ガルゼのお館 3
「そもそも、だ。
かのオデッセイなる巨神が、実際に戦働きをしたとしよう。
――カゲカツよ。
それは一体、どのようなものとなる?」
ゲンジがカゲカツを名指しにしたのは、他でもなく、彼が次代のお館であるからに他ならない。
「む……それは……」
それが分かっているからこそ、カゲカツもまた、必死に考えを巡らせる。
無論、単純な想像はすぐについているのだろうが、今回ゲンジが問いかけているのは、並のエルフが即座に思いつく簡単な答えではない。
オデッセイという巨神の目覚めが、どうしてガルゼにとっても吉兆となるのか……。
事前に提示した答えと、すり合うような解答こそ求められているのであった。
が、何事においても、時間の制限はつくもの。
無念ながらも諦めたらしいカゲカツが、観念しつつも、ひとまず思い浮かんだ光景を口にし始める。
「……まず、思いつくのは、コクホウの大城壁すら飛び越えられるという健脚と、あちらの固い土も容易に掘り起こせるという剛力でもって、兵たちを蹂躙し尽くす姿です。
その体が、どれほどの強度を持つのかは、まったく予想がつきません。
ですが、仮に投石機や攻城魔術が有効であったとして、当てることは難しい。
あれらは、城塞という動かぬでかい的に使うことを前提としているわけですから。
考えれば、考えるほどに攻略困難。
動く災害であると、そう結論付けるしかないかと」
「なんだ、分かっているではないか。
そう、そのオデッセイなる巨神……。
ひいては、テツスケなる分身は、まさしく災害なのだ」
カゲカツの思い浮かべた想像が、思いのほかにくっきりと色を帯びたものだったので、ゲンジはやや上機嫌となりながらうなずく。
もっとも、当人は褒められても、何を分かっているのか分からず、きょとんとしているが……。
そういった考え方や思考法というのは、年月をかけて養っていけばいいものなのだ。
「よいか。
戦というのは……ことに、我ら武家が確たる目的を持って行うそれは、兵によって行うものである。
兵とはすなわち、我ら指揮官の命を受けて動き、よく戦い、よく占領する存在のこと……。
なんとなれば、我らが開戦をするのは、多くの場合、相手方の土地を求めてのことだからだ。
例えば、囲碁のごとくな」
――囲碁。
白と黒の石を使い、盤面を奪い合う遊戯である。
直接に駒をぶつけ合い、奪い合うわけでないためその印象は薄かったが、なるほど、相手の支配地を削り取るという意味で、戦を端的に表しているといえた。
「逆にいうならば、その能力が欠けていれば、これは十分に戦働きができん。
ゆえに、オデッセイとやらは兵でなく災害なのだ。
――占領ができぬ」
占領ができない。
なるほど、これは言われてみれば、当然の話である。
正確には、おとぎ話の化け物がごとく、住んでいるエルフらを震え上がらせることはできるだろうが……。
武将にとって必須となる細やかな占領行動など、到底不可能であった。
……単独では。
「ですが、その欠点は、歩兵と連携すれば補えるのではありませぬか?」
一番単純な解決策を口にしたカゲカツが、しまったという顔になる。
それが不可能と気付いたのだ。
「コクホウは弱小。
オデッセイに追従し、十分な補助をできるだけの兵など、出しようがあるまいよ」
何しろ、ヴァヴァからの報告によれば、総力で防衛にあたってなお、千に達するかどうかという兵力だった。
少なくとも、このガルゼを仮想敵とした場合、攻め込んで占領するだけの兵と物資を用意するのは不可能である。
「また、話を聞く限り、テツスケという男はあくまで理性的に、1人のエルフとして生きたいと考えている。
オデッセイを操る怪物として君臨したいわけではない。
それを伝えるため、チヨへ十分に話を聞かせ、橋渡し役として返したのだ」
話を振られた歩き巫女が、平伏した姿勢のままピクリと身を震わせた。
あるいは、これでチヨを手籠めにでもしてくれていると、より話は分かりやすいが……。
どうやら、それはあるまい。
「ゆえに、我らがすべきことは、コクホウ――というより、オデッセイと同盟を結ぶこと。
向こうが欲する通常兵力を我らが提供し、引き換えに、圧倒的な突破力をもたらしてもらうのだ」
それこそ、テツスケとやらの真意……。
無論、形にするまでいくつもの困難はあるし、解決せねばならない問題もある。
だが、不可能ではない。
「これをなせば、我らは大願の先……。
海を手にした後の未来まで、思い描けようよ」
ゆえに、巨神の目覚めは、ガルゼにとっても吉兆なのだ。
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