帰還と不穏 3
――安全保障。
国や社会、個人の安全を守るために存在する仕組みや考え方のことである。
主な事例としては、そうだな……。
かつてこの地には日本という国があったことだし、20世紀頃から結ばれていた日本と米国との安全保障を挙げておこうか。
国家に真の友人は存在し得ないという端的な事実はさておくとしても、当時、アメリカはロシアや中国とあまり仲がよくなかった。
つまり、この二国に力を付けさせるわけにはいかぬと、身構えていた状態。
そんな風に両国と睨み合っていたアメリカであるが、実際のところ、かの国らとは海を隔てた別大陸同士であり、隣接していたわけではない。
では、どこの国が両国と隣接していたか?
他でもない、日本である。
と、いっても、地図を見りゃ分かる通り、陸続きに接続されていたわけではないのだが……。
これもまた、地図を見れば一目瞭然の問題が、日本には存在した。
すなわち、ロシアと中国から見て、あまりに日本が美味しすぎる。
ロシアからすれば、最も手近な距離にある念願の不凍港。これを確保する意味の大きさが分からない人は、通販など利用する資格がないと言っても過言ではない。
そして、中国からすれば、日本は太平洋への玄関口。これを確保する意味の大きさが分からない人も、やはり、通販など利用する資格がないと言えるだろう。
つまり、両国から見て、莫大な海洋貿易の利益を阻んでいたのが日本……という見方もできる。
いや、はや、神様もよくこんなクリティカルな位置に、食玩のオマケみたいな大きさの列島を作ったもんだ。
ほんと、地図で見ると笑っちゃうくらい小さな島国なんだけどさ……。
地図を見ると、笑っちゃうくらい重要な位置の島国であった。
海上貿易の重みが増す大航海時代以前ならともかく、それ以降……ことに産業革命以後、日本がロシアと中国に食われず済んだのは、いくつかの幸運と、偉人たちによる働きがあったからだろう。
が、そんなものはいつまでも続くものじゃなく、アメリカからすれば、日本がいつか、どちらかの国に侵略されて強大なライバルが生まれるんじゃないかと、ハラハラドキドキ。
そこで結ばれたのが、日米の安全保障条約!
日本は基地を提供し、アメリカはそこに駐屯。日本及びアジアの安定――あと中露への牽制――を図る運びとなったのである。
とまあ、相当乱暴な説明ではあるが、これが安全保障というものの一例……。
翻って、ここコクホウに最も不足していた概念だ。
「そもそも、だ。
このコクホウは、どうしてガルゼに攻め込まれたんだ?
ああ、金鉱山を狙って云々、という根本の理由について聞いてるわけじゃないぞ。
そんな土地、狙われるに決まっているからな。
俺が聞きたいのは、ガルゼが実力行使という手段に訴えかけられた理由の方だ」
コクホウという都市の国防計画は、どこに穴があったのか? という質問でもある。
穴が空いたダムは決壊するように、穴のある防衛計画はその隙を突かれる宿命だ。
攻め込む側は、いつだって相手の隙をうかがっているのであった。
まあ、隙なんぞなくても強引に攻め込む事例は数限りないが、今回はそうじゃないので除外しよう。
「それは……。
普段はガルゼに攻め込む隙をうかがっているあちら側の周辺諸侯が、今回は静観に回ったからであると、理解しています」
ヤスヒサの言葉を聞いて、俺が思ったこと……。
それはそう、他でもない。
(なるほど……そうだったのか!)
このことである。
そりゃそうだ。詳しい国家間の力関係とか同盟関係とか、知ってるはずないもの。
ただし、これにはもうひとつ思っていることがあった。
(やっぱりな)
これだ。
そこんところ、もう少し深掘りしようか。
「歯に衣着せず言うならば、そもそも、コクホウという国は弱い。
総力で防衛しても、相手方の10分の1くらいしか戦力がなかったのだから、これは明らかだ。
よって、これを守りたいと思うなら、なんらかの方法により戦力を割り増すのが必須。
この場合、最も順当なのは、周辺国と相互防衛……どこかが攻められたら、周りが一致団結して助ける約束だな。
この条約を結ぶことだった。
だが、それはなかったので、ガルゼは自分たち側の問題を解決するだけで侵攻に打って出れた」
「な、なるほど……」
やや歯噛みしながらうなずくヤスヒサだ。
一方、サクヤの方は、感心したように目を見開いている。
ただし、2人の場合は、こんな簡単なことに気付かなかったわけじゃない。
こんな簡単なことを成立させる条件が揃っていなかったので、考えもしなかっただけであった。
「とはいえ、ガルゼ相手だとコクホウと仲良くやれてしまう規模の国がいくつか結び付いてもまとめて叩き潰されるし、連絡手段などの問題がある」
何しろ、電話がないからね。
やったことないし、やりたくもないけど、電話なしで千人規模の軍勢同士が連携するのは、大変だぞ。
昔の人は、よくそんなことができたもんだ。
「だから、今までは仮に思い付いたとして机上の空論だし、それが理由で思い付きもしなかったんだろう。
しかし、俺とオデッセイの登場で、流れが変わった」
そこで、ひと呼吸置く。
すると、阿吽のタイミングで、サクヤが茶のおかわりを注いでくれたのである。
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