検品済みの真実の愛は返品不可です
ご訪問ありがとうございます
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
「──よって、ここに婚約の破棄を宣言する」
ざわり、と夜会の空気が揺れた。
今宵の夜会は、単なる社交の場ではない。
国の全貴族が一堂に会する、半ば公式の場。
だからこそ、誰もが知っている。
ここでの一挙手一投足が、噂ではなく記録として残ることを。
色めき立つ貴族たちの視線が、朗々と発言した壇上の殿下と、そのお隣──慎ましく目を伏せるご令嬢へと集まっていく。
驚きで目を見開く者、眉をしかめる者、平常を保つ者、ニヤニヤと口角を持ち上げる者。
私は殿下の少し手前で、ただ静かに扇を畳んだ。
この瞬間のために繰り返してきた所作は、もはや意識の外にある。
ようやく、この時が来たのだ。
この場で求められているのは、感情ではない。
──役割を、果たすことだけ。
視線の高さも、背筋の角度も、いつも通りを保つ。
「異議はありませんわ、殿下」
そう口にした瞬間、どよめきが一層大きくなる。
罵声も、非難も、涙も──観衆である彼らが期待する“悪役令嬢”の振る舞いは、何ひとつ差し出さずに。
当然だ。
これは感情の問題ではない。
始まりは、5歳で整った婚約の1年後。
殿下が深く思い悩んで、私に運命を打ち明けてきた日だった。
前世を思い出した僕は、いずれ運命の相手に出逢う、と。
それが当然の結末だと、疑いも戸惑いもしない口ぶりで。
「どうすればいいと思う?僕は……彼女とけっこんしたいんだ」
王族としての義務も、婚約者の必要性も理解している。
だが真実の愛を捨てきれない──そんな、物語のような悩み。
だから私は、こう申し上げたのだ。
「わたくしが“悪役令嬢”になるとおっしゃるのであれば、やってさしあげますわ」
条件はひとつ。
そのご令嬢と結ばれ、無事に婚約を破棄した暁には──報酬をいただくこと。
内容は、その時点では伏せておいたけれど。
「!ありがとう!何でもするとちかおう!」
殿下は、そう仰った。
ええ、それはもう、とても軽やかに。
翳りすらない満面の笑みでもって誓約魔法を行使するよう命じる程に。
誓約内容も確認せず、その場で真名に誓いを捧げるほどには、その恋心は盲目で。
ただ、望みが叶うという一点だけで。
魔法が定着した瞬間の輝きを、ただの祝福だと信じて疑わなかったのでしょう。
それが、将来的にどれほどの『権利』を自身から剥奪する条件であるのか、あの方は読みもしなかった。
神童と呼び声高い聡明な彼との会話は楽しかった。
いつか彼と並び立ち、国を支える日が来ることを疑ったことなど一度もなかった。
けれど、過去になってしまった思い出を落胆とともに押し込めて、私はただ笑顔で、了承を誓ったのだ。
だから今、私はこの場に立っている──契約通り、完璧に“悪役”を演じるために。
契約からおよそ十年後、殿下の仰る”運命のお相手”との出会いを経て、私がまず着手したのは、ご令嬢への徹底した指導だ。
「背筋が曲がっていてよ。その角度では、隣に立つ殿下の品位まで疑われてしまいますわ」
「っ、でも、あたし、一生懸命っ…」
「努力賞はゆりかごの中で卒業なさいませ。学園とは言ってもここは小さな社交界、戦場ですのよ?それから一人称は”あたし”ではなく、”わたくし”になさった方がよろしいわ」
「もうやめてくれ! 彼女が泣いているじゃないか!」
殿下が割って入るのも、すべては計算の内。
私はあえて、周囲に聞こえるように淡々と告げたのです。
「殿下、王族の隣に立つ者に、涙を拭う暇などございません。私は、この方が貴族としてふさわしい振る舞いができるよう、善意で教育を代行して差し上げているのです──ここは学舎ではございますが、向上が見られない低位な者を殿下のお傍に置くわけにはいかないのですよ」
この言葉に、周囲の貴族子息子女たちはハッと息を呑みました。
彼らは気づき始めたのです。
私がヒロインをいじめているのではなく、”殿下の無謀すぎる選択”を、貴族の常識というナイフで解体していることに。
内容は、常に”正論”。
貴族として間違ったことは申しておりません。
お茶会の席順、ドレスの格、他国使節への挨拶の序列。
それは一度や二度では終わらなかった。
他国使節との茶会という設定で行われた授業で、彼女が用いた呼称が一段低いものであったときも。
王家主催の舞踏という体で用意された、身につける宝石の格が場にそぐわなかったときも。
都度、淡々と指摘し、代替案を提示した。
その度に殿下は決まって眉をひそめ、「そこまで厳しく言う必要があるのか」と庇い立てをなさる。
その言葉に、教師陣が一瞬だけ視線を伏せたことに、殿下は気づかれなかった。
気づいたのは、私と、学園に通う生徒だけ。
善意の指導が重なるほど、露わになるのは彼女の未熟さではない。
それを“問題ではない”と言い切ってしまう、殿下の資質である。
私が厳しく指摘すればするほど、ご令嬢の無知が露呈し、それを庇う王子の”統治者としての適性不足”が浮き彫りになっていくだけ。
私にとっては、イジメですらないものでしかないのに。
「私は、この方が授業についていけるように補講しているようなもの。勿論、間違った苦言は申しておりません。これは貴族として最低限の礼節。あくまで、彼女の至らぬところを指摘しているだけなのです。殿下もご理解くださいませ」
これは、殿下の傍に立つために郷に従えない者への教育であり。
不良在庫を処分するための、厳正な”検品”作業だったのです。
途中で目覚めれば良し。
そうでないのであればやり方は如何様にも。
ですが、お二人は何も変わることなく今日を迎えてしまわれましたわ。
「これにて、私の役目は終わりでございますわね」
おめでとうございます、とカーテシーをひとつ。
ゆっくりと顔を上げ、その瞳を正視する。
「私、次期王妃として様々な教育を受けてまいりました。ええ、貴方様も同様の教育を受けていらしたことは存じ上げております。成績が優秀であったことも。ですが──、そのご令嬢を王妃として迎え入れたいというお言葉は理解いたしかねます。そんなことをして、国にどんな利益がございますの?他国からどう見られるか、お考えになったことは?……お答えいただけない現状がすべてでございますわ。真実の愛を貫きたいのであれば、どうぞご自由に。臣籍降下の許可は国王陛下よりいただいておりましてよ。ああ、国のことはお任せください。契約は、完璧に履行いたしますので」
真実の愛を選ばれる方に、王冠は重すぎますもの。
にこり、と微笑んで差し上げれば。
「ありがとうございます!あたし、貴女の分まで殿下を幸せにしますね!」
ぽかん、と口を開いたまま、二の句も告げぬ殿下にご令嬢が嬉しそうに擦り寄った。
「ご安心なさいませ。貴方様が『ただの人』として彼女と添い遂げられるよう、手配は済ませてありますわ……ええ、後顧の憂いを断つための適切な処置も含めて。これで将来、貴方様の血を引く子が、不当に王位を望まされる悲劇も起こり得ません」
「え…? しょち……?」
「真実の愛があれば、無用な継承権も、それをもたらす血筋も不要でしょう?それに、王位継承権がなくなった際に子を成さぬことは、誓約魔法に含まれておりましたわ。祝杯に混ぜられたお薬は、王家の専属医が調合した秘伝の一級品ですからご心配には及びません。お二人は、どうぞお幸せに。それが私からの、最後のお仕事ですわ」
「まて、まってくれ、」
「それでは皆様、ごきげんよう」
それから視界を外し、騒がしい夜会を背に、私は重厚な扉から会場を後にする。
目の前に広がるのは、王城の長い回廊。
「お待たせいたしました、国王陛下、王妃陛下。お約束通り、殿下の後始末は完了いたしました。貴族の皆々様も処置の意味が分からぬ愚鈍以外、 殿下を担ごうとする者も出ぬでしょう……これより、実務に入ります」
祝杯の件でざわめいた会場をご覧になっていた陛下方にもお分かりいただけたでしょう。
もし、5歳になられました王女殿下が仕上がる前に、陛下に何かあった場合はお任せください。
私の言葉に寛容に頷いて見せた陛下が、小さく息を吐く。
「あとは仕出かしたことを自覚したあやつが、正気に戻らぬことを願うのみか」
「政から遠ざけることができるのですもの、男爵家が潤おうが、王領地の一つが富もうが利しかありませんわ。あれでも一応は王教育を受けた身。目も当てられぬような惨事にはならぬでしょう」
「ご安心ください、両陛下。殿下がどのような身分に落ち着こうとも、問題ありませんわ。もし、万が一にも、殿下が愛の重さに耐えかねて泣きつこうにも、請願先は存在いたしません……何しろ、あの愛は『検品済み』の特注品。あの方の真名一つで、返品不可の契約を結んでおります」
そのお考えは、杞憂に終わりましょう。
ゆったりと、最上のカーテシーの上から労いの言葉がおりてくる。
でも、礼など不要なのです。
公爵家に生まれ落ちた私には、盤石な国造りの方が恋よりよほど魅力的に映るのですから──。
「この国のために身命を賭す。それが、私の仕事です……では、陛下。次は遅滞している納税法の改正案についてですが──」
ご一読いただき、感謝いたします
ご感想があればお聞かせください




