まれびと 2
山の麓で膝立ちの姿勢を維持し、祭事ともなれば町の住人総出で飾り付けられる巨神様を見て、幼い頃から思っていることはあった。
もしも、立ち上がったなら……。
一体、どれほどの高さになるだろうか……?
実際目にしたその姿は、想像を遥かに超えたものであったと言えるだろう。
しかも、今はこの鉱山都市で最大規模を誇る建造物である城壁の向こう側から、頭だけ覗かせている状態である。
勢いよく城壁を飛び越え、かなりの距離を置いているにも関わらず、頭部がうかがえるのだ。
――でかい!
比較対象物を得たことで、その大きさはより浮き彫りとなっていた。
そして、橙色かつ半透明な覆いの備わった顔からは、やはり生物的な意思が感じられてならないのである。
その証拠に、馬で町中を駆け下りる最中、城壁の守備兵へ視線を向ける様が確認できた。
あれは、紛れもなく観察している姿。
エルフと同じ形をしていながら、耳に当たる部位は備えていないが、もし、音を聞けるならば、守備兵らの会話なども拾っていたことだろう。
そんな巨神様の顔が、ふとこちらに向けられ……。
「こちらに――くる!?」
やはり、前動作なしに高々と跳躍した巨神様が、今度は城壁の向こうからこちらへと舞い戻ってきたのである。
「どうっ! どうっ!」
驚く馬の首を撫でて、落ち着かせた。
――ズンッ!
重い音と、思っていたよりは軽い衝撃が大地を揺るがしたのは、それと同時のこと。
見上げれば、巨神様が膝立ちの姿勢で着地を果たしている。
走っている時はあれだけ土を巻き上げていた巨体が、驚くほど柔軟な膝関節で超高空からの衝撃を殺したのだ。
城壁の向こう側から見せた、こちらを見るような挙動……。
そして、わざわざサクヤの前に着地したこと……。
それ以前に、巨神様が立ち上がった時に感じた目の合うような感覚……。
全てが、ひとつの解を導き出している。
「巨神様は、わたしに何かを伝えようとしている……?」
だが、何を伝えようというのか?
コクホウを守るような挙動だった巨神様であるが、うかがえる表情など存在しない顔であり、声の類も発していない。
確かに意思があるのは感じられるが、それを伝える術はないように思えたのであった。
だが、その疑問はすぐに解消される。
まるで、口を開くかのように……。
巨神様の一部が、バクリと上側に開かれたのだ。
とはいえ、あくまで口を開くかのようであり、そもそも存在しないその感覚器官が動作したわけではない。
ならば、どこが開いたのか?
――胸部だ。
巨神様の全身を守る真白き甲冑の内、胸部中央に位置する部分が開かれたのであった。
そうすることで吐き出されたのは、内部にこもっていたのだろう空気だけではない。
かといって、内蔵の類が見えるのかといえば、やはり、それも異なる。
では、何が出てきたのか?
「エル……フ?」
サクヤの口から、慣れ親しんだその単語が飛び出す。
そう……。
巨神様の胸部内から出てきたのは、見たこともない装束へ身を包んだエルフ男であったのだ。
年齢はおそらく、30から40。
男として、肉体的にも精神的にも最も充実する時期であり、それを裏付けるかのように、体へピタリと貼り付く布地の装束は、鍛え抜かれた筋肉で盛り上がっている。
鍛錬の程がうかがえる筋肉美と、装束の各所を守る不可思議な光沢の鎧から考えれば、これは、間違いなく戦士階層の男であった。
髪は黒く、短めに整えられており……。
顔立ちは、豊富な戦闘経験が年齢相応のしわと共に刻まれたような精悍さだが、どことなく人懐っこい愛嬌もある。
そして、男に存在する最大の特徴は……。
「耳が……短い……」
男の耳は、母の胎内で伸びることをやめたかのように丸く、短い。
その小さな特徴は、しかし、着用している装束以上の異質さで映るのだ。
「……テツスケ·トーゴーだ」
人を安心させるような小さい笑みと共に……。
テツスケなる男が、敬礼してみせた。




