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泡の扉の向こうに  作者: 広育 春美


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ファーストスター

 最初の目的地は、モアのわがままが通った。

 「最初の星は、私に選ばせて」と言い張った彼女に、アヌンもナキも、しぶしぶ選定の権限を譲ったのだ。だが――肝心のモアは、座標リストを前にして腕を組み、ひとつため息をつくたびに時間だけが過ぎていく。

 「モア、考えすぎだって。どこを選んでも、結局は行ってみなきゃわからないんだ。早く決めてくれよ、頼むよ。」

 アヌンの声には、モアに選ばせた事の失敗に対する後悔といら立ちが半分ずつ混ざっていた。

 ナキが苦笑しながら間に入る。

 「まぁ、そんなに急かさないで。モアが地球を離れて最初に足を踏み入れる星だし、ゆっくり決めさせてあげましょう。」

 「そうよ、ナキの言う通り。アヌン、少し静かにしてて。これはね、私だけじゃなく、地球を代表する偉大な一歩になるんだから。」

 得意げなモアの言葉に、アヌンは肩をすくめた。

 「……座標を眺めるだけで、何を考えてるのやら。ま、いいけど。」

 「座標先の映像って、出せないの?」

 モアが振り向く。

 「そんな芸当、できるわけないだろ。見た目で決めたいなら、全部の星を回って、一番気に入ったところを選べばいい。」

 「なによ、それをもっと早く言ってくれたらよかったのに! じゃあそうしましょう。上から順に全部の星を見て回るの。最終的に、私が決めるわ。」

 アヌンはわずかに笑いながら頷いた。

 「おっ、動き出したな。よし、上から行こう。」

 アヌンがパネルに手を伸ばす。指先がボタンに触れた瞬間、艦内の空間投影が切り替わった。

 闇を裂くように、カラフルなストライプの惑星が映し出される。地表なのか、雲なのか、その境界すら判然としない。

 「これが、一番上の座標……着いたのね。」

 「そうだよ。どうする? 次の星に行くか?」

 「待って。その前に一周してみて。あの模様、どうなってるのか見たいわ。」

 惑星は、帯のような縞が流れるように星全体を包んでいた。

 細くなったり、太くなったり、リズムを刻むように変化している。夜側には一切の光がなく、暗闇に沈んでいる。カラフルな模様は星中を包むようにつながっているが、その物体が何なのかはわからなかった。

 「大気があるのに雲が見えない。もしかすると、表面温度が異常に高くて、雲が形成されないのかもしれない。」

 アヌンが低く呟く。

 「直径は約3000キロ、地球の月より小さい星ね。この星の特徴はあの色ね。」

 モアが、顎に指を当てて考え込む。

 「この星を”ファーストスター”と呼ぶことにするわ。カラフルで綺麗だもの。」

 ナキが念のため確認する。

 「いいの? あれだけ悩んでたのに、そんなにあっさり決めちゃって。後戻りできないよ?」

 「いいの。行きましょう。私、あの色が何なのか知りたい。それと、どの色の層に入るか、私に選ばせて。黄色がいい!」

 ナキが笑い、アヌンに向かって手を振った。

 「決まりね。行きましょう、アヌン。」

 アヌンは軽く息を吐き、操縦パネルに手を置いた。

 次の瞬間、星々の海がゆらめき、船は静かに”ファーストスター”の大気圏へと滑り込んでいった。


 船体が微かに震えた。ファーストスターの黄色い層が、まるで光の渦のように視界を満たしていく。船はその渦に吸い込まれるように進み、外の光が無数の線となって流れた。

 その間に、アヌンが奥の部屋から戻ってきた。

 掌には、白と赤、二色の小さなカプセルが光を反射していた。どちらも3センチほど。彼はそれをモアに差し出す。

 「モア専用に調整した”エターナル・スーツ”と”カーラ”だ。白がスーツ、赤が通信補助デバイス。地球製の防護スーツよりも遥かに強いよ。どんな気候にも適応できる。」

 「カーラ?」

 「もし俺たちとはぐれたら、言葉が通じなくなる。そのための翻訳補助装置だ。両端を持って少し強めに押すと装着される。模様も色も自由に変えられるし、透明にもできる。身体の動きを妨げることはない。安心して使ってくれ。」

 モアは短く頷き、宇宙防護スーツを外した。

 白いカプセルを両端から押し込む。その瞬間、カプセルの中心が眩く輝いた。液体のような光が指先から溢れ出し、螺旋を描いて身体を包み込む。

 光が収まると、そこにはアヌンやナキと同じ、白い布地の衣―まるで生きているように呼吸する光のスーツが姿を現した。

 「何も着てないみたいに軽いのに、包まれてる感じ。」

 モアが腕を広げると、布がほのかにきらめいた。アヌンが微笑みながら言う。

 「見た目は薄いけど、これが優れものなんだ。気温の変化にも重力の揺らぎにも対応してくれる。完全な真空でなければ、酸素を再調合して呼吸も維持できる。」

 「ひゃー、クール!まじでハイテクだわ。」

 モアは笑顔で赤いカプセルを手に取り、同じように両端を押した。再び、光が流れ出す。今度は首元をリングのように囲み、白い光が肩へと広がった。それは滑らかな布のようでありながら、金属の艶を宿している。

 「うわ…綺麗。ねえ、これって色とか模様も変えられるんでしょ?どうやって?」

 アヌンがにっこりと頷く。

 「カーラに触れて、話しかければいい。言葉で指示するんだ。」

 「喋るの?装飾品なのに?」

 「応答するのは装飾の命令だけさ。質問しても、答えは返ってこない。」

 モアは興味津々で首元に指をあてた。

 「カーラちゃん、黒と白のボーダー模様に変わってくれる?」

 瞬時に色が流れ、白地に黒のラインが走った。

 「うーん、ちょっとイメージと違うわね。」

 もう一度、指先で触れる。

 「カーラちゃん、自由な発想で最高のデザインに変わってみて!」

 今度は、光が一瞬で形を変えた。

 白地に、金色のアラベスクとスパイラルが流れるように浮かび上がる。

 それはまるで、古代の騎士が身につけた儀礼服を思わせる、荘厳で美しい輝きだった。

 「ひゃー、クール!カーラちゃん、天才!」

 ナキも思わず拍手した。

 「確かにこれは見事ね。カーラにデザインを任せるなんて発想、今までなかったわ。」

 ナキも試しに指を当てる。

 彼女のカーラは、首から肩にかけて無数の水玉が現れ、粒が大きくなるごとに虹色のグラデーションを描いた。光の粒が流れるたびに、空気そのものが煌めいて見える。

 「綺麗。初めからこうすればよかったのね。」

 ナキが満足げに言うと、モアが嬉しそうに頷いた。

 「ね、アヌン。エターナル・スーツも同じようにデザインを変えられないの?」

 アヌンは少し顎に手を当て、目を細めた。

 「素材が違うからな……簡単じゃない。でも、試してみる価値はある。」

 彼の口調には、ほんの少しの楽しげな響きがあった。

 そのとき、船の外で、黄色の光がゆらりと揺れた。

 ファーストスターの層が、まるで呼吸するように波打っている。

 次の瞬間、船体が微かに傾き――未知の世界への扉が、ゆっくりと開かれようとしていた。


 モアの支度が整う頃、船は静かに軌道を下り始めた。モニター越しに映る景色がゆっくりと変化していく。

 やがて、視界いっぱいに淡く揺らめく光の層――それがこの惑星の大気だった。

 「まさか、大気に色があるなんて。」

 モアが息を呑む。

 その層は、およそ1000メートルほどの厚さを持ち、金の靄のように惑星全体を包み込んでいた。

 層を抜けると、そこには白い雲の海が広がり、さらにその下には、果てしなく続く緑の大地が見えた。

 遠方には海のきらめきがあり、風が光を散らすように波打っている。高度が下がるにつれて、空の色はゆっくりと変わっていった。黄金から薄緑、そして透き通るような青へ、湖のほとりに近づいたときには、頭上に広がる空はすでに地球と変わらない青空だった。恒星の光が水面に反射し、船体の腹を白く照らす。周囲の森には新緑があふれ、葉の一枚一枚がまるで宝石のように輝いていた。

 「信じられない、まるで地球ね。」

 モアが呟く。

 調査パネルの数値が静かに点滅する。酸素濃度は地球よりやや高く、温度は28度。赤道に近い割に、穏やかな空気が流れている。

 船内の階下へと降りる。床の中央に浮かぶ光の円が、3人を柔らかく包み込んだ。次の瞬間、足元がふわりと沈み、円形のプラットフォームが音もなく下降を始める。

 「ひゃー、クール!地球人が初めて知的生命体の惑星に降り立つ瞬間ね!」

 モアの声が弾んだ。

 「やっぱり最初は、左足からかしら。」

 光の床が地面に触れると、霧のように溶け、風に吸い込まれるように消えていった。

 「あらっ、両足同時に地面を踏んじゃった。記念が倍になったわね。」

 モアが笑うと、アヌンとナキが小さく微笑んだ。

 その時、遠くの山々の向こうから、三つの白い光が浮かび上がった。それは次第に大きくなり、確実にこちらへと向かってきていた。

 「出迎えかな。」

 アヌンが目を細める。

 「けど…あのサイズ、迎えにしては、かなり大きいわ。」

 ナキが続けた。

 光はやがて船の形を帯び始める。滑らかで、まるで液体金属をそのまま空に浮かべたような艶を持っていた。

 「ちょっと不安なんだけど、…本当に大丈夫?」

 モアが小声で尋ねる。

 ナキは彼女の肩に軽く手を置き、穏やかに微笑んだ。

 「大丈夫よ。私達が初めての外星人なら、不安で接近してこないわ。あー、それと彼らの姿、きっと私たちとはまるで違う。でもね、驚かないで。お互い様なんだから。」

 モアは静かに頷いた。そして、アヌンとナキの背中に半歩身を寄せる。


 3人の頭上まで滑るように接近したその瞬間、巨大な船は湖面すれすれで静止した。

 アヌンの言葉に偽りはなかった。三機はいずれも途方もない大きさで、流麗な円形を描いていた。全体が白一色に塗り込められ、継ぎ目も突起も一切存在しない。まるで”完璧”という概念そのものが具現化したかのようだった。回転しているのか、ただ浮かんでいるのかさえ判別できない。湖面の波と比べれば、その直径は優に三百メートルを超えている。

 やがて、円盤の上部から球体が浮上した。水面から生まれたかのように、滑らかに、音もなく。球体が抜け出た跡に、淡い波紋が幾重にも広がった。それはゆっくりと3人の方へと近づき、目前で静止する。

 「えっ、これって…どうなるの?誰も出てこないけど。」

 モアが小声で言うと、アヌンは振り返り、軽くウインクしてみせた。

 次の瞬間――。

 球体の表面が揺らぎ、そこから3人の影が滲み出た。まるで液体から抜け出したかのように、彼らは形を結ぶ。白く無機質な機体とは対照的に、彼らの体には頭の先から足元まで、虹色の文様が描かれていた。小柄で、身長は150センチほど。目鼻立ちは地球人に酷似しているが、髪や耳は存在しないかった。

 「ウイスキ銀河、第4884号、スコチ星へようこそ。」

 その中の一人が、穏やかな声で告げた。

 「私は代表のマカラン。歓迎するよ。これから我々の仲間のもとへ案内しよう。」

 アヌンが一歩前に出る。

 「レッド銀河団、ワイーン銀河、第525号、シュメール星より来た。私はアヌン。そしてこちらがナキ。」

 ナキが笑みを浮かべ、優しく掌を向ける。

 「そしてもう一人は、マカランと同じウイスキ銀河だが、連盟に属していない星、地球から来たモアだ。」

 突然名前を出されたモアは戸惑いながら、ぎこちなく笑った。

 「あ、あはっ。こんにちは。あっ……おはよう?私の言葉、ちゃんと通じてるのよね?」

 スコチ人は微笑を浮かべたまま何も言わず、モアを眺めるだけだった。アヌンが会話を引き取る。

 「我々はある目的で銀河を巡り、知的生命との交流を重ねている。スコチの民とも心を通わせたい。短い滞在になるかもしれないが、よろしく。」

 スコチ人たちは互いに目を見交わし、柔らかな笑みを返した。

 「こちらこそ歓迎するよ。我々は普段、星の外に出ることはない。最近の他の世界の話を是非伺いたい。さあ、街へ案内しよう。皆、あなたたちを心待ちにしているよ。」

 3人は再び船へ戻り、スコチ星の3機を追うようにして上昇した。

 「ねぇアヌン、知らないんだけど、”連盟”って何なの?」

 「地球人はまだ知らないだろうね。正式名称は――銀河統合星間文明連盟最高評議会。一定以上の文明レベルに達した星には、招待が届くのさ。宇宙全体のルールとなってる。」

 「へぇ……。その連盟が星団や銀河の名前を決めてるってことね。地球では”天の川銀河”って呼んでるけど、正式には”ウイスキ銀河”ってことね。ってか、連盟って呼ぶより、”GISC”ってのはどう。いい響きじゃない?」

 アヌンが眉をひそめる。

 「いきなり”GISC”って何?」

 モアはいたずらっぽく笑い、肩をすくめた。

 「英語の頭文字を取ったのよ。『Galaxy Integrated Stellar Civilization Council』でしょ。地球人は略すのが好きなの。」

 アヌンは小さく息を吐き、苦笑した。

 「なるほど。だが悪くない呼び方だ。まぁその”GISC”が、新たな星々と銀河を見守っている、というわけだ。」


 やがて、3機の動きが止まった。眼下の大地。濃い緑の絨毯が、ゆっくりと裂けていく。裂け目は大口を開き、内部から白光が漏れた。どうやら、そこが格納口らしい。船はまるで吸い込まれるように、静かに降下していった。次々と下層のハッチが開く。一層、また一層。五段階ほど繰り返され、ついに視界が開けた。そこには、想像を超える光景が広がっていた。

 巨大な格納空間。大小さまざまな規模で整然と並んでいる。小型のものは一人乗りの探索艇ほど、さらに大型のものは都市ひとつを運べそうなほどだ。そして、それらは全て同型だ。見渡す限り、同じ設計思想で統一され、整然と並ぶ白い艦群。それはまるで”秩序”そのものが形を持ったような世界だった。

 「ひゃー、クール!」

 モアが感嘆の声を漏らす。アヌンもナキも、思わず息を呑んでいた。

 「停泊する船がこれだけ揃ってるなんて凄いわ。この完璧な整列ぶり、スコチ人の性格そのものね。」

 ナキはため息交じりに呟く。アヌンは冷静に観察していた。

 「ここまで来る間、生命反応が一つもなかった。地上には動物が存在しないらしい。それに、なぜこんなに深く潜る必要があるのか…それも気になるな。あとで聞いてみよう。」

 三人は外に出ると、そこにはマカランが三人の仲間を連れて出迎えてくれた。

 「ようこそ。ここはスコチ星都市群へ入る唯一のゲートだ。全ての都市に繋がっている。無論、都市同士も全て繋がっている。まずは主要都市に向かい、スコチ星を統括する我々の仲間を紹介しよう。都市間の移動はスライダーを使う。こちらへどうぞ。」

 マカランの声は柔らかく、それでいてどこか誇りを感じさせた。歩き出した彼の横に並び、アヌンが問いかける。

 「地上に動物がいないのは、何か理由があるの?」

 「その詳しい話は、これから向かう運営評議の仲間から聞くといい。長い話になるだろう。」

 マカランは意味ありげに微笑んだ。人々が大勢いる所に到着すると、人々は壁の中に歩いて入って行く様子が伺えた。マカラン達に続いて、アヌンもナキも自然に壁に入って行く。モアは立ち止まり壁に手を入れると、壁の中で手を掴まれて引っ張られた。

 「うわっ。」

 「大丈夫よ。」

 ナキが笑顔で手を引いてくれたのだ。そこは透明のカプセルの中だった、カプセルの周囲は真っ暗。隣に浮かぶ同じようなカプセルにもスコチ人が入っているのが見える。カプセルは更に奥まで続いていた。そして、カプセルが少し揺らいだと思うと、一瞬で消えて無くなる。その次の瞬間には、空のカプセルが現れるという手品のような光景が目に見えた。

 「さて、出発しますか。」

 「乗員は少ないのね。小型タイプなの?」

 ナキが尋ねる。

 「大きいのもあるけど、これが標準型だ。常時1万機以上が都市間を往来している。」

 そう言うとマカランが軽く指を弾いた。次の瞬間――真っ白のビル群が立ち並ぶ景色に一瞬で変わった。

 「到着。こちらへどうぞ。」

 「へっ?!瞬間移動したの?」

 モアが目を見開く。

 「いやいや、そこまでの科学力は我々は持ち合わせていない。ただ光速で移動しただけ。」

 マカランが質問に答えた。

 「バベル人もそうだったけど……スコチ人も”光速”を日常みたいに言うのね。」

 モアの眉間に皺が寄る。マカランが微笑を崩さず答えた。

 「そうか。モアの星はまだ連盟から声がかかっていなかったんだね。連盟に加盟している星々では、光速は基礎でしかない。宇宙の速度の基準は”光”。光より遅い速度は、各星で自由に定める事になっている。」

 モアの困惑を察し、アヌンが補足した。

 「マカランの言った通り。光はどこでも変わらない。だから基準として使われるんだ。時間も取り決めがあるけど、それも光が要になっている。光が一定の距離を進む時間を”1プルフ”と呼ぶ。地球時間で言えば約九十分だ。星間航行ではそれが時間基準になる。もっと大きな単位もあるけど、またの機会に教えるよ。星の地上では、それぞれ独自の時間を持つけどね。ちなみに、距離の単位も光を基準にしている。これもまたの機会に教える。」

 「へぇ……。光って、宇宙の中で本当に特別なのね。」

 「そう。宇宙の共通言語、と言っていいかもな。」

 ナキが笑う。

 「モアは驚くことばかりだよね。これから視野がどんどん広がるわよ。」

 モアはスライダーから真っ白の床に降り立った。ビル内にでも同じだ。通路の壁も天井も床も、すべてが白。しかも表面は柔らかく、指でそっと触れると、ぷにっとゼリーのように沈んだ。

 「なに、この素材?生きてるみたい。」

 「スコチ独自の有機構造体だ。自己修復する賢い素材だ。」

 マカランが低く呟く。

 やがて案内された部屋は、半円形のドーム構造をしていた。左右の壁には床から天井へと広がる透明なガラスのような曲面。そこからは整然と立ち並ぶ白いビル群が見渡せた。通路同様、角というものが存在しない。すべてが滑らかな曲線で構成され、どこか生物的な温もりを帯びている。部屋の中央には六人のスコチ人が座していた。彼らは何事かを語り合っていたが、3人の到着に気づくと一斉に振り向き、宙に浮かぶ3つのクッションを指し示した。マカランは7つの席の右端の席に腰を下ろした。


 「ようこそ、我らのスコチへ。」

 黄金の螺旋を身に纏う星の長、ラガブリンが両腕を広げた。その声は空気を震わせ、壁に波紋のように反響した。

 「私はこの星を統括する者。ラガブリンと言います。星の民すべてが、あなた方の訪問を歓迎します。何しろ――他星の来訪者など、実に1000年ぶりのことですからねぇ。今回はたまたま感知に成功し、こうして迎えられたのです。」

 アヌンが席の中央から静かに立ち上がる。

 「感謝します。ラガブリン。これからスコチ星に滞在することを、許可してもらえますか。」

 ラガブリンの唇が柔らかく弧を描く。

 「もちろんです。好きなだけ滞在して構いません。」

 そして、少し声を落として続けた。

 「――ただし、5日後になると、しばらくの間この星から出られなくなります。もしも、それまでに星外に出る時は言ってください。」

 アヌンの眉がわずかに動いた。

 「なぜ5日なのです?ハッチの整備か、重力層の調整が予定されているとか?」

 ラガブリンは目を細め、静かに答えた。

 「”宇宙蝉”の時期になるのです。」

 「宇宙蝉?」

 ナキが首をかしげる。

 「我々がそう呼ぶ虫のことです。3か月活動し、3か月眠る――それを延々と繰り返す。――1000年前、宇宙を漂う小さな隕石が大気圏に入り、燃え尽きると思われたその中に、奴らの卵が潜んでいた。大気圏の熱で焼け死ぬどころか、熱で活性化しました。」

 その声には、記憶を噛みしめるような苦味が滲んでいた。

 「奴らはわずか1ヵ月ほどで種を増やし、その数が一定数を超えた瞬間、行動を始めた。地上を覆う惨劇の始まりでした。」

 ナキが手を上げて、彼の言葉を制した。

 「その話、心当たりがあるわ。”コダイシュ”……強酸を吐く、恐るべき虫。違うかしら?」

 ラガブリンの瞳が見開かれた。

 「……”コダイシュ”という呼び名は知らぬが、確かに奴らは酸を吐く。そのせいで我々は地下に逃れた。地上の都市はすべて奴の酸に焼かれた。」

 ナキは低く頷く。

 「間違いないと思うわ。同じ種ね。唯一の対処法は――凍結。あれを止められるのは、氷の中の静寂だけ。」

 アヌンが口を挟む。

 「だが、コダイシュは絶滅したはずだろう?」

 「それはレッド銀河団の話よ。」

 ナキが応じる。

 「この銀河団では、まだ息をしているのね。」

 ラガブリンがわずかに身を乗り出した。

 「その”絶滅”させた方法を、教えていただけないだろうか。」

 ナキは遠い記憶を探るように言った。

 「全個体を凍結し、マイナス百度以下の死星へ送ったの。宇宙空間を経由して。処理を担ったのは、コダイシュ制御に長けた星の者たちだった。けれど、その者達の星も寿命を迎えて爆発し、今では、彼らの記録も残っていない。」

 ラガブリンは深く息を吐いた。

 「星全体の奴らを一気に凍らせる、か。容易ではないな…。」

 全員がしばし沈黙状態となった。沈黙を破ったのはモアだった。

 「よくわかんないけど、わざわざ凍らせなくても、テフロン製の箱を作って閉じ込めればいんじゃない。どんな酸でもテフロンなら大丈夫と思うけど。」

 全員の視線が彼女に集まる。注目を受けたモアがたじろいで言う。

 「……な、何。その顔。まさか、テフロンってGISCでは禁制品って事?」

 「テフロンって何?」

 ナキが首をかしげる。モアは、地球での製造法と性質を簡潔に説明した。そして、ラガブリンは思案し、左端に座る者に命じた。

 「ラフロイーグ。モア殿の言う”テフロン”を直ちに再現してくれるか。研究所に捕らえているコダイシュで実験したい。」

 そして、モアの方へ向き直る。

 「もし成功すれば――あなたは我らの星の救世主となる。地上を奪い返し、星を覆う”警告の色”を取り除ける。再び来星者を迎えられる日が来るだろう。」

 アヌンたちの表情が変わった。ナキが小さく呟く。

 「星の色……赤や青、黄色。あれは警告の印だったのね。」

 ラガブリンが静かに頷いた。

 「そうだ。この星団では、あの配色は”異常”の象徴。火山、氷、毒――生命の危険を意味する。しかし、マカランが地上の定期調査中に、来星者が居ると話を聞いた時は驚きだった。」

 アヌンとナキが同時にモアを見た。

 「色が綺麗だって理由で、わざわざ危険を表わしている星に降りるとは……さすが地球人ね。」

 モアは肩をすくめてそっぽを向いた。

 「……ほっといてよ。もう何も起らず、運よくみんなと出会えたんだからいいでしょ。」

 その言葉に、ラガブリンの笑い声が響く。ようやく柔らかな温度が戻った。


 その後の会談では、星の歴史、文化、都市構造、食文化、そして地底に暮らす人々の生活に至るまで、あらゆる話題が交わされた。ラガブリンの言葉には1000年の時を越えた誇りと、地上を失った民の痛みが滲んでいた。

 案内された滞在区画は、真珠のように白く磨かれた廊下と、何一つ装飾のない無機質な部屋。壁も床も天井も同じ白に染まり、影さえも存在しない。

 モアは最初こそその無彩色の空間に落ち着かず、まるで自分が消えてしまいそうな錯覚に囚われた。だが次第に――その静けさが、不思議な安堵をもたらすことに気づく。

 「ここでは、心の色だけが映えるのかも」と、そんな風に思えた。

 三人は同室だった。ベッドに腰を下ろし、しばしの沈黙の後、モアがぽつりと口を開く。

 「ねぇ、どうしてあなたたちはあんなに高度な科学を持ってるのに、テフロンを知らないの?宇宙船の外殻にも使われてそうなものなのに。」

 アヌンが苦笑する。

 「テフロンねぇ。地球の船はそれで周囲を保護していたようだけど、我々の船はレーザー防壁で守られている。このスコチ星の船はまた違う形の防壁で守られるようで、光の膜のようなものに包まれている。目視できる防御だ。誰もテフロンという物の存在さえ知らない。まぁ今回は地球人の行動や思考の特殊性が活かされたわけだな。あぁそれと、モア。我々の技術が”最先端”だなんて思わない方がいい。時空を曲げるほどの力を持つ文明の噂を聞いたことがある。瞬間移動できる者もいるかも知れない。」

 ナキが肩をすくめる。

 「上には上、ってわけね。」

 アヌンは頷き、遠い目をした。

 「――その”上”をも凌ぐ究極の存在が、この宇宙のどこかにいるのかもしれない。光も作られたモノかも知れない。ブラックマターや宇宙さえもね。俺達の最終目的の答えの存在なのかもな。」

 モアはその言葉に何も返さなかった。ただ、窓のない白い部屋の奥に視線を投げ、心の奥に微かなざわめきを覚えた。未知というのは、興味は惹かれるものの、少し怖いものだ。


 翌朝、三人は研究区画へと案内された。扉が開くなり、ラガブリンが駆け寄ってくる。頬にはかすかな笑み。

 「まずは礼を言わせてくれ。ありがとう。君たちのおかげで――我々は再び地上に戻れるかもしれない。」

 アヌンがにやりと笑う。

 「つまり、実験が成功したってことですね?」

 ラガブリンは力強く頷いた。

 「成功だ。見てくれ。」

 研究台の上に置かれた透明な箱が光を反射する。その中では、三匹の《コダイシュ》が蠢いていた。蜘蛛のような多足の体、黒い脚が二十本。胴体は灰白色に近く、丸い三つの瞳がこちらを覗いている。不気味なはずなのに、なぜかどこか愛嬌がある。やがて一匹が酸を吐いた。箱の内壁がじゅう、と音を立てた――しかし、何の変化も起きない。続いて二匹目、三匹目。酸の海の中で暴れ回るうちに、彼らは自らの毒に沈み、静かに動かなくなった。

 「これだけの酸でも溶けぬ。テフロンは完璧だ。」

 ラガブリンの声が震えていた。

 「この素材で無数の箱を造り、奴らの好物――アルミニウムを餌にして誘い込む。三ヵ月後、決戦を仕掛ける。君たちにも、その日まではこの星に留まってほしい。」

 三人は視線を交わし、笑みを浮かべる。

 「もちろん!」

 アヌンはモアの方を振り返る。

 「モア!やったな。初めて来星した星に名を刻むぞ。」

 モアは顔を赤らめ、曖昧に笑った。

 「そうだけど。地上でも同じ結果が出なきゃ、成功とは言えないでしょ。」

 その声は、光のない空間を満たすように広がった。スコチ人には、久しくなかった地上への希望の灯が、ひっそりとともった。


 三ヶ月は、まるで砂時計の砂が一瞬で落ちきるかのように過ぎ去った。

 そして、作戦決行の日。マカランに伴われて向かった格納庫は、静けさの中に不穏な熱を孕んでいた。来星当初、整然と並んでいた数百隻の船はすでに姿を消し、残るは三隻の巨大艦のみ。すべての艦が、最終段階の作戦に投入されるという。

 罠は単純にして巧妙だ。五枚の大型板を組み合わせ、巨大な「口」を開けた箱を地表に設置する。その内壁にはマグネシウムをびっしりと塗り込み、廃鉄や燃焼済みの合金を餌として詰め込む。底部のセンサーは、酸で金属が溶け、イオン化した瞬間を検知するよう設計されていた。その信号が送られると、上空に浮かぶ「蓋役の板」が反応し、重力を断ち切るように落下。コダイシュは一瞬で閉じ込められる。アルミニウムが溶け込んだ酸性溶液とコダイシュの箱の出来上がりだ。

 さらに、その大型の蓋の上には中型箱が固定され、その中にも同様の仕掛け。捕獲に失敗した個体を取りこぼさぬよう、中型の蓋には小型の箱が連動して落下する――三層構造の”罠の塔”。

 そのすべてが完璧な自動制御のもと、連鎖的に作動するよう設計されていた。

 巨大船の甲板上には、縦横500メートルにも及ぶ透明の板が、まるで幽霊の群れのように100層も浮かんでいた。一枚一枚は目視すら困難なほど透明だが、集積することで光が屈折し、空に白い帯を描き出している。

 出航の号令が下る。マカランと共に三人は最後の艦に乗り込み、静かに重力から解き放たれた。

 「箱作戦の概要は理解したけど、上空に浮かぶ”蓋”はどうやって待機させるの?」

 モアの問いに、ナキが笑みを含んで答える。

 「心配無用。反重力でも、磁場でも、大気圏上層の浮遊層でも。やり方はいくらでもあるわ。問題は、いつ落とすかだけよ。」

 「イエッサー!自分の技術を基準にした発言でしたー!」

 モアが右手を額に当てて敬礼し、艦橋に笑いがこぼれた。


 やがて、現地に到着。船腹から放たれたカプセル状の作業ユニットが、5枚のパネルを地表に配置していく。

 パネル同士が触れ合う瞬間、淡い光が走り、接合面が滑らかに融解――自動溶接が完了する。その作業時間はわずか20秒ほど。カプセルの人工知能の精度は流石ともいうべきものだった。

 「ひゃー、クール!あんな小さいのに、動きも速すぎでしょ!」

 モアはモニタに映る作業映像に目を輝かせた。

 設置完了と同時に、艦は急上昇。外界は黄色の光に包まれ、大気圏内であることがわかる。モニタの奥には、薄く浮かぶ中型船と小型船のシルエット。霞む霧の中、彼らもまた別の罠を設置していた。詳細は見えないが、確かに蓋の群れが形を成している。

 やがて、先行艦たちは別のスポットへと飛び立ち、大型艦から出ていった作業ユニットが空いた箱に餌材を投下していく。

 淡々とした作業。しかし、その一つ一つが惑星規模の罠を完成させるための重要な歯車だった。

 丸一日をかけて全作業が完了し、艦隊は格納庫へ帰還した。

 降り立ったクルーたちの口から出る言葉は、皆同じ。

 「これで、地上に帰れる。」

 だが、その真偽がわかるのは、再び三ヶ月の時を待たねばならない。

 その間、スコチ人たちは酒と食に溺れた。街のレストランやバーは夜通し明かりを絶やさず、語られるのは宇宙蝉と「帰還」の以前は夢だった理想の話ばかり。地下都市の開発は完全に停止し、代わりに環境維持ロボたちが黙々と働き続けた。

 運営局の者たちも、もはや何も言わなかった。

 むしろ、彼ら自身が夜ごとバーへ足を運び、静かにグラスを傾けるのが常となっていた。まるで、嵐の前の静けさを味わうかのように。


 ――三ヵ月後。

 ついに、その日が訪れた。地上観測のため新たに配備された監視ドローン。その数、1000万機。地上を隈なくドローンが状況を監視する。それらが捉えた映像は、各々部屋のモニタで、ドローンの場所を指定して自分の故郷の状況を映し出す事もできる。また、都市の中央広場に設置された巨大モニタには9ヵ所の状態が次々と場面を切り替えながら、中継される。スコチ全土が息を呑み、その瞬間を見守っている。

 「宇宙蝉の行動開始まで――10、9、8……0。行動開始時間です。」

 音声が消えた瞬間、映像が切り替わる。その画面を見た三人は、言葉を失った。

 黒い奔流。

 どこからともなく、湧き上がるように現れた無数の宇宙蝉。大地を覆い、空を染めるその数は、もはや”群れ”ではない。災厄そのものだった。モニタ上の映像比率は――黒が8、風景が2。

 「……こりゃ、地下に逃げたくなるのも当然だわ。」

 モアは息を詰めたまま呟いた。

 その群れが、ゆっくりと巨大な箱へと吸い込まれていく。やがて、内部が真っ黒に染まりきった瞬間、箱の外壁が眩く発光した。アルミニウムがイオン化し、液体金属のように光を放つ。そして、上空から――音もなく”蓋”が箱に吸いつくように落ちて来た。

 白い閃光とともに、罠が閉じる。その瞬間、画面に映るのは、宇宙蝉の群れが封じられた漆黒の立方体だけだった。外には、まばらに逃げ遅れた黒点が漂うのみ。

 1時間後、中型の箱にも同様の蓋が降り、完全に封鎖が完了した。

 小型の箱に至っては、集まる蝉すらいなかった。星中全ての小型箱のセンサーが作動せず、時間切れで蓋をする事となったほどだ――徹底した殲滅作戦だった。わずか数時間で完全勝利を収めた。


 小型箱の蓋が閉じた瞬間、都市全体が歓声に包まれた。ビルの屋上から、通りの隅から、地下居住区に至るまで、スコチ人たちが一斉に叫ぶ。

 「モア!ナキ!アヌン!」

 その名を、何千何万の声が連呼する。ナキがビルの窓際から、その光景を見つめながら言った。

 「モア、これは答えてあげなきゃ。外星人がここまで崇められるなんて、こんな経験は私も初めてよ。」

 モアは呆然と立ち尽くしたまま、群衆の熱に飲み込まれていた。

 「……どうしたらいいの、こんなの……」

 その隣で、マカランが穏やかに微笑む。

 「これから君の姿を全都市のモニタに映す。手を振るだけでいい。――それだけで、世界が歓喜するさ。心配ないよ。」

 その言葉の通りだった。モアが両手を掲げた瞬間、広場を揺るがすほどの轟音が巻き起こった。空気が震え、建物が共鳴する。歓声は波のように押し寄せ、彼女の胸を打つ。

 モアはその熱に応えるように、さらに大きく腕を振った。その動きに合わせ、さらに歓声が爆発的に膨れ上がる。体の奥から熱が込み上げ、抑えきれない高揚が全身を貫いた。

 「うっひょーー!!クーーーール!!!」

 叫びは歓声の海に溶け、都市全体がひとつの祝祭と化した。

 その後、三人は各都市を巡り、想像を超える歓迎を受ける。ナキもアヌンも、こんな歓喜を味わうのは初めてだった。

 夜――三人は宿舎に戻り、静かな時間の中で語り合った。

 「今日は本当に、最高の日だったわ。モア、あなたのおかげよ。」

 ナキの微笑みには、心からの感謝が滲んでいた。

 「僕も同じ気持ちだよ。これほどの達成感を味わえるなんて……最高の気分だ。ありがとう、モア。」

 アヌンが静かに言った。モアは照れくさそうに笑い、頬に手を添えた。

 「ありがとう。私も感謝してるの。こんな機会を与えてくれた2人に。人を助けるって、こんなに心が熱くなるものなんだって、初めて知ったわ。」

 3人は手を取り合い、互いの存在を確かめるように笑い合った。そして、アヌンが提案する。

 「スコチ人の救出も終わった。――次の星に向かおう。」

 「えっ?スコチ人が地上に戻るのを待たないの?」

 モアの目が驚きに見開かれる。

 「地上に出るまでには、まだ時間がかかる。地上に残っているコダイシュの卵や幼虫の駆除などの最終確認もあるし、地上に建物を建造するにも時間が必要だ。それに……この最高の雰囲気の中で去る方が、格好いいだろ?」

 アヌンの声は穏やかだが、どこかに決意の響きを宿していた。

 「そうね。引き際って、大事だわ。」

 ナキが頷く。

 「じゃあ、出発は?」

 「明日、出発を告げて……明後日だ。モア、目標はリストの次の星だ。」

 「了解!ねぇ、私たち、伝説の3人になるかもね。」

 「そうだな、間違いなく、歴史には残るだろう。」


 ――そして翌日。

 彼らはラガブリンのもとを訪れた。部屋に通されると、目の前に高さ、五メートルほどの三体の白い像が立っていた。

 「ひゃー。クール!最高だわ。」

 モアは一番に声をあげた。

 「これを、地上司令塔前の広場に建てるつもりだ。3人がこの星に降り立った姿を、そのまま再現した。」

 ラガブリンの声には誇りがあった。三人は改めて無言で見上げた。白光に包まれた自らの像。まるで神話の登場人物のようだ。

 「素晴らしいわ、ラガブリン。これで、私たちは永遠にスコチ人の記憶に残るわね。」

 ナキが感嘆の息を漏らした。

 「だが、去ると言っても……地上に戻るまではいてくれるんだろう?」

 ラガブリンが問いかける。アヌンは静かに首を振った。

 「すまない。昨日、3人で決めた。明日には次の星を目指す。」

 ラガブリンはしばし黙り、やがて深く頷いた。

 「そうか……英雄たちが決めた事だ、何も言うまい。では、最後に、全スコチ人に向けて、言葉を贈ってくれないか。」

 「もちろん。」

 アヌンは迷いなく答えた。その瞳には、次なる星々への光が、確かに宿っていた。


 翌日。

 3人がスライダーで格納庫に降り立つと、眼下に広がる光景に息をのんだ。

 白銀の床が見えないほどのスコチ人たちが集まり、歓声と拍手が渦を巻いていた。無数の目が、彼らを見送る光で満ちていた。3人はその歓声の中を歩いた。

 モアは彼らが上に手を延ばす仕草で視界が遮られて、前方が見えず、アヌンを目標に歩いていた。アヌン、ナキの胸まで伸ばされた手に応えながら、笑みを浮かべ、軽く手を振る。遠くに、自分たちの船が見える。流線型の艶やかな船体が、柔らかな照明を浴びて静かに輝いていた。

 船の前には運営陣の7人が整列していた。アヌンが一歩前に出て、笑顔で言う。

 「ラガブリン、みんな、本当にありがとう。こんなに多くの仲間に見送られるのは初めてだ。胸が熱くなるよ。」

 ラガブリンが一度深く頷き、静かに口を開いた。

 「次に来る時は、きっと多くの外星人たちが地上で賑わっているはずだ。笑い声で満ちているだろうな。また、この星に戻ってきてほしい。だから”さよなら”とは言わない。”いってらっしゃい”だ。」

 少し間を置き、彼は続けた。

 「星を代表して言わせてくれ。本当にありがとう。」

 拍手と歓声が起こる。格納庫全体がひとつの生き物のように脈動し、光が波のように広がった。モアはその光景を胸に焼きつけながら、静かに船へと足を踏み入れた。

 船体が振動し、ゆっくりと浮上する。やがて重力の束縛を離れる。そして、スコチ星を振り返ると、地球に似た青い星が見えた。

 スコチ星を離れ、3人は次なる星へと航路をとる。窓の向こうには、無限の星々が瞬いていた。


 ――モアの旅は、まだ始まったばかりだ。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


続きの星も書こうと思いましたが、ここでしめた方がいい物語になるかと思い留まりました。

三人が揃うと、どんな未知の世界でもちょっとした日常みたいに変わってしまう。その空気感を楽しんでもらえていたら、それだけで十分だと思っています。想像の余白に残ってくれたら嬉しい限りです。


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