帰還と不穏 2
気候が温暖で、しかも、山脈がトスイ海に迫るほどの近さであるからか、降雨量も豊富……。
また、土壌は水はけがよくて根が伸びやすく、大規模栽培に向いた広大な台地も存在する。
これらは全て、茶を作るのに適した条件であり、コクホウから以西の一帯を支配するコガン国は、おおむねそのような土地で占められていた。
ならば、これを主産業とし、周辺国へ積極的に輸出するのは、至極当然の理。
そして、トスイ海道にこそ接続していないものの、隣国の一つであるコクホウは、コガンにとって重要な取り引き相手である。
それはつまり、コクホウにおいては、コガン国の美味なる茶葉が比較的安価で入手可能ということ……。
折しも、季節は秋を終え、初冬に入っており、熱い茶を最も美味く飲める時期に差しかかっていた。
となれば、堂々オデッセイで帰還されたテツスケ様を迎えるのに、サクヤ自らが淹れた緑茶を出すのは、ごく普通のことであろう。
もっとも、座敷でテツスケ様と向き合う父にしてコクホウ当主――ヤスヒサの顔には、茶を頂く時特有のほっとした雰囲気はない。
むしろ、ピリリとした空気を全身にまとっており、表情もまた、緊張からか固いものとなっているのである。
「こちらを……」
まずはテツスケ様に熱々の茶を出し、次いでヤスヒサにも同じくした。
それで、終わり。
サクヤの分はない。
あくまで、茶を用意するのが課された役割であり、男同士の重大な話に割って入る無作法など、許されるはずがなかった。
ゆえに、あぐら座りで向かい合う2人から、静かに距離を取ろうとしたが……。
「せっかく、茶を淹れてくれたんだ。
サクヤ自身も味わっていいと思うのだが、それはお行儀が悪いか?」
それに待ったをかけたのが、ヤスヒサと対照的にゆるりとした雰囲気のテツスケ様である。
その姿は、自然体そのもの……。
というより、くつろいでいると言っていい。
ひと仕事――内容はまさにこれから伺う――を終え、熱々の茶を前に顔がほころんでいるところだ。
ただ、行儀が良いか悪いかと問われれば、そんなものは悪いに決まっていたが……。
「テツスケ様もこうおっしゃられているのだ。
サクヤ、もう少し近くに寄って頂きなさい」
父ヤスヒサに促され、うなずく。
それから、襖の外で待機する侍女へ言いつけ、サクヤの分も湯飲みを用意し……。
3人分の茶が揃ったところで、すでに半分ほど味わっていたテツスケ様が、ほうと息を吐いた。
「しみじみと、ありがたい美味さだな。
苦味は薄く、やわらかな甘さと、鼻の奥を抜けるような爽やかな香りが感じられる。
列島崩壊で周囲の大地が灰を被るまで、このコクホウから西側には、それはそれは見事な茶畑が広がっていたそうだが……。
どうやら、その文化は復活していたらしいな」
大地が、灰を被る……?
テツスケ様が眠りにつかれたという悠久の昔には、そのような大事件も存在したのだろうか。
エルフには知る由もない大昔の出来事を語ったあと、テツスケ様がさてとつぶやく。
「このまま、心ゆくまで現代の茶を味わってもいいが……。
わざわざ、人払いした状態で3人だけっていう状況から考えて、大事な話がしたいんだろう?
まあ、内容の予想はつくがな」
そこまで言って、テツスケ様が薄い笑みを浮かべる。
これはつまり、神の分身である彼が、質問の許可を与えてくれたということだ。
「では、恐れながら……。
今朝、あなた様から聞かされた話によれば、あのチヨという歩き巫女はガルゼの草であったというではありませぬか。
それに、オデッセイ様の内部へ入るという栄誉まで与え、しかも、ガルゼへ無事に送り届けてさえやるとは……。
一体、いかなる深謀遠慮に基づくものなのでしょうか?」
精一杯、言葉を選びながら……。
それでも、ハッキリとヤスヒサが尋ねた。
「嬉しいね。
あの娘っこの色気にほだされたんじゃなく、ちゃんと狙いがあってのことだと、理解してくれている」
テツスケ様はそう言って笑い、湯飲みに残されていた茶をぐいと飲み干す。
それから、湯飲みを茶托の上にカツリと置き、こう言ったのだ。
「あの娘を無事に送り返した理由……。
それは、安全保障を結ぶためだ」




