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白き戦神 1

 この日、サクヤは耳慣れない様々な音をその長い耳で聞いた。

 それは例えば、敵軍が打ち鳴らす戦太鼓の合図であったり、攻め寄せる敵兵が上げる鬨の声であったり、放たれた矢が風を切る音であったり、火球の魔術が爆裂する音であったり……。

 そして、戦いで致命傷を受けた戦士が、絶命する際に漏らす……断末魔の叫びだったのである。


 それはつまり、故郷が滅びるか否かという大戦(おおいくさ)の中にあっても、聞こえるのはエルフという生物が発し得る音であり、エルフが扱う道具の出す音であったということ。


 ――イイイイイィィィィィン!


 立ち上がり、しばらく困惑するように首を巡らせていた巨神像……。

 その全身から発されたのは、今日ここまで聞いてきたいかなる音とも異なる性質のそれだったのである。


「鳴き声……違う……?」


「これは一体……」


 自分が「助けて」と漏らすなり、ただちに巨神像から響き渡り始めた音に、老戦士シマヅ共々、困惑の声を漏らす。

 甲高く耳朶を震わせる音は、鳥の鳴き声じみてもいたが、鳥類の鳴き声というものに、背筋をぞくりと震わせるような不快感はない。

 何か、金属同士がこすれ合っているような……。

 あるいは、きしみ合っているような……。

 そういった雰囲気の音なのであった。

 しかも、これは……。


「関節から、鳴り響いている?」


「先ほど、立ち上がる時にも似たような音は聞こえました。

 しかし、今度のそれは、比べ物になりません」


 音の発生源へ気付いたサクヤに、シマヅが捕捉してくれる。

 両者の情報を組み合わせて考えると、するならば……。


「巨神様が、また動こうとしている?

 それも、今度のそれは、立ち上がるだけじゃない……」


 この音が、巨神様の関節を動かす際に生じる代物だというならば、今響いている音は、大きな動きを見せる前兆と予想できた。

 なら、ここから巨神様が見せる動きは――。


「――走った!?」


 サクヤが驚いたのは、一体なぜか?

 自身でも分からぬその答えは、戦士であるシマヅが解説してくれる。


「動きに溜めがない!

 そして、なんと美しい走法か!?」


 そうなのだ。

 巨神様は、棒立ちの状態から瞬時に前傾姿勢となり、そこからコクホウの町中を走り出した。

 エルフならば――あるいは馬や犬でも――何か動作するにあたって、必ず筋肉が予兆を見せる。

 そういった前振りの気配がなく、まったく唐突に見せたその挙動は、生物のそれと明らかにかけ離れていた。

 その上、これは……。


「――速い!

 早馬のそれを、遥かに超えている!」


 ピンと両手の指を伸ばし、膝を高々と上げて行われる巨神様の疾走……。

 成人済みのエルフを縦に十名は並べたかのような全長で繰り出されるそれは、驚くほどの速度である。

 手足が長ければ、一歩踏み出して進める距離が伸びるのは、ごく当たり前の道理。

 だが、これだけの巨体で、生身のエルフもかくやというシャキシャキした動きで行われると、脳が予想する速さを遥かに超えたものとなった。


「……巨神様は、明らかに我らの建物を避けておられますな」


 冷静な視点で、シマヅが分析する。

 おそらく、巨体にふさわしい重量があるのだろう。

 巨神様が一歩踏み締める度に、長い年月をかけて踏み固められてきた通りの地面が割れ、赤土を巻き上げていた。

 そう、通りの土だ。

 巨神様は、明らかに自身が通れる道幅の場所を選んで、駆け抜けているのである。


「本当に、我らを守護してくれる守り神だというの?」


 こうなると、我ながら現金なもの。

 つい先程まで疑い、否定していた伝説にすがろうとし始めるサクヤだ。

 だが、この姿を見て節操なしとあざ笑える者などいまい。

 これだけの巨体を、これほどの速度で動かしながらも、巨神様は明確な意思でもって、町への被害を抑えている。


 ――守護神。


 白き巨人の姿を見て、その三文字を思い浮かべるのは当然のことであった。

 そして、巨神様の姿へ快哉を上げる者たちが、サクヤたちと別に存在していたのである。

 他でもない……。


「あれは――巨神様だ!」


「きょじんさまが、うごいてる!」


「あたしたちを、助けようとして下さっているんだ!」


「伝説は本当だった!」


「巨神様は、コクホウの守り神だったのだ!」


 ……城内に避難させられていた女子供であり、最後の戦力として城に残されていた戦士たち――多くはシマヅ同様の老兵だ――であった。

 城内から響く喜びの声を拾い、サクヤの耳がひくひくと動く。


 そうこうしている内に、巨神様はあっという間に都市内を駆け抜け、城壁が存在する外縁部へと達する。

 さすがに、迫力が過ぎるということだろう。

 遠目に見て快哉の声を上げるこちらと異なり、城門を固める戦士や魔術師は、驚きにこわばり、金縛りへあったかのごとき様となっていた。

 あるいは、このまま巨神様が城壁へ激突して粉砕し、自分たちを生き埋めにする様が幻視されたのかもしれない。

 だが、それはいらぬ心配であった。

 城門に迫った巨神様は、一気に膝を曲げてしゃがみ込むと、走ってきた勢いも利用して跳躍したのである。


「――高い!」


 思わず、サクヤは叫ぶ。

 城門を越え、軽やかに跳んだ巨神様の到達高度は、なまかな鳥類の飛行する高さを上回っていた。

 ゆえに、これはもう飛翔だ。

 巨神様は、その巨体でもって、空に舞い上がったのであった。

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走った! 跳んだ! ってことは……落ちてくるよー! 敵軍逃げて〜!
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