ヴァヴァの決断
言うまでもないことであるが、軍というものは、常に全体がまとまって行動するものではない。
まず、今回、コクホウ攻めするにあたってヴァヴァが預かった軍のように、万以上の規模へ達する集団ともなれば、補給を専門に行う輜重隊というものが必要不可欠になる。
当然ながら、城攻めに投入する部隊ではないため、このような者らは、後方へ護衛と共に待機させる必要があった。
そして、今は乱世。
こちらが攻め込む側であり、コクホウ側が選んだ戦術は都市に籠もっての籠城戦であるとはいえ、後背を突かれる可能性は、常に考えなければならない。
イビ、キタガワ、ミナミダニなど、周辺の諸勢力が、戦国最強の軍にやすりをかけるべくひと当てしてくる可能性は、大いにあり得るのだ。
ゆえに、ヴァヴァはコクホウ攻めをするにあたって、輜重隊の警護と周辺諸国への牽制を兼ねて、後方に隊を分けていたのだが……。
今回は、それが活きる形になったといえるだろう。
「ふうー……。
部隊を分割していたのが、九死に一生を与えてくれた。
もし、全員で攻めかかっていたのならば、物資も何もかも投げ捨てての敗走など、選べなかっただろうよ」
コクホウ攻めにおいて起きた、まさかの事態……。
それに対し、迷うことなく撤退を選び、自ら先頭で馬を駆ると、それはそれは見事な逃げっぷりを見せたヴァヴァが、後方部隊の陣幕で手ぬぐいなどもらいながらそうこぼした。
「こちらに分割しておいた物資さえあれば、とりあえず、本国まで兵たちを飢えさせず下がることができる。
あんな事態を想定していたわけではないが、何事も、備えておくべきよな」
「ヴァヴァ様……。
一体、何事があったのですか?」
ほっと胸を撫で下ろすヴァヴァに対し、すぐさま清水が汲まれた竹筒を用意しながらも、いぶかしい様子は隠せない後方部隊の指揮官たちである。
無論、戦において、想定外の事態は付き物。
圧倒的に数で勝る大軍が、なんらか不慮の事態によって敗走するということは、あり得るものであった。
だが、お館様自らが考案した今回のコクホウ攻めは、盤石のひと言。
こうして、周辺諸国への重石として後方部隊が割かれていることからも分かるように、不測の事態というものを徹底して潰しているのだ。
それが、取る物も取りあえずという言葉を体現するかのように全力で逃げ込んできたのだから、後から来る兵らの受け入れ準備はしながらも、敗走の理由を聞くのは当たり前であった。
「ふ……ふふ……。
聞けば、驚くぞ?
と、言って、俺にも聞かせない手が思いつかぬ。
いや、語りたくて語りたくて、たまらぬ。あんまりおかしくてな。
俺たちはまさに、伝説の目撃者となったのだ」
ガルゼ四天王の一人――ヴァヴァ。
それが、10月だというのに大汗をかいて逃げ延び、出された水のおかわりを要求しながら、呵々大笑とする。
その様に、何も知らぬ後方部隊の者たちは、ますます首を傾げたのだ。
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「ヴァヴァ様、その……恐れながら」
「今語られたことは、誠なのですか?」
「不敬を承知で申し上げますが、我ら、到底信じることができませぬ」
車座になって話を聞いた配下たちの反応……。
それに対し、ヴァヴァは怒るどころとか、もっともであるというように腕組みし、うなずいてみせた。
このような反応をみせることができたのは、何も、ヴァヴァの器が大きいから、だけではない。
単純に、逆の立場なら同じことを言うからである。
むしろ、世迷い言のごとき敗走理由を聞いて、はいそうですかとうなずく配下たちだったなら、その方が怖かった。
だが、これは歴とした事実なのだ。
「逃げてきた兵たちに聞いても、誰もが同じことを言うだろうよ。
噂の巨神像が動き出し、大城壁を飛び越えてきたとな」
そこまで言って、すぐさま次の指示を下す。
すでに、情報共有は果たした。
今は騎馬の者たちが続々と追いつき、さらに、徒歩の兵らも駆け込んでくるという状況なのだから、さっさと軍全体の方針を指示しなければならない。
そして、巨神を見て、すぐさま撤退の決断をした時同様、ヴァヴァの決定は誠に潔かったのである。
「ともかく、今回のコクホウ攻めはならなかった!
よって、兵を回収したら大人しく撤退する。
帰ってきた兵たちは、手厚くねぎらってやるように」
きりりとした顔で、力強く宣言した。
ただ……。
「手はず通りなら、兵たちにお楽しみを与える者らも合流しよう」
そう付け足す彼の笑みは、少しばかり助平なものであったが……。
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