帰還と不穏 4
「む……少々、お待ちください。
最初、テツスケ様は安全保障を結ぶ、と仰られた。
それはつまり、結論としてガルゼと結び付こうと考えておられる……その解釈でよろしいか?」
「ああ、それで合ってるぜ」
ヤスヒサの言葉に、うなずく。
新しく注いでもらった茶は、最初の1杯よりもやや温度が下がっているものの、それはそれで香りがやや違っていて美味い。
「恐れながら、わしはオデッセイ様とテツスケ様がおられれば、コクホウを攻める輩などおるまいと考えておりました。
ですが、それではまるで……」
恐る恐る、という風にヤスヒサは俺の顔色を伺う。
正解なので、うなずいた。
「ああ、そうだな。
もちろん、力を誇示することはしよう。
示威行為は大事だ。それによって、おおよその戦闘は回避できる。
だが、実際に俺がオデッセイで敵兵士と戦ったりするかは、その時の心理的状況もあるだろうが……微妙だな」
「な……あ……」
ガーン、という感じである。
なんなら、これまで――俺が寝てる時間含めて――散々捧げ物とかしてきたでしょ? という雰囲気すら感じた。
が、これは俺には必須の条件であるし、嘘ついても仕方がないポイントだ。
むしろ、ここの認識でズレがあると、後々に厄介なこととなるだろう。
「考えてもみてくれ。
圧倒的な力を持つ存在の苦悩ってやつをな。
他の誰も及ばない力を振る舞える存在が、実際に自制なくその力を振るったら、どうなるか?」
「次第に、気まぐれや我欲のために力を振るうようになる……?」
答えたのは、意外にもサクヤである。
「む……」
ヤスヒサはそれに、あまりいい顔をしなかったが、しかし、叱るような真似はしない。
若者特有の柔軟な思考こそ必要な場面だと、そう考えたのだろう。
「だって、そうではありませんか?
その気になれば、幾万の兵を薙ぎ払い、あらゆる城塞をたやすく粉砕できる力なのです。
誰も逆らうことなど、できません。
その方が黒であると言ったなら、白いものも黒いことになる……。
考えてもみれば、それは悪夢にも等しい。
テツスケ様がいかに強靭な自制心を備えていても、心が歪む可能性はあると、恐れながら推測します」
「恐れる必要はない。
俺は聖人君子じゃないし、まず間違いなく、どうしょうもないダメ人間になる……だけならまだしも、その力で暴虐非道な振る舞いをしかねん」
むかーし読んだ日本のコミックに、こんなのがあった。
クリプトン星人でもなんでもない普通のサラリーマンが、クラーク·ケントのごときスーパーパワーを手にするという話だ。
詳細はネタバレのため割愛するが、まあ、おおむねサクヤが語ったような内容である。
力への警鐘。
「まあ、幸いなことに、俺とオデッセイの場合は弱点がハッキリしているからな。
ある程度のところで、暗殺されて終いだろうよ」
そういや、日本の史実にもそんな感じの人いたな。
向かうところ敵なし。
あと一歩で天下統一ってところまでいった傍若無人の自称魔王。
結末はご存知の通り、本能寺ファイヤー。
「が、俺としては、ある程度のところまでだとしても、世間様にご迷惑をかけるような存在にはなりたくないし、そもそも殺されたくはない。
よって、オデッセイで行うことには、制限をかけていく。
殺しが、最たるものだ」
そもそも、三千年前の戦争からして、オデッセイのような人型機動兵器を用いての対人攻撃は、禁忌とされている。
理由は、簡単。残酷だから。
無論、戦争なのだ。綺麗事だけでは済まない。
俺自身も、公的な記憶には一切残っていないが……やむを得ず、オデッセイで敵兵を無力化した経験はあった。
だから、この三千年後世界でそれは――可能な限り――やらない。
その枷を外そうと思った時は、俺が人間でなくなっている時だろう。
モンスターになっている時だろう。
「そんなわけで、俺は自身が生活する基盤を築くため……ひいては、このコクホウを守るためにある程度の戦いはするが、限定的なものとなる。
それは了承してほしい」
「それは……」
答えあぐねるヤスヒサ。
例えるなら、これは一国だけ核兵器を保有している時に、それを全て廃絶するようなもの……。
まともな為政者だからこそ、たやすくはうなずけまい。
「お父様。
テツスケ様の御心を、わたしたちが曲げようなどというのはおこがましいかと」
一方、ピシャリと意見したのがサクヤ。
「うむ……。
テツスケ様、即断できぬ見苦しさをお許しください」
座布団の上で、あぐらしたまま頭を下げるヤスヒサだ。
これで、俺とオデッセイの基本的な方針について、説明は完了。
残りは、ガルゼと同盟を結ぶ意義とか理由。
また、なんで独断でそんな動きしたのかという話だが……。
さて、ガルゼのお館様とやらは、きちんと俺が与えた情報で真意に辿り着いているだろうか?




