コクホウの祭り 4
この時代……という言い方をすると、まるで俺が過去へやってきたタイムトラベラーみたいだな。
実際のところそうではなく、今は西暦5738年10月27日……コールドスリープに入ってから三千年後。バリッバリの未来であるわけだが、しかしながら、俺の主観においては、過去へやってきたのに近い。
もっと言うならば、別の世界に迷い込んだような感覚か。俺の知っている限り、太陽系第三惑星地球を支配していたのはエルフでなくホモサピエンスであり、道具を使わずに生物が炎の球を出したりとかはしなかったからな。
しかし、残念ながら……いや、喜ぶべきことに、か?
オデッセイの優秀な各種観測機器は、ここが間違いなく地球であることを示すいくつかのデータ収集に成功している。
そもそも論として、そんなものに頼らずとも、夜、星を見上げればここが地球であることは一目瞭然であった。星を見て現在地を特定するのは、兵士にとって基本的な野戦スキルだ。
話がズレたな。今したかったのは、この時間軸や見えている世界をどう表現するかではなく、とにかく、ここコクホウで暮らしてる人たちの夜が、それはそれはもう早いということである。
理由はたいまつにせよロウソクにせよ油にせよ、照明となるものに限りがある上に、それぞれの明度はたかが知れたものでしかないからで、金かけて心もとない明かりを頼りに夜ふかしするよりは、さっさと寝ちまう方が格段に生産的というわけであった。
が、何事においても例外は存在するものだ。
まさに、今日この祭りの夜がその例外らしく、散々に踊ったコクホウの民たちは、ヤスヒサが豪快に振る舞っている酒樽の周囲にかがり火などを集め始める。
ついでに、それぞれが持ち寄ってきた塩っぴきの野菜や干物なんかも並べられており……どうやら、酒飲みたちはまだまだ延長戦を楽しむつもりでいるらしい。
せいぜい、飲み過ぎてそのまま寝入ってしまい、凍死しないよう気をつけてほしいところだ……三千年後の今、10月末の夜はまじでたまらない寒さだからな。個人的には、よく屋外で飲み続ける気になるものだと感心するくらいであった。
さすがに、女子供はそんなものへ付き合う気などないのか、それぞれ帰路へつき……。
若い男女などは、手など繋ぎながらどこぞへとふけていく……どこへナニしに消えるかなんて、そりゃお前、詮索するのは野暮というものだ。
祭りで気分が盛り上がったというのもあるだろうが、それ以上に、葬儀と戦勝祝いという節目を迎えて、生き残ったという実感が湧いてきている状態だろうからな。
何しろ、ここコクホウが臨んでいたのは総力戦だ。第二次世界大戦以降、そうそう――20世紀イスラエルなど事例がないわけではない――見られることはなかった動員形態である。
皆が皆、自分は死んだと思っていたのだ。
それが、生き残った。
多分、この時を迎えるまで、彼らはどこかふわふわと浮ついた気分でいたんだろうな。
土を踏んでいる感触もあるし、飯を食べれば味がする。防衛戦で手傷を負ったならば痛みがあるだろうし、眠気や疲れもしっかりと感じたはずだ。
でも、生き残った実感……この先に続く未来があるという実感だけは、なかっただろう。
それが今、ようやくにも得られたということである。
いやあ、懐かしいなあ。
任地から飛行機で帰還し、家族に出迎えられると、必ず1人か2人、涙を流すやつがいるんだよね。
若きコクホウ男女の心にも、ようやくランディングギアが下りたということだ。
まあ、これから別のモノを上げたりするかもしれんが……と、こういう下ネタはよくないな。
そんなわけで、祭りを終えたコクホウの民たちは、それぞれがこの夜を楽しむ構えとなり……。
山車に乗せられた俺とヤスヒサも、オデッセイを残し城へと帰還する。
頬をぷくりと膨らませ、目をつむりそっぽも向いているサクヤが同乗しているのは先と同じだが、実はもう1人だけ、同乗者が増えていた。
「ほおう……女子1人でトスイ海道を?
それは、なかなかに大変な旅路であろう?」
「これも、ひとつの修行……。
それに、旅の先々では、皆さんに大変よくしてもらっておりますから」
頑張って真面目な顔をキープしているヤスヒサに、しなだれかかっている超エロイ改造巫女服の女――チヨという歩き? 巫女である。




