ヤスヒサとテツスケ 3
へっ……。
やっぱり、オデッセイを調べていたか……!
感極まりました! と言わんばかりなヤスヒサを前にしながら、俺は冷や汗隠しへ精一杯だった。
言うまでもなく、人間とは社会性を持った生き物だ。
それはつまり、個々の役割――能力と言い換えてもいいだろう――があるからこそ、存在を許されるということでもある。
地球連合が発足する前、俺の先祖である日本人の憲法にも労働の義務が存在したというし、それ以外にも、似たようなことを明文化していた国家は腐るほどあったことだろう。
働かざる者食うべからず、という言葉もあるしな。
ただ、俺の場合ひどく問題があるのは、どういうわけかこの世界の支配者となっているらしいサクヤたち新人類との間に明確な身体特徴の差――耳の長さが存在するということであった。
それはつまり、誰の目から見ても異種族であると明らかであるということ……。
異人種ですらない。
異種族なのだ。
これが、どれほどの軋轢を生むかなど、想像することすらできない。
確かなこととして、俺が知る限り人間という生き物は、肌の違いひとつとっても、違いを受け入れるのに何百年もかけており……。
しかも、実際のところ受け入れ切れてはおらず、連合軍内部や、あるいは俺が生まれ育ったニューヨークのハーレムでは、肌の色が異なる人間同士に存在する暗黙の了解が存在したのである。
ヤスヒサたちが同じでないと、誰が断言できようか。
それゆえの、先ほどから続けているハッタリ交渉であった。
やや尊大気味な態度を取っているのは、当然ながらわざと。
俺だって軍では上官との付き合いがあったし、時には機嫌を取らねばならない時もあったのだから、やろうと思えば、相応の態度を取ることもできる。
だが、それはしない。
へりくだり、丁寧に接することなど、いつでもできるのだ。
俺は――とりあえず現状――唯一の『普通の人』として、自分で自分の立場を確立せねばならないのであった。
そのために使える唯一にして最大の駒が――オデッセイ。
予想通り、登録者以外起動することすら不可能なあの機体を調べてくれていたというのは、話が早くて助かるぜ。
そこを、切り口にする!
「俺でないとオデッセイは動かせないと分かってもらえたところで、今後の話がしたい。
……そちらも、そのつもりでこの席を用意したんだろう?」
「……何もかも、ご慧眼の通りにございます」
さすがテツスケ様と言わんばかりに、ちょっと悪そうな顔となるヤスヒサである。
いや、これは……ただ悪いこと考えてるわけじゃないな。
胸の内に巣食う感情は、きっと野心と名が付けられた代物だ。
コールドスリープに入る前、俺の人生では見かけなかったタイプの人間であった。
為政者や指導者が強大な力を手にすると――あるいはできるかもと思うと――こんな顔をするのだ。
「テツスケ様……あらためて、お願いいたします。
どうか、これを限りに、ではなく……。
これからも末永く、我らを……コクホウをお守り頂きたい」
「へ、へへ……。
ああ、いいぜ」
二つ返事とは、まさにこのこと。
「おおっ……!」
喜色を見せるヤスヒサに対し、俺は身を乗り出した。
そうしながら差し出すのは、当然ながら右手である。
「当然、衣食住の面倒は見てくれるんだろう?
それと、条件として……俺には、独立して動く権限が欲しい。
それは、ヤスヒサ――あんたに次ぐ強力なものだ。
いいか? 次ぐ、だ。
同等でも、超えるでもなく、次ぐ、だ。
ここは重要なポイントなので、決して間違わないでくれ」
「? ?
はっ……御意のままに」
ヤスヒサは、俺の言った内容を今ひとつ飲み込みきれていないようだったが……。
それでも納得し、手を差し出してくれた。
どうやら、彼ら新しい人類にも、握手の習慣は生きているらしい。
男同士、ぐっと互いの手を握りながら思う。
(これでいい……。
ヤスヒサに次ぐ立場、としたのがこの先に活きてくるはずだ)
そんな俺たちの様子を、サクヤがチラリと見届け……。
ここに、約束は成ったのである。