乙女の料理
エルフなれば、大なり小なり魔術を扱えるもの。
これは、生来生まれ持った長き耳の力によるところであり、指を舐めれば風の向きが感じられるように、長き耳の先端部は自身の体内と周囲に宿るマナの動きを感じ取ることができるのである。
とはいえ、何事においてもそうであるように、魔術においても、個々の差は大きい。
大概の場合は、指先にほんの少し火花を発生させ、火口とするのが精一杯。
生物の殺傷が可能なほどの魔術弾――主に用いられるのは治療困難な火球だ――を生み出し、発射可能な者は、それゆえに魔術師と呼ばれ、特別な存在として扱われるのであった。
そこへいくと、サクヤの魔術を扱う力量というのは、一般的な女以上、魔術師未満といったところであろう。
火球として撃ち放つことこそあたわないが、マナを操り、練り上げれば、眼前に十分な火力の火を生み出すことができる。
そして、その上に台を介して手鍋など置けば、これは火力自由自在な焜炉として扱えるのであった。
これは、料理する上で、はなはだ便利な能力である。
薪や炭を使った通常の調理では、どうしても火の強さはある程度のところで維持せざるを得ない。
無論、いくつか別個で火を用意すれば火力違いを生み出すことも可能であるが、薪や炭の無駄使いであることは否めなかった。
その点、この魔術火で消耗されるのは、サクヤの集中力のみ。
弱火、中火、強火……料理の状態を見ながら、最適な火加減に変化させることができるのだ。
かように便利な魔術の火を使って熱するは――鍋。
鉱山都市コクホウで腕利きの職人が作ったそれは、平たい底を備えており、今回のような料理を作るにはまこと都合がいい。
そんな鍋の中では、事前に油で焼き目を付けた鶏のもも肉が、秋採れのかぶと共に煮付けられ、かぐわしい香りを放っていた。
醤油、酒、みりん……基本と呼ぶべき調味料3種に加えて投じられているのは、魔術により冷蔵されていたしょうがと、砂糖。
特に、てんさいから得られる砂糖は、やや多めの量にするのがコクホウのならわしだ。
過酷な鉱山労働を終えた男たちにとって、甘じょっぱい味付けというのは、疲れを癒す何よりの妙薬となるのである。
「うん……良き味です。
肉にもかぶにも、しっかりと染みている」
煮汁の味を確かめながら、つぶやく。
サクヤの周囲では、城の料理人たちが忙しく動き回っており、大鍋で味噌汁を作ったり、あるいは、塩のたっぷりきいた握り飯を作ったりしていた。
城内の厨房を間借りしているのであり、料理人たちは、急きょの祭りで働いている者たちに向けた食事を用意しているのだ。
余談だが、料理を趣味とするサクヤであるから、こうして厨房を使うのは珍しくない。
むしろ、日常的な光景であるから、間借りという表現はふさわしくないとさえいえる。
とはいえ、一国の姫君であるサクヤが、三食分を毎回作りに来るというのは、やはり常ならあり得ない光景であったが……。
「これなら、お父様も……。
テツスケ様も、喜んでくれる」
誰にも聞かれないよう、口の中だけでつぶやく。
サクヤが、こうして手ずから調理している理由……。
それは、父であるコクホウ当主ヤスヒサと、オデッセイ様の分身テツスケ様が食す品を用意するためであった。
すでに、あと一刻ほども経てば、日が傾き始めるという頃合いであり……。
日が暮れたならば、父とテツスケ様は山車の上に座し、歌や踊りなど、コクホウの民たちが用意した様々な催しを楽しみつつ、酒と料理を味わう趣向なのである。
無論、その際は山車の後ろへオデッセイ様が鎮座し、2人と共に催しを見届ける手筈となっていた。
「ふふ……」
料理を口にした際、テツスケ様が浮かべる顔など想像しながら、ほほ笑む。
果たして、本人に自覚があるかは分からないが、彼は料理を食べる際、頭の中で様々に感想を述べているようであり……。
それに合わせ、とても幸せそうな表情となってくれるのだ。
調理する側からすれば、冥利に尽きるといえよう。
だとしても、サクヤが自ら料理し、かつ、父の好みである魚よりも肉を優先する理由にはならないが……。
乙女の心というものは、いかな理屈よりも優先されるということであった。
「おい、聞いたか?」
「ああ、とんでもないベッピンの歩き巫女が国を訪れているらしい。
なんでも、オデッセイ様たちの前で舞を披露してもらうよう依頼するとか……」
(歩き巫女が……!?)
そして、乙女の心というものは、かような料理人たちの会話を聞くと、大いに揺れ動くものなのである。
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次回は、コクホウのお祭り描写です。
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