三千年後の朝
宴会で、それなりに酒杯を重ねたのがよかったのだろうか?
あるいは、信じられない事実を連続で目の当たりにして、自分ではズ太い方だと思っている俺の精神も、疲労しているのかもしれない。
「うう……さぶ……」
ともかく、三千年も寝こけた後で、果たして機能を維持できるのかと心配した我が体内時計は、どうやらサポート終了せずにいてくれたようで、俺は昨晩18時頃には、ぐっすりと眠ることができていた。
なんならば、かつて以上に健康的な就寝時間であるといえるだろう。
そんな早い時間に寝ることとなったのは、茶を飲みながらの長い世間話――これによって得られた情報も色々とあるが、今は割愛しよう――の末に、ヤスヒサがではそろそろ寝ましょうかと提案してきたからである。
これに対し、当然の提案である、という顔をしていた俺であるが、内心ではえ? もう? こんな早い時間に? と、こっそりパイロットスーツの時計機能で確認しつつ驚いていたものだ。
だが、外の様子を見て、納得した。
この世界は、夜が――暗い。
まったくの闇に支配された世界であると、そう言っていい。
太陽が東から上るような……あるいは、リンゴが下に向かって落ちるような、ごくごく当たり前のこと。
しかしながら、俺はそんな当然の事実を、38歳になるまで理解していなかったのだ。
何しろ、照明器具と呼べるものが松明や油皿、行灯といった品々だけである。
最大の証明源である松明すらも、照らし出せるのは周囲数メートルが限界であり、夜を照らす明かりとしてはあまりに心もとない。
そのため、ここコクホウは、手持ちの照明器具が無ければ城中の廊下を歩くことすらままならないような……完全な闇の中となっていたのであった。
まったく、エジソンという発明王は偉大であったということ……。
俺はかつて任地としていた連合軍中東基地を、文明から隔離された秘境のように思っていたが、夜であってもライトなしで出歩けるだけで、十分過ぎるくらいに文明が宿っていたのである。
なお、当然ながら俺は夜間の作戦行動経験も豊富だが、あれらが今回の状況と結びつかなかったのは、基本的に人里を遠く離れた場所が舞台であったことと、やはりオデッセイを始めとする最新機器があったからであろう。
と、いうわけで……。
暗すぎてやることっつーかやれることがない以上、人――俺以外はエルフというらしいが――がすべきことは、眠ることのみ。
今の世界に生きる人々は、大変に早寝早起きなのであった。
そう、早起きだ。
すでに、城内の至る所で人々が起き出し、朝の営みを始めているのが、気配というものでうかがい知れる。
「今の時間は……4時か。
気温は8度。
やっぱり、かなり寒いな」
布団から起き出し、パイロットスーツの手首を見ながらつぶやいた。
そこに表示されているのは、ホログラフィックの各種データ。
独り言をつぶやいているのは、考えをまとめるためだ。
「三千年前、朝の気温ってどのくらいだったっけ?
さすがに、かなり涼しくはなっていたはずだが、パイロットスーツから頭出ているだけで寒さを感じるほどじゃなかったはずだ。
極東戦線は、世界で最も暑い戦場とすら言われていたんだぞ」
あるいは、壊れた地球を感じられる戦線だったか。
近頃は珍しい純血日本人なのだし、故郷での任務もいいだろうとばかりに、かつての日本――極東基地へと配属された俺だったが、6月以降の猛烈な暑さには、参ったものだ。
こう、ただ気温が高いだけじゃなくて、ひたすらに不快なんだよな。
俺だけではなく、各地で慣らしてきた猛者たちもこれにはやられていたし、あまりに暑くて、敵も味方も軍事行動を極力控えるという意味不明な状態に陥っていたほどである。
それが、こんな時間とはいえ、気温8度を記録するか。
どうしちまったんだ、地球……?
三千年の間に、異常気象でも起こしてしまったのか……?
猛烈に無言なこの惑星が答えることはないが、こんなところでも、違う世界に降り立ったような気分となった。
「さて……」
立ち上がり、室内を見渡す。
俺に与えられたのは、VIPとかスイートとか、そういう言葉がふさわしい客室。
城の上層に位置し、フットサルくらいは余裕でできそうな室内は総畳敷き。
金箔を貼られた家具がゴージャスに彩る黄金の空間である。
窓から顔を出せば、まだ日も出ていない薄暗い中、城の庭にある井戸で何やら仕事をしている女官さんたちの姿……。
その他、昨日の後始末をしようというのか、兵隊さんたちがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている姿も見受けられた。
「新しい朝がきたな」
俺は、そんな様子を見てどうするか思案しつつ、そうつぶやいたのである。