歩き巫女の誘惑 1
――ゲイシャ!
列島崩壊により、かつて存在した大都市のことごとくを破壊し尽くされていたのが三千年前における旧日本であったが、それでも、ジャパニズムのともし火は消えなかった。
その一つがまさにゲイシャ文化で、ネバダのリトルキョートと呼ばれる界隈には、日本人の芸者さんたちと楽しくお酒を飲める店がいくつもあったものだ。
そこで働く芸者さんたちは、かつて京都で現役だった芸者さんを師としているそうであり……。
三味線も舞も、極めて本格的で、伝統的なものを楽しめたそうである。
なんで伝聞系かって? 行ったことがないから。
いやあ、お偉いさんから誘われたことは何度かあったんだけど、仕事の外でまでご機嫌取りするのは趣味じゃないから、断ってたんだよね。
俺としては、友人や同僚と一緒にリノのクラブまで繰り出して、黒人の女性歌手が行うショーを見た方がはるかに盛り上がれたし、楽しめたというだけの話。
ただ、三千年後の今になって思う。
案外、行けば楽しめたんじゃないかと。
どうしてそう思ったかというと、コクホウ城のお座敷で歩き巫女チヨが披露した弦楽器演奏は、実に見事なもので……。
とっくにお煮付けを食い尽くした俺の酒杯がさらに重ねられたのは、一種幻想的ですらある音色の美しさを肴としたからなのであった。
余談だが、サクヤは自分の部屋に帰っている。
頬を膨らませ、無言のまま座敷の隅へ居座ろうとしたのだが、女官さんたちに連行されたのだ。
……何も言わず正座で座り込む様は、何かの妖怪みたいだったな。
で、女の子の見る目がなくなった俺とヤスヒサは、行灯による薄明りで照らされたお座敷の中、チヨが披露する芸の数々を楽しんでいたというわけである。
「大したもんだな。
俺は、こういう三味線だのなんだの使った音楽っていうのは、退屈で眠たくなるものだと思っていたが、君の演奏は気分をよく盛り上げてくれて、こう……なんだ……刺さる」
お座敷に寝かす形で供えられた弦楽器の演奏を終え、残心するように動きを止めていたチヨへ、ビール片手にそのような言葉を贈った。
「いや、はや……。
広場で見せた舞も見事なものであったが、楽器を弾かせてもこれほどだとは。
加えて、この見事な器量。
お主、都の花街へ居着いたのならば、たちまちの内に頂点を掴むのではないか?」
「過分なお言葉、痛み入ります」
俺よりはだいぶ酔いが回った様子であるヤスヒサの言葉に対し、チヨが深々と頭を下げてみせる。
「ですが、この身は神道へ捧げると誓っておりまするゆえ……」
「ふむ、それはそうか。
道中でも聞かせてもらったが、お主がここまでの旅路でどのようなものを見、聞いてきたのか、今少し話してはもらえぬか?
ちょうど、肴も尽きてきたところよ」
「あたしの話など、聞いて面白いものではありませぬ。
それより、是非、お殿様方の武勇伝をお聞かせ頂けませんでしょうか?
何しろ、この地は戦国最強と名高いガルゼの脅威を払いのけたばかりなのですから……」
「おお、いいとも、いいとも……。
だが、わしなどはこの城から皆に指図をしていたに過ぎぬ。
それよりは、こちらにおわすテツスケ様よ」
酒の気持ちよさにそこまで話し、あっと思ったのだろう……。
ヤスヒサが、ちょっと硬直してこちらを見た。
「構わないさ。
ケチなこと言わず、話してやるといい」
対して、俺の方はビールの入ったコップを掲げながらそう答えてやる。
「おお! さすが、話が分かる!
実は、こちらにおわすテツスケ様はな……」
ここコクホウの民は、文字通り決死の思いで防衛戦に挑み、辛くも命運を繋いだわけであるが……。
誰よりもその実感を得ているのが、他でもなくヤスヒサであるに違いない。
場合により、捕虜へ取られたりすることもあるだろう下の人間と違い、国主である彼は文句なしに処刑対象だからな。
ただ、妻に先立たれているという彼には、生の実感を得てたぎるものがあったところで、ぶつける相手がおらず……。
そこへこのような美人――しかもエロイ恰好――が舞い込んできたのだから、舌も滑らかになろうというものであった。
「そうそう。
あのオデッセイはな、俺じゃなきゃ動かすことができないのさ」
そこへ俺も加わり、エロカワイイ美人に酌されながらの楽しい夜はふけていったのである。
お読み頂きありがとうございます。
急にテンプレおバカキャラのごとく口が軽くなる主人公! 不思議だね!
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