宴席と情報収集 3
「我らは、いまだテツスケ様と多くの言葉は交わらせておらず、その神意は恐れながらも汲み取る意外にない!
ただ、テツスケ様はおっしゃられた!
――食事が欲しい。
……と!
これは、我らが日々、巨神様に捧げてきた食物を、テツスケ様が気に入って下さっていた何よりの証拠!
そして、何を置いてもそれを所望されたということは、我らコクホウの民にとって、最大の誉なのである!
ならば、今これよりの時間はガルゼに勝ったことを喜びつつ、巨神様とテツスケ様を讃えようではないか!」
お館様がそこまで言って座布団に座ると、近くに控えていた女官さんが、膳へ用意された彼のコップにビールを注ぐ。
そろそろ、乾杯の時間ということだろう。
では、いまだ空だった俺のコップには、誰がビールを注いでくれるのかと思っていたが……。
その疑問へ答えるように、隣のサクヤが、陶器製のピッチャーを女官から受け取ったのである。
そして、じっ……と俺を見つめた。
わずかに緊張が感じられるその仕草を見て、真意に気付かぬ俺ではない。
そっとコップを差し出すと、彼女はやはり体を固くしつつも、ビールを注ぎ入れてくれたのである。
「おお……」
「姫様が、巨神様の分身に酒を注いでおられるぞ……」
「なんと神々しい光景じゃ……」
そんな光景を見て、目を細めるのが眼前に並ぶ兵士の皆さんだ。
大体みんな20代後半から40いくかいかないかくらいで、連合軍の階級に当てはめるならば、伍長以上の階級に属するような立場の人間が集められているのではないだろうか。
最低レベルでも三人から四人の兵を指揮する人間が200人近く集められていると思えば、オデッセイで捉えた守備隊全員の規模とも合致した。
素早く推理している間に、コップは満タンとなり、サクヤ自身のコップにもほんの少しだけ、ビールが注がれる。
それを待って、お館様が自分のコップを高々と掲げた。
「では……乾杯!」
――乾杯!
唱和してコップを掲げるのは、この人たちにとっても変わらない習慣のようであり……。
俺も、威厳モードは維持したままコップを掲げる。
そして、皆さんがコップに口をつけ始めたので、俺自身もさっそくひと口……!
だが、このひと口は、思いがけずたっぷりと飲み込むひと口となった。
理由は単純……。
「美味い……!」
美酒を口にして、顔がほころぶのはごくごく当然のこと。
俺は、笑顔を浮かべながらそう口にする。
ビールであるのだから、当然、主体となっているのは苦みであるのだが、このビールはその苦さがなんともいえぬまろやかさであり、しかも……フルーティなさわやかさが感じられた。
だが、それだけではこうもゴクゴクと飲むことはできないだろう。
コップの中身をほぼひと息で飲み干してしまう原動力となったのは、あまりにクリアなその飲み口……。
これが喉を通っていく様と後味は、まるで、澄み切った清流が喉の中を通り過ぎていったかのようだ。
そういえば、俺がコールドスリープ刑を受けることになった極東基地は富士山の山麗部に位置しており、地元では、そこから湧き出す清涼な地下水を利用しての地ビール作りが行われていたはずである。
残念ながら――これも重要な情報だが――GPSはまったく機能しなかったため、推測するしかないが、オデッセイが関節ロックされた状態で待機していた以上、場所を移動しているとは考え難い。
となると、三千年前のビール文化がなんらかの形で、このおかしな耳をした人々に受け継がれるとみてもよさそうであった。
んで、この辺りで名物となっていた食材は地ビールの他に、高原で行う畜産業の品々や、清涼な滝で育てられたわさびがあったはずだ。
となると、メインディッシュであろうこの牛肉炙り焼き金箔乗せわさび添えも……。
「こいつも……美味い!」
味付けは、塩のみ。
だが、良い部位が炭火で丁寧にあぶられたのだろう薄切り肉は、やや冷めていながらも非常にジューシーで、脂の甘さと肉の旨味が存分に感じられる。
しかも、これにわさびを少しだけ乗せてやると、鋭く芳醇な辛さと香りが、ピシリと味全体を引き締めるのだ。
当然ながら……。
「ビールとの相性も……最高だ!」
そういえば、意識しない内にサクヤから注いでもらっていた二杯目のビールを、さっそく半分ほど飲み干す。
陶器製のピッチャーを手にしたお姫様は、そんな俺の姿へ目を細め、なんとも上品な……。
それでいて、かわいらしく魅力的な笑みを浮かべていたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、楽しい宴会ですね……。
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