第6話 お会いします
そのまま時が止まってしまったかのように思われた。だが実際にはほんの数分が過ぎただけだった。突然ベッドの脇に置かれた小さな置時計がチン! と音を立てて時を告げた。その音に二人ともはっと我に返って、お互いに顔を見合わせた。
元通りの冷たい声に戻ったマーシャがジュリエットに問いかけた。
「で、どうなさいますか? お会いになりますか? それともこのままお帰りになりますか?」
「お会いします」
間髪入れずにジュリエットが答えると、マーシャは一瞬困ったような表情になったが、すぐにまた口の端を意地悪そうに曲げて続けた。
「旦那様がお断りになるかもしれませんよ? 旦那様は曲がったことがお嫌いなお方です。……貴女のことは、色々と耳に入っておりますから」
「でも、朗読と代筆のできる人間を探しておられるのは事実でございましょう? であれば、お会いしてみなければわかりませんわ。お仕事とは分けて考えて頂けないかと……その、わたくしの評判は」
ジュリエットが最後の『わたくしの評判』で少し言い淀みながらもきっぱりと伝えると、マーシャはあからさまにふん、と鼻を鳴らしたが、それは渋々ながら負けを認めたような響きにも聞こえた。
「そうですか。そこまで仰るのなら、ご自分でお確かめなさいませ。……ただし、何があっても驚かないこと。そして先ほども申し上げましたが」
「決して口外しない」
マーシャに最後まで言わせずにジュリエットは答え、静かに椅子から立ち上がった。ゆっくりとマーシャも立ち上がり、ジュリエットの先に立って部屋のドアを開けた。そして身体の向きを変えて部屋を出ると廊下を玄関のほうへ引き返し、階段を上って突き当りのドアの前で立ち止まると、ジュリエットの耳元に顔を寄せ、まるで最後通告かのように小声で囁いた。
「くどいようですが、何があっても驚かれませんように。よいですね?」
そしてジュリエットが静かに頷いたのを認めると、右手を上げて彫刻の施された樫の木の重い扉をノックした。
「旦那様。お客様をお連れしました」
……少し待っても返事はなく、樫の木の扉は閉じられたままだった。だがマーシャがもう一度扉をノックしようと右手を上げた時、部屋の奥から低くぶっきらぼうな声が返ってきた。
「帰ってもらえ。私は誰にも会わん」
その響きはどこまでも暗く沈鬱で、一切の感情を失くしてしまったかのようだった。