神と埋葬 1
昨日の狂騒は、さながら、水が沸騰したかのごとき代物であり……。
で、あるならば、それが冷めて真水に戻るのは、ごくごく当たり前の理である。
考えてもみれば、巨神様の目覚めというあり得ぬと思えていた奇跡が現実に起こり、自分たちは、酒を飲まずして酩酊の極致へ至っていたのだ。
だが、一夜明けてみれば、突きつけられるのが戦死者の埋葬という現実であった。
「やはり、多いな……」
せめてもの心遣いとして、地面の上にござを敷く形で横たえられた自軍戦死者たちを目にし、老戦士シマヅはそうつぶやいた。
その数は、63。
万に達するか、あるいは越えようという軍勢を相手に、コクホウ軍総勢千騎で挑み、この損害で追い返したのである。
数字だけで見たならば、これはまさに大勝利。
神風を超えた奇跡――今は膝立ちのまま沈黙する巨神様の大跳躍あっての結果であると、そう言えるだろう。
だが、それは戦士たちをひとつの数的単位として見た場合の話に過ぎない。
知りもしないエルフが63名死んだわけではない。
多かれ少なかれ見知っている者たちが、もう息をすることも、言葉を発することも、立つことも歩くことも、酒を飲むこともなくなったのだ。
このコクホウを守る戦士たちが、63名もいなくなったのだ。
エルフが死するというのは、すなわちそういうことなのである。
これまでつづられてきた物語がプツリと途切れ、同時に、これから紡がれるはずだった物語も、突如として断絶してしまうのであった。
また、やり切れないのは、死した63名の内、少数存在する魔術師を除いた全員が、シマヅの教え子にあたるということである。
無論、全員が専業の戦士というわけではない。
他国同様、戦となれば徴兵するのがコクホウのならいであるし、今回は護国の総力戦であったから、死者の大半が普段は百姓や農民として働いている者たちであった。
だが、当然ながら、城門の守備へつけるにあたっては、最低限の薫陶を与えており……。
その際、できれば死なぬようにと心を砕いているのが、シマヅという男なのである。
それが、実際はどうか?
老い先短い老戦士を置いて、若者たちは先んじて死んでいるではないか?
それを思えば、悔しくてならぬ。
だが、この髪はすでに残さず白髪と化しており、顔はしわだらけとなり、かろうじて鎧こそ着れているものの、握り締めた拳には、かつての半分も力が宿っていないのだった。
国をかけた大一番で、かような老人が前線へ出しゃばっては、かえって邪魔となるだけなのである。
「できれば、おれが変わってやりたかった。
そうではないか?
年寄りが先に死に、若者が生き残るものだ」
「戦なのですから、やむを得ません。
それに、シマヅ殿は若い頃に、いくつもの武勲を立てておられます。
散々に働き、生き延びたのですから、後は自分たちのような若いエルフが、前に出て働かなければ」
シマヅの嘆きを聞いた戦士が、そう言って己の胸を叩く。
「そう言ってくれるのは、嬉しいが……いや。
詮無きことか」
若者が、気を遣ってくれているのだ。
ここでこれ以上悔やんだところで、かえって、その気遣いを台無しにしてしまうだけだろう。
「それより、自分たちにとってやりきれないのは、ガルゼのやつらまで埋葬してやらなければならないことです。
俺たちの国を取ろうと、襲ってきたやつらですよ?
あいつらさえ来なければ、仲間たちも死なずに済んだ。
野ざらしにして、野犬の餌にでもすればいいでしょう?」
若き戦士の顔に浮かぶのは――怒り。
それは、もっともなものであるが……。
同時に、シマヅが諌めなければならないことでもある。
だが……。
(怒りに支配された頭では、死に敬意を払うことの尊さも理解しきれまい)
そうと考えて、実利的な話へ終始することにした。
この若き戦士は、決して愚かではない。
かつてのシマヅも、上役に似たようなことを言ったのだ。
「お前の言う通りにして、本当に野犬などが集まっては始末に困る。
それに、理は分からぬがな。
死者をきちんと埋葬せずにいると、ひどい病気が流行るものなのだ。
とはいえ、これは先人から伝え聞くだけで、おれも試してはいない。
お前、試してみるか?」
「はは……それを言われては、致し方ありません」
シマヅにそう言われ、若き戦士が肩をすくめる。
野犬や病気を防ぐためというお題目は、まあ、落とし所になったということか。
それに……。
「当然、ガルゼのやつらは、深い穴にまとめて埋めるだけだ。
それで、十分に報いだろうよ」
「そうですな」
それで会話は終わり、揃ってコクホウの大城壁を見上げた。
分厚い壁の向こう側では、今まさに、ガルゼ側の死体を回収しながら、埋葬の準備をしているに違いない。
先触れとして城から遣わされた戦士が馬を駆り、この場に参じたのはそんな時のことだったのである。
「伝令! 伝令ーっ!
間もなく、城よりテツスケ様……巨神様の分身が参じられる!
巨神様が、再び動くぞ!」
その叫びに……。
シマヅたちだけでなく、作業にあたっていた他の者らも、ざわめいた。




