戦勝の祭り
エルフが祭りをする時というのは、大別してふたつに分けられる。
ひとつは、祈る時。
これは――行うかは地方によって異なるが――種まき前の時期に行われる豊作祈願の祭りなどが、代表例だろう。
しょせん、エルフの力など微々たるものであり、大いなる自然を前にして、思い通りにできることはたかが知れているのだ。
ゆえに――祈り、祭る。
自分たちが楽しくすることで、大いなる神仏にも同じ気持ちが届き、保護する気持ちを起こしてくださるように……。
ふたつ目は、どちらかというと、こちらの方が主流か?
何かを祝う時だ。
例えば、偉大なる英雄偉人が生まれた日。
例えば、豊かな収穫を迎えられた後。
例えば、為政者の世継ぎが生まれた時。
そして、例えば……戦に勝利した後。
その理屈や前例で考えるのならば、なるほど、今の鉱山都市コクホウほど、祭りをするにふさわしい国は存在しないだろう。
何しろ、戦国最強と名高いガルゼに攻められ、これを撃退することに成功しているのだ。
ガルゼ四天王の1人、ヴァヴァが率いる軍勢が歩む姿は、各地で目撃されており……。
輜重隊などは分けての行軍であるものの、見る者が見れば、万に匹敵するか超えるであろう規模なのは明らかであった。
対するコクホウの軍勢は、存亡をかけての総力戦になるだろうことを加味しても、千を超えるかどうかといったところ。
金山たるコクホウ山を有するコクホウが今まで攻められずにいたのは、ガルゼにとって、背後の他勢力を牽制しながらの遠征が、様々な理由により困難だったからなのである。
戦上手にして戦略巧者との呼び声高いガルゼのお館様が、万難を排して侵攻に取りかかった以上、コクホウが滅ぼされるのは必然であった。
が、結果は――真逆。
どのような博徒でも選ばないだろう大穴の結末となったのだ。
かような奇跡が起こった以上、国を挙げて祝い、祭るは当然の仕儀。
ただ、コクホウ当主ヤスヒサが機を見るに敏だったのは、味方側の戦死者を埋葬した翌日には、もう祭りの準備へ取りかかっていたことだ。
多少なりとも時勢の読めるエルフならば、意図するところはすぐに分かった。
イビやミナミダニ……あるいは、キタガワなどに対して喧伝したいのである。
――ガルゼ、恐るるに足らず。
……と。
民の心を思えば、どうせ祭りは執り行うことになるだろう。
ならば、最良最高の時に行うことこそ、肝要。
それがいつかといえば、まさしく戦勝直後の今を置いて他にないというわけだ。
まず、身内のエルフたちは、単純に喜ばしい勝利をすぐに祝えて嬉しい。
そして、外の武将たちに対しては、即座にこう問いかけられるのである。
すなわち……。
――結ぶか? 否か?
燕雀が鴻鵠を打ち倒したかのごときこの状況……周辺諸国に与える影響は、計り知れない。
少なくとも、ガルゼ国内においては信じられぬ大敗を喫した影響から、厭戦の気運が高まるであろうし、それと敵対する周辺諸国にとっては、絶好の機会に映ると思ってよかった。
時に婚姻や人質の差し出しまで行って固められてきた外交地盤というものは、ものの見事に落盤を果たしたわけである。
そもそもが小国であるコクホウにとって、まさに、最高値を自身へ付けられる瞬間が今なのだ。
と、ここまでが、通常の思考で辿り着けるだろう推理であり、実際、コクホウ当主ヤスヒサの狙いが、この通りであるのは間違いない。
ただし、これとはまったく別に、およそ正常な思考では決して辿り着けぬ事実の喧伝を果たしたいという狙いがあり、まさに、それこそが最重要の目的であった。
その狙いとは、他でもない……。
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「あ、ありゃあ、コクホウの巨神様じゃねえか……!」
「巨神様が、立って、動いとる!」
ガルゼが撤退する動きを見て、早速にも様子を見に来たのだろう。
コクホウにとって最も近い隣国であるイビから訪れた商人たちは、あまりといえばあまりの事態へ、腰を抜かしそうになった。
コクホウ自慢の大城壁……。
都市そのものを城のごとく見立てて建造し、いざガルゼが攻めてきた際、目論見通り抜群の防御力を発揮したそれの前に、そびえ立つものがあったのである。
すらりとしなやかな肢体をしているが、大の大人が10名は縦に連なったかのごとき巨体、城のごとし。
全身は、白を基調として染め上げられた不可思議な金属で形作られていた。
――像。
ただし、通常のそれは、造り手の意思が表情として彫り込まれるのに対し、こちらは橙かつ不透明な面が顔面部へ装着されている。
定期的にこの地を訪れるイビの商人たちだから、当然、これがなんなのかは知っていた。
――巨神像。
コクホウを守護する伝説の巨神が、膝立ちの姿勢で鎮座するのをやめ、今、城門前に立っていたのだ。




