巨神とヴァヴァ 4
巨神が、胸の内――これは文字通りの意味だ――を見せたのは、ほんの一瞬だけ。
すぐに、かざした左手によって、これは覆われてしまう。
同時に、右手は手のひらを上へ向けるようにして、胸の下部へと添えられた。
ちょうど、湯飲みを持つ時のような形……。
左手で覆っているのは、弓や魔術によって攻撃される可能性を警戒してのことだろう。
そして、右手の動きは、内部に乗り込んでいたエルフを降ろすためのものだ。
「おお……!」
「歩き巫女が、吐き出された……!」
「巨神は、エルフを食うのか!?」
「馬鹿! それだと、あれは嘔吐してるとでもいうのか!」
「と、いうことは……乗せてきたということか!」
「牛車のように、エルフを乗り込ませることができるのか!?」
「なら、御者は一瞬見えたあの男か」
「姿を晒したのは、ほんの一瞬だったが、随分と耳が短いように見えた……」
「いや、そもそも、巨神に御者などというものが必要なのかどうかは、分からないが」
「それに、中へ詰まっていたあのキラキラする板などは、なんだ」
巨神が、ほんの数秒で見せた動作によって生じる様々な疑問……。
それを代弁するかのように、周囲を固める戦士や魔術師が言葉を連ねる。
これによって、ヴァヴァが思い浮かべたことの大部分は言語化されたが……。
彼らが知り得ず、ヴァヴァは知っていることがあった。
すなわち、チヨの存在と、彼女に課した任務……。
巨神の謎などを探らせるべくコクホウに放った草が、当の巨神に飲み込まれる形でここに姿を現したのだから、命じた側としては瞠目する他にない。
「おお、歩き巫女が降ろされる!」
「巨神も神。
巫女の真心は通じるということか!」
何も知らない配下の者たちが、のん気な言葉を交わす中……。
右手のひらを皿のようにする形で、チヨが地面に降ろされる。
その間、四つん這いの姿勢となっていた歩き巫女は、地面が近付くと素早い身のこなしで降り立った。
「巫女をこちらへ!」
その瞬間を待って命じると、言われずともという風に、チヨ本人がヴァヴァの傍らへと駆け寄る。
「チヨ……。
お主、何があった?」
「詳しくは、後でお話しします。
今は、テツスケ殿の方を……」
周囲に聞こえぬ密やかな声で、素早くやり取りする。
――テツスケ。
察するに、一瞬だけ見えたあの耳が短い男の名か。
となると、巨神は自らの言葉で喋っていたのではなく、そのテツスケとかいう男の言葉を代弁していたのだ。
いや……。
ことによれば、巨神自らの意思でないのは言葉だけでなく、動きそのものも……。
誰かが発した御者という予想は、正しかったのではないか……。
新たな疑念と共に見上げると、巨神がかざしていた左手をどける。
すると、再び元のように閉じた胸の装甲が露わとなった。
『ガルゼの歩き巫女……確かに、送り届けたぞ』
チヨを降ろす都合上、屈めていた腰も戻し、再び悠然とした立ち姿になった巨神が、あの奇妙な大声で告げる。
『必要なことは、全て彼女に話してある。
あんたたちが言うところの、ガルゼのお館様……。
その人に会わせて、根掘り葉掘り聞き出すといい。
それで、こちらが要求したいところも伝わるはずだ』
巨神の顔は、相変わらず橙の半透明な面で覆われており、そこに表情などを読み取ることはできない。
ただ、その語調は軽く笑みを浮かべているかのようであり……。
ヴァヴァは巨神を通して、あのテツスケという男の顔を見ていた。
間違いない。
この巨神は、エルフの意思を受けて動く。
制御も抵抗もかなわぬ災厄ではないのだ。
それを見せつけた上で、求めてくるものは――交渉。
すなわち、戦の一形態である。
チヨの方を向くと、小さくうなずき返してきた。
あえてこやつに情報を持たせ、生かした上で連れてきたのは、全てそのため……。
『さて、長居をしたところで仕方がない。
また会おう。
その時は、俺が望んだ形であることを願う』
ヴァヴァが十分に理解するのを待った巨神は、それだけ告げて、また森の中を駆け抜けていく。
例の奇妙な走法によってコクホウへの帰還を目指す様は、さながら疾風のごときであった。
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