祭りと巫女
――ドオン!
――ドン! ドン! ドン!
つい先日、コクホウを囲う大城壁の外で鳴り響き、万に達しようかというエルフの軍勢を、ひとつ生き物かのごとく自由自在に指揮していた太鼓の音……。
戦っていた最中は、恐怖の象徴がごとく鳴り響いていたそれが、今はどうか?
軽快な音調で弾かれる音は、これから祭りに臨もうというエルフらの気分を、否が応でも盛り上げてくれる。
また、最初こそ明らかに不慣れな様子であったものの、周囲で笛などを鳴らす奏者のそれに引っ張られ、今はいっぱしの演奏となっていた。
ただし、ガルゼの合図役が全身全霊で鳴らしていた大太鼓を、子供が扱うちゃちな鐘のごとく鳴らしているのは、エルフではない。
そもそも、エルフが鳴らしているならば、かくも高い位置からコクホウの街中に響き渡らせることなど、不可能である。
では、何者がこれを鳴らしているのか?
それが知りたければ、思考を巡らせるよりも、顔を上げた方がよほど早いだろう。
上げた視線の先では、全長18メートルにも達しようかという白き鋼の巨神が、ガルゼから奪った大太鼓を鳴らしてみせているのだから。
大人のエルフと同様の全長を誇る大太鼓は、ちょうど巨神の手のひらと同等の大きさであり、左手に握られると収まりがいい。
瞠目すべきは右手で見せている器用さで、巨神の大きさからすれば爪楊枝ほどもないだろうエルフ用のバチが、爪もなくゴツゴツとしたたくましい指に、しっかりと挟み込まれている。
この巨神は、ただ大きく、強いだけではない。
思いもよらぬ器用さを有しているという証左が、城門前で行われ始めたこの演奏であった。
その効果たるや、絶大なり。
最初、ただ立っているだけでも来訪者を圧倒していた巨神であったが、こうすることによって奇妙な親しみやすさを漂わせつつ、城壁の内側にいる身内たちも盛り上げることができているのだ。
だが、内の者以上に効果的なのが、外から来たエルフに対してである。
「し、信じられん……」
「コクホウの巨神が、立ち上がり、動き回るとは……」
宿場としての役割も果たすイビとは異なり、トスイ海道から離れている関係上、普段はあまり旅人が立ち寄らないコクホウであるが、ガルゼ敗退の噂を聞きつけた今ばかりは、事実を確認しようとしたエルフたちで賑わっている。
そんな彼らは、誰も彼もが、信じられぬ光景、信じられぬ出来事を見上げ、あんぐりと口を開くことになっていた。
噂で知っていたり、商売として訪れた際、実際に巨神像を見たことがある者たちは――それでも心底から驚いていたが比較的――まだいい。
問題は、なんの予備知識もなく、ただの旅人としてこの地を訪れし者たちである。
「な……あ……」
実を言うと、迎えるコクホウの戦士たちは、旅人たちの反応について、賭けをしていたのだが……。
腰を抜かしたり、あるいは、絶叫しながら逃げ惑うという予想をした大多数の者たちは、大損をすることになった。
では、勝ったのはどういう賭け方をした者たちかというと、老戦士シマヅを筆頭とした「驚きすぎて言葉もなく硬直する」という反応に賭けた者たちなのである。
そう、エルフというのは、理性の許容量を超えた出来事に遭遇すると、どのような反応を見せればいいかも判断できず、ただただその場に立ち尽くすのみなのだ。
あるいは、ヘビに睨まれたカエルが動くこともあたわぬのは、そういった生理的反応が原因なのかもしれない。
と、いうわけで、だ。
「あちらは、コクホウの守護神――オデッセイ様である!」
「ガルゼから我らを救うべく、永き眠りから覚めて立ち上がって下さった!」
「とはいえ、敵対するわけでもない者に何かされることはない!
むしろ、我らが祭りを大いに楽しんでいってくれと仰っている!」
「さあ! とくと見上げたならば、城門をくぐっていかれよ!」
シマヅたち、先日の戦いであまり働けなかった老戦士を中心とした警備の者は、あ然として立ち尽くす旅の者らを誘導することに注力したのであった。
そうすると、ハッと我に返った旅の者たちが、オデッセイ様の方を時折うかがいつつも、都市の中へと入っていくのだが……。
「む……。
お主、巫女様か?」
その中に1人混ざっていた女へ、思わず声をかけたシマヅである。
そうせずにはいられないほど、美しい――女だ。
長く伸ばされた桃色の髪は、頭頂部で馬の尾がごとくまとめられており……。
真紅の瞳は怪しき魅力の光を宿しており、こちらの背筋をゾクリと震わせた。
ややほっそりとし肢体を包み込むのは、歌舞用の巫女装束だ。
ただし、この衣装……仕立てが、明らかに通常のものと異なる。
両の脇が、挑発的に開かれており……。
下は前にも後ろにも食い込みのきつい股布を着用していて、今はヒラリとした垂れ布が、かろうじて前後からこれを覆っているだけなのであった。
そして、この巫女が本領を発揮する際、垂れ布は取り払われ、魅惑の逆三角形が姿を現すのである。
――歩き巫女。
その四文字を脳裏に浮かべながら、シマヅは努めて平静な表情を保つ。
その上で、紳士的にこう告げたのだ。
「急な祭りであり、流しの巫女殿にお願いする仕事もあると思える。
もしかしたら、使いが参るかもしれぬが、いかがか?」
「この地に生きる皆様のため働けるならば、巫女冥利に尽きるというもの。
いつでも、お待ちしております」
巫女の返答は、涼やかなもの……。
そして、その顔に浮かべた笑みは、妖艶なものであった。
旅の巫女というのは、祈り、舞うなどの簡易的な神事により路銀を得る。
だが、一部の巫女は、それ以外にも仕事を請け負うのだ。
お読み頂きありがとうございます。
ようやく歩き巫女が中に入れましたw
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