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第5話 英雄が、なぜ

「……聞いてらっしゃいますか、クインズビー子爵令嬢様?」


 相変わらず氷のように冷たいマーシャの声に、ジュリエットははっと記憶の淵から現実に引き戻された。


「あ、はい。それであの、こちらのご当主様にはいつお引き合わせ頂けるのでしょうか。わたくしを雇うことに同意して下さったとバイロン様から伺っております。であれば早急にご挨拶申し上げたいのですが。雇い主様のお名前もいまだ教えて頂けないのは、いくら事情がおありとは言え、さすがにあんまりではございませんか」


 当初、マーシャはこの子爵令嬢は『あ』とか『はい』としか言えないと(たか)(くく)っていたのかもしれない。だからここでジュリエットから投げられた正論とまっすぐな眼差しの反撃は予想外にダメージが大きかったのか、思わず一瞬うっ、と息を詰まらせた。そして仕方ないといった様子で目線を逸らしながら、悔しさの滲む口調で呟いた。


「……わかりました、クインズビー子爵令嬢」

「ジュリエットとお呼び下さい、マーシャさん」

「ではジュリエット様……ここから先のことは、この先何があっても一切口外なさいませんように。よろしゅうございますね?」

「心得ております。頂いた契約書にもその旨記載がありましたから、ご当主様の名誉を傷つけるようなことは決して申しませんわ」


 秘密を守る、というのは貴族社会の人間関係の基本中の基本だ、()()()()()()()。ジュリエットがきっぱりと言い切ると、ようやくマーシャがほんの少しだけ態度を軟化させた。


 だが、その後マーシャが告げた雇用主の名に、ジュリエットは我が耳を疑った。


「貴女様の雇い主は、ロバート・グリーンウッド将軍閣下です」

「……なんですって? ロバート……グリーンウッド将軍……まさかそんな……」


 驚きのあまり両目を大きく見開いて椅子から勢いよく立ち上がりかけたジュリエットを、マーシャがしっ! と唇に指をあてて制した。


「お静かに。……驚かれるのも無理はありません。けれど、ここにおられるのは確かにロバート・グリーンウッド将軍です。先の海戦でお怪我を負われて、それ以来ずっとこの荘園で療養なさっているのです」

「負傷されたことは伺っておりましたが、あれからもう半年以上もたっています。その間ずっと療養なさっているということは、それほど酷い傷を負われたのですか?」

「……」


 ロバート・グリーンウッド将軍。その名を知らぬ者は大英帝国にはいないと言っても過言ではない。


 救国の英雄、英国海軍の懐刀、軍神マーズの化身……世間に流布するその輝かしい二つ名は列挙に(いとま)なく、その戦績はまさに誰もが認める猛将であった。


 そのようなお方が、なぜロンドンから遠く離れたこの荘園で、人知れずひっそりと……。


 ジュリエットは胸の動悸が激しく音を立てるのを感じ取っていた。だが黙り込んでしまったマーシャの顔が悲しみに歪み、瞳に悲痛な色が漂っていることにふと気付くとそれ以上何も言えず、二人はただしばらくの間、黙って向き合って座っていることしかできなかった。


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