいぜい健闘を祈ってやってくれ」

洞耶はそれだけ言うと、影のように音もなく姿を消した。

あとに残された異朱は、なんとなくそのまま小屋に戻るのがためらわれて、いつまでも歌丸に教わった忍の技の訓練をしているのだった。


その頃、市では、異朱が殴られた慈念寺前の店に、元太が再び訪れていた。

「よう、店主はいるかい」

店の前で呼び込みをしていた釣り目の男に声をかける。

「はい、ただいま」

すぐに男につられて一人の青年が姿を現した。

「どうも、私が店主の貴世でございます」

貴世と名乗った男は、「テンはさがっていて」と、釣り目の男に支持を出す。

「簡単に説明するとだな、俺は商売の話を持ってきた。どうだ、俺たちの座に入れば二倍の値段で品物が売れるぞ。話に乗ってみないか」

元太はそう言うと鼻息も荒く店の棚に並べられていた茶碗を手にした。

「ここで店を構えていても誰も買っちゃあくれねえよ」

貴世はそれを剣のあるまなざしで眺めて言った。

「話に乗ったら、座の決まりに従わなければならず、好きに商売ができなくなるのでしょう?」

「当然だ。座とはそういうもんだ。まぁ、考えておけよ。悪い話じゃあねえぞ」

元太は乱暴に茶碗を棚に戻すと、がははと笑いながら戻って行った。

「まったく、座など、誰が最初に作ったのかねぇ」

テンと呼ばれた男が言う。

「さっきの話、ちょっと気になるから調べてみない?」

貴世がテンを見上げて言う。

「そうだねぇ、暇つぶしだ、調べてみよう」

空からは、ちらちらと不規則な筋を描いて白いものが舞い降りてきていた。

客はまばらである。

「今日はこの辺で店をしめようか」

貴世とテンは裏手で休んでいた人手を呼んで、一日の商いのしまいにかかるのだった。


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