ガルゼのお館 1
――ガルゼ。
周囲を山岳地帯に囲まれた国であり、同時に、中央道のそのまた中間地点を支配する東西交通の要衝である。
何しろ地図というものは最重要の機密情報であるため、ことにヒノモト全体を俯瞰するようなそれとなると、実際目にしたエルフは数えるほどだろう。
しかしながら、確かな感覚として……このガルゼが、列島世界における心臓のような位置に存在することは、特に商人ならばよくよく理解していた。
加えて、戦国最強と名高い騎馬軍団に充実した魔術師団まで擁しているのだから、まさにこれは、経済面から見ても軍事面から見ても盤石であるといえる。
強いて弱点をふたつ挙げるとするならば、ひとつは米の生産能力にやや欠けていること……。
とはいえ、それも周辺の他国と比較すればの話であり、領民が飢えぬ程度の収穫と備蓄は確保できているのだから、山国という立地を鑑みれば、本当に強いての弱点といえた。
一方、もうひとつの弱点はといえば、これは深刻である。
――海がない。
……これによってもたらされる弊害は、大きかった。
エルフが健康体で生きるためには塩が欠かせないし、最強騎馬軍団を編成するための軍馬や家畜にもまた、ごく少量とはいえ塩が必要である。
その生産母体たる海を領内に持たぬことは、つまり、生殺与奪の権利を他国に握られているということだ。
足りぬを欲するは、童子も国も同じ……。
ガルゼが目を付けたのは、南方に位置し、トスイ海を抱いているイビであり、ひいては、そこまでの通り道にあたるコクホウであった。
選んだ理由は、強いての弱点と同じく、ふたつ。
ひとつは、中継地点に位置するコクホウが、それそのものを侵攻目標として定めるに値する戦略的重要地点であるから。
何しろ、コクホウには名高き金鉱山――コクホウ山が存在する。
これを手にすることの意義など、語るまでもないことであった。
もうひとつは、最終的な目標として定めたイビが、トスイ海道の重要な中継地点であるからだ。
つまり、この侵攻作戦は、コクホウの金鉱脈と、ヒノモト南部側を繋ぐ重要な大街道の両方を手にすると共に、念願の海までも掌中にするという一石三鳥のものなのである。
無論、そんなことは周辺諸侯にとって、百も承知のことだ。
もし、ガルゼの主力が遠征に出ようものならば、これまで何度も小規模な激突を繰り返してきた諸国が、いよいよ喉元を食い破らんとしてくるだろう。
ゆえに、今回のコクホウ侵攻は、いくつもの針穴へ糸を通すかのような、繊細にして緻密な計略によって成り立っている。
婚姻外交、人質、供物……。
およそ考え得るあらゆる手段を用いて、敵対する武将家の動きを封じ、満を持して四天王の1人ヴァヴァが出陣したのであった。
それを成せたのは、ガルゼのお館が誇る神通眼あってのことだろう。
無論、神ならぬエルフがやっていることなのだから、何かしらタネがあることは間違いない。
ただ、とにかくガルゼのお館は他国の事情によく通じており、阿吽の呼吸と言わんばかりに、弱きを突いて欲するを与えるのだ。
そう、かの人物こそは、まさにお館様と呼ばれるのがふさわしい。
立地はもちろん、大きかろう。
土着したエルフらが持つ尚武の気質は、最強と呼ばれる軍隊を作り上げるのに必要不可欠なものだ。
また、この戦国の世において、すんなりと家督を継いで家の強化へ励めたのも、十分、特筆に値する幸運であるといえた。
だが、何より大きいのは、本人の人格であり、才覚。
出陣すれば、嵐か炎のように荒れ狂って敵軍を飲み込み……。
平時においては、山のごとき揺るぎなさで根付き、確かな采配を振るってみせる。
そうしながらも、裏では林を通る風のような静けさで無数の計略を推し進めているのだ。
傑物中の傑物であり、戦国最強の軍団を築くに至った立役者――ゲンジ。
ガルゼの戦士全てを包み込むお館様という呼び方は、彼を端的に表した称号であろう。
「……なるほど、あい分かった」
その大エルフが、今、厳しい顔を居合わせた一同に向けている……。
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