神と埋葬 5
「ナム ユウカイシュニョライ。
イチネン ツウダツ セイジャクムショウ。
シンドリコ シンカイセイミョウ」
中天に向かい、徐々に徐々にと、日が昇っていく中……。
ズラリと並んだ土饅頭を前にした僧たちが、ひたすら経を唱える。
その後ろで手を合わせるのがコクホウ当主ヤスヒサとその娘サクヤの親子であり、さらにその後ろへ並ぶのは、コクホウで生きる全ての民であった。
誰1人、欠けている者はいない。
警備へ回っている最低限の戦士を除けば、この地で暮らす全てのエルフが、何を差し置いてでも駆けつけているのだ。
それは、この愛すべき鉱山都市を守るため散った戦士らに対し、心からの哀悼を抱いているからである。
そして、そんなコクホウのエルフたちを、最後方から見下ろしているのが――オデッセイ様。
かつてはコクホウ山の麓で、膝立ちの姿勢を保ったまま不動であったが……。
今は雄々しく立ち上がり、コクホウの民たちを見守ってくれている。
しかも、戦死した者たちを埋葬したのも、墓碑を立てやすくするため土饅頭の形で土をかけたのも、オデッセイ様の御手であるのだ。
その証拠に、全てが不思議な光沢の金属で構成された両手は、コクホウに特有の赤い土で汚れていた。
さらに……さらに、である。
その両手は、土の中で眠る者たちに向け、合掌されているのだ。
「ゾコ ラガ ドゥマ セイエ。
ハンヤ トコナ フウエン ミリョウ。
ダリャ カン カン ナボ シャク。
ウツリ ユク ミ ヒビ ワカレ。
チルマ ノウ レンジュ セイガン。
バサラ ソワカ バサラ ソワカ」
目を閉じ、祈るエルフたちの頭上を、ありがたき経が流れてゆく。
各々が抱く、悲しみ……。
それがハッキリと、全員に共有されているのを実感できる。
大いなる犠牲は、払うこととなった。
その重さは、あるいは、この世界そのものすら上回っているだろう。
だが、自分たちは確かにこの難局を、一丸となって乗り越えたのだ。
象徴となっているのが、まさに、自分たちの背後で手を合わせてくださっているオデッセイ様……。
信仰の対象としてきた存在が、確かに自分たちと共にある。
中には分け身たる神代のエルフを宿しており、全身を構成するのも、神仏が生み出したとしか思えぬ頑強で美しい金属。
分け身たるテツスケ様と異なり、表情なども浮かべられぬため、永く眠っていた時と同様、その御心を察することなどかなわない。
だが、今は慈しみの心を持って、自分たちに接してくれているのが、ありありと分かった。
仲間を弔い、その死は悼み、深く冥福も祈る。
同胞を弔ってくれるという行為には、それほどの重みがあるのだ。
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「アア ランマ グシャ バリソ。
エンマ トグヤ ネンジュ クレ。
トモラ ヒビラ ナナ カシラ。
カエセ ナオセ ソノミチ ワタセ。
バサラ ソワカ ナマク カン」
素人には、永遠に続く呪文のごとく思えるのが経というものであるが、当然ながら何事も有限であり、終わりというものがくる。
生き残り参列したコクホウの民たちへ染み込ませる見事な経を唱え終えた僧たちは、静かな息継ぎを果たした。
これにて、弔いは終わり。
だが、サクヤはそれでもしばらくの間、瞑目し祈りを続ける。
目を閉じているが、周囲でも父ヤスヒサや皆が同じようにしていると、肌で感じられた。
護国のために散っていった勇士たちへの想いというのは、汲めど尽きぬものなのだ。
とはいえ、経が終わっているのにいつまでも粘り続けるわけにはいかず、目を開く。
不思議なのは、サクヤ以外の者たちも、示し合わせたように同じ間でそうしたことである。
これはまさに、この葬儀を通じて皆の心が一体となった証拠といえよう。
だが、ただ1人……。
いや、1柱というべき存在のみが、違う行動を取っていた。
「巨神様……?」
「オデッセイ様……?」
「一体、何を?」
「あちらは、街道の方では?」
エルフらの背後に立ったオデッセイ様のみが、予備動作のない動きで体が向く方向を変え、合掌し続けたのだ。
「テツスケ様……?」
オデッセイ様の鉄面皮を通じ、テツスケ様の意思を感じたサクヤは、そうつぶやく。
一体、いかなる意図があっての祈りなのか……?
その真実には、シマヅが気付いた。
「あちらは……。
ガルゼ勢の骸を埋めた場所だ」
その言葉により、サクヤだけでなく、コクホウの民全てが神意を察する。
そして、それぞれが抱いていたガルゼへの怒りが、少なくともこの戦いで死した敵兵たちに対しては、氷解したのを感じたのだ。
永くコクホウを見守りし偉大なる戦神は彼らを許し、そればかりか、その安らぎを祈っている。
ならば、自分たちも同じくせねば、コクホウ民の名折れではないか!
サクヤは再び、目を閉じ手も合わせた。
他の者らが同様にし、僧たちが再度の経を唱え始めたことは、語るまでもない。
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