スタンドアップ
「……まずは、状況の整理だ。
不明生物は、おそらく人間と同様に知性がある存在だ。
尖った耳や手から出してる変なのを除けば、ホモ・サピエンスそのものだし、こうして文明的な生活も営んでいる」
どうやら、三千年後の世界に放り込まれたらしいこの現場……。
こういった時、モノを言うのはやはり訓練で培った建設的な思考であった。
ひとまず、目の前で現実に起こっている出来事を、事実として受け止める。
その上で、情報を整理し、どう対応するか決める。
オデッセイのカメラが捉えた情報は、少ーしばかり受け入れるのに時間がかかりそうなものであったが、別段、受け入れる必要などないのだ。
まずは、状況を切り抜けて生き延びればいい。
そうすれば、考える時間も確保できるのだから。
「城壁の内側にいる人……面倒だから人と呼ぼう。
あの人たちは、オデッセイを知っている?
ただ、しきりにこっちを指さしながら驚いた顔になってるな。
動くものだとは、思ってなかったのか?」
オデッセイの感度抜群なカメラアイが捉えた映像を見れば、粗末な鎧姿の兵隊と思わしき者たちが、戦う手も止めてこちらを指さし、何か叫びあっている。
さらに、オデッセイの首を巡らせてみれば……。
「……城塞の中にいるのは、もしかして民間人か?
いや、間違いない。
あれは、女子供を頑丈な建物に避難させているんだ」
眼下の町並みにおいて最も巨大な建築物……。
砦とか城とか、そんな感じの言葉で形容するべき石造りの建物を見ながら、結論づけた。
窓――というか覗き穴――からこちらを見ているのは、女や子供たち。
その一部は、神仏へそうするように手を合わせ、拝んでいるようだった。
「まるで、このオデッセイを神様扱いしているみたいだな。おい」
そこまで言って、案外、その可能性が高いことへと気づく。
パイロットの本能として、起動と同時にシステムチェックはしたが、結果は全て正常。
ならば、表示されているバカげた日付けも事実として受け止めねばならない。
それはつまり、三千年もの間、ナノマシンで機能保持されたこの機体が、待機状態でいたということ……。
耳の尖った皆さんが何者かは、知らない。
ただ、戦いの様子や建物の構造を見れば、それほどの文明レベルでないことは明らか。
ならば、ナノ·セラミック複合装甲で構成された18メートル級の人型機動兵器に対し、神秘的な何かを見い出しだとしても、おかしくは思えなかった。
「――うっ!?」
ふと、そこで一人の人物と目が合う。
いや、こちらは確かに、オデッセイのコックピット内にいるのだが……。
機体を操っているのは、間違いなく生の人間であるこの俺だ。
で、あるから、機体のカメラアイを通じて外部の人間と意識が交差することは、あり得るのである。
意思を持つ生き物の不思議というべきだろう。
今回、その不思議を実現したのは、城の尖塔に立っていた一人の少女……。
そうは見えないが、もしかして戦士階層なのか? 軽装の鎧を身にまとっていた。
そんでこれは、なんて言えばいいのかな。
いや、見たまま、抜群の美少女と呼ぶべきだろう。
長く伸ばした艷やかな黒髪と、金色に輝く瞳が印象的な女の子だ。
もし、俺があと20歳ほど若くて、シチュエーションがハイスクールの教室であったなら、さぞかし胸を高鳴らせていたに違いない。
そんな美少女が、こちらを見つめている。
実際に見ているのはオデッセイのカメラアイ……を覆うバイザーだが、やはり、それを通じて内部にいる俺と意思が通じているのを直感できた。
少なくとも、鋼鉄の巨人に意識が存在することは、伝わっているに違いない。
ふと、凛とした立ち姿だった少女が、表情を変える。
今にも、涙を溢れさせそうな……。
しかし、それをギリギリのところでこらえたような、そんな顔……。
表情の動きで、分かってしまう。
本来、この子はひどくプライドが高いというか、誰かに弱みを見せたりはしないタイプの人間だ。
その唇が、動いた。
そして、それをオデッセイのカメラアイは余すことなく捉え……。
三千年ぶりに目覚めたエースパイロットの動体視力は、唇が見せた動きを正確に読み取ったのである。
――た·す·け·て!
「……決めた!」
理由はきっと、いくつかあるのだろう。
例えば、敵軍の手によってこの町が陥落した場合、避難している女子供がどんな目にあうか、知れたものではない。
また、このオデッセイを拝んでいたここの人たちならば、事が済んだ後も、俺を悪いようにはしないだろうという打算もあっただろう。
ただ、そういった論理的思考を完全に言語化することなく、俺はコントロールスティックを操っていたのだ。
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明日、無双パート入ります。
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