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あなたの声は想いを奏で、私のペンは希望を紡ぐ ~社交界を追放された令嬢が常勝将軍の最愛になるまで~  作者: 碓氷シモン
第二章

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第25話 貴女を待っていた

 明日はいよいよバースへ出発という日の夜、ジュリエットはなかなか寝付くことができず、ベッドの上で何度も寝返りを打った。


 わたくしは、ロバート様にどうなって頂きたいのだろう、という問いが、このところずっと頭の中にある。


 お目が回復なされば、それは本当に素晴らしいこと。でも、そしたらロバート様はすぐさまブラウニング侯爵家に飛んで行って、セシリア様に求婚なさるわ。金モールで飾られた軍服に、いくつもの勲章を飾り、銀と瑪瑙で細工された柄のついたサーベルを腰に携えて。そしてセシリア様の足元に(ひざまず)いて、愛の言葉を捧げるのよ。先の海戦であれだけの戦果を挙げられたのですもの、さすがに侯爵様ももう反対はなさらないでしょう。


 もちろんそうなれば、おめでたい限りで万々歳だけれど……その時が来たら、わたくしは用済み。もうここにはいられなくなる。次の勤め先を探さなければ。


 ジュリエットはそれ以上考えまいと、目を閉じてなんとか眠ろうと無駄な努力をした。だが、一度落ちてしまった思考の淵から這い上がるのは至難の技だ。良くない性分だと自分でも分かってはいるが、どうしようもなかった。


 そうなったら……そうね、バイロン弁護士に紹介状を書いて頂くしかないわね。でも、それを持ってどこへ行けと言うの? ロンドンへ戻る? わたくしを人でなしとなじる、あのロンドンの社交界へ? お父様はほとぼりが冷めるまでと仰ったけれど、果たしてそううまくいくものかしら。大した後ろ盾もない、おまけに悪評持ちの貧乏子爵令嬢が、何事もなかったかのように素知らぬ顔で生きていけるほど甘い場所じゃないもの、あそこは。


 じゃあ、と、ジュリエットの頭にもう一つの筋書きが流れた。


(このまま、ロバート様の目が見えないままだったら……? そしたら、わたくしはずっと代書係としてお(そば)にいられる……?)


 ジュリエットははっとして頭を数回、横に振った。なんということを考えているの、わたくしったら。ロバート様の目が治らなければいいなんて。それに、やっぱりダメだわ。だって、ロバート様は高潔な方ですもの……その時はひどくお嘆きになるでしょうけれど、もう二度とお目が元に戻らないことを受け入れられたら、きっとセシリア様にすべて打ち明けて、お別れなさるはず。あなたの将来の重荷になりたくない、と仰って。そしたらその時に、今までの手紙が全部なりすましだったことも知られてしまうでしょう。ロバート様はきっと激怒なさるわ。そして、決してわたくしを許しては下さらない……。


 つまり、とジュリエットは結論にたどり着いた。どちらに転ぼうとも、自分はロバートの傍にはいられないのだ。そして、その時が来るのはそう遠くない。


 突然、胸がキンと痛んで、目に涙があふれた。それはウィリアムを亡くした時の身を引き裂かれるような激しい痛みとも違う、心臓を一刺しするような、細く鋭い痛みだった。ジュリエットはゆっくりとベッドから半身を起こし、しばらく静かに涙を流してその逃れられない痛みを存分に感じてから、白旗を揚げた。もうこれ以上、自分に嘘はつけない。


(ああ、わたくしは、ロバート様を愛しているのね……セシリア様としてではなく、ジュリエットとして。だからこんなにも、おそばを離れたくないのだわ)


 ジュリエットの口から、大きな溜息が漏れた。どうして人の心はこうも思い通りにならないのだろう。ウィリアムを(うしな)った時に、もう誰かを愛することはないし、そんな機会も訪れないだろうからと、自分の心に折り合いをつけたはずだった。だから初めて会ったロバートから冷たく拒絶されても傷つきはしなかった。それなのにほんの数か月で、ジュリエットの中でロバートの存在は日に日に大きくなっている。彼にとって自分はただの朗読係でしかなく、何よりもセシリアという恋焦がれる女性がいるというのに、明日から一緒にバースに行けることが、嬉しくてたまらない。そんな自分の浅ましさがつくづく嫌になる。


 完全に目が冴えてしまったジュリエットは、少し風に当たろうとバルコニーへ出た。外は漆黒の闇が広がっている。だが目が暗がりに慣れて来たジュリエットがふとバルコニーから庭を見下ろすと、何かがいる気配がした。森から小鹿でも迷いこんで来たのかしらと、ジュリエットは手にした燭台をかかげて、思わず息を呑んだ。


(あれは……人? え、まさか?)


 大理石のベンチに座って、ジュリエットの部屋のバルコニーを見上げていたのは、ロバートだった。


「ロ、ロバート様!? なぜそんなところに!?」


 ジュリエットは慌ててバルコニーから庭へ通じる階段を駆け下り、はぁはぁと息を切らせながらベンチの前に辿り着いた。だが当のロバート本人は焦るそぶりなど微塵も見せず、むしろジュリエットが来てくれるのを待っていたかとでも言うように、さらりと言った。


「もしかしたら貴女が気づいてくれるのではないかと思ってたんだが、読みが当たったな」

「わたくしが?」

「ああ、なぜかは分からないが、無性に貴女と話がしたくなって」

「そんな……お一人で歩いていらしたのですか? こんな真……」


 真っ暗な夜中に、と言いかけて、ジュリエットははっと口を(つぐ)んだ。


「何、大した問題じゃない、今の私は昼も夜も闇の中にいるのだから」


 ロバートはどこか自嘲するように軽く笑いながら答えてから、さりげなく付け加えた。


「大丈夫、自棄(やけ)で言ってるわけではない。貴女と毎日ここを散歩しているおかげで、道はすっかり覚えた。それより座らないか」

「……では、少しだけ」


 ジュリエットは一瞬迷ったが、ロバートの隣に腰を下ろした。ひんやりとした大理石の感触が夏の夜に心地よく感じられる。

 自分と話がしたいからここにいたと言うのに、ロバートは黙ったままだ。何か会話の糸口を作らなければと、ジュリエットは困惑しながら口を開いた。


「いよいよ明日ですわね」

「ああ、そうだな」

「きっとバースで静養なされば、何もかもうまくいきますわ」

「……だといいがな」


 思いがけずロバートの声が沈んでいることにジュリエットは驚いた。ロバートは膝の上で組んだ両手に目線を落としながら、独り言のように呟いた。


「果たして私自身は、それを望んでいるのだろうか」

「え?」


 夜風に揺らめく蝋燭(ろうそく)の灯りに照らされたロバートの表情には、それまでジュリエットが見たことのない迷いが浮かんでいた。


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