第6話 初めての武器:破壊と浄化の双極
10月。
高く澄み渡った空が、季節の移ろいを告げていた。
入学から半年。
ヒカルたち予科生は、基礎訓練の集大成として前期の最終試験に臨んでいた。
「――これより、前期最終試験を開始します」
実技訓練場に、舞姫コトの穏やかな声が響く。だが、その声にはいつもより少しだけ緊張の色が滲んでいた。
「試験内容は、ただ一つ。皆さんの目の前にいる訓練用ドローンを、自ら形成した《マテリアライズ・アームズ》で、完全に破壊すること。制限時間は、十分です」
生徒たちの間に、緊張が走る。
これまで、フォンテを光として具現化させる訓練や、その光で的に触れるといった基礎的な訓練は行ってきた。だが、明確な「武器」の形を創り出し、それを用いて「破壊」を行うのは今日が初めてだった。
「始め!」
合図と共に、生徒たちは一斉にリングギアに意識を集中させる。
あちこちで、様々な色と形の光が生まれ始めた。
「うおおおっ!」
体力自慢の少年が、荒々しい炎のようなフォンテで歪な形の両手剣を創り出が、その刀身は安定せず、ドローンの装甲に弾かれては、火花のように明滅した。
「落ち着いて……私のフォンテは、守りの形……!」
気弱そうな少女が、震える手でなんとか小さな円盾を物質化させる。ドローンから放たれた模擬弾を必死に受け止めるが、数発受けただけで盾にはヒビが入り光が霧散してしまった。
誰もが苦戦していた。
半年前には、光を灯すことすらできなかった彼らだ。今はこうして、不完全ながらも武器を形にできるまでに成長している。
それは紛れもない進歩だったが、「敵を破壊する」という現実の壁は、あまりにも高かった。
そんな中、ヒカルはゆっくりと左手を掲げた。
彼の脳裏に、複雑な数式や設計図はない。ただ、彼が最も「効率的」で「合理的」だと判断した、一つの「形」があるだけだ。
――その左手から、音もなく、黒が溢れた。
それは光ではない。まるで夜の闇そのものを切り取って固めたかのような、実体を持った漆黒の刃。
それは、機構のどの制式武装のデータにもない、彼自身の魂から直接顕現したかのような――影刃の、まだ不完全なプロトタイプだった。
ヒカルは、その黒い刃を手に滑るように地を蹴った。
ドローンが彼を敵と認識し、模擬弾を連射する。
だが、ヒカルはそれを見ない。ドローンの銃口の僅かな動き、内蔵されたモーターの駆動音、空気の流れ――その全てから、弾道を完璧に予測し、最小限の動きですり抜けていく。
そして、ドローンの懐に潜り込んだ彼は、ただ一度だけ、その黒い刃を振るった。
ドローンの動力コアがある、ただ一点を、寸分の狂いもなく貫くために。
一瞬の静寂。
次の瞬間、ドローンは爆発もせず、まるで電源を落とされた機械のように機能停止して、ことんと地面に落下した。
「……」
あまりに静かで、あまりに完璧な破壊。
生徒たちも、教官たちも、その異質な才能に言葉を失っていた。
その空気を破ったのは、またしても、もう1人の天才だった。
詩カグヤが一歩前に出る。
彼女が右手を掲げると、その指輪から神々しいホワイトベージュの光が溢れ、一つの美しい球体を形作った。彼女のオリジナル武装、『クリスタルオーブ(水晶球)』だ。
オーブは彼女の周囲を衛星のように静かに浮遊する。
ドローンがカグヤに向けて模擬弾を発射した。
だが、弾丸が彼女に届くことはない。オーブが、まるで意思を持つかのようにカグヤの前に滑り込み、光の壁となって弾丸を霧散させた。
それだけでは、終わらない。
彼女がそっとオーブに指先で触れる。
すると、オーブから一本の光の線が放たれドローンを捉えた。
それは、破壊ではなかった。
光に包まれたドローンは、悲鳴のような軋み音を上げることもなく、まるで祝福を受けるかのように、聖なる光の粒子へと分解され、きらきらと輝きながら浄化されるように消滅していった。
「静」の破壊者、暁月ヒカル。
「聖」の浄化者、詩カグヤ。
試験が終わり、舞姫と大空は無言で顔を見合わせた。
「……あの2人が、同じ戦場に立つ日は来るのでしょうか」
舞姫が、ぽつりと呟く。
「さあ、どうでしょう。ですが、もしその時が来るとすれば……この世界が、本当に危機に瀕した時でしょうね」
大空は、後輩である天才たちの未来に、畏敬と、そして一抹の不安を滲ませながら答えた。
2人の天才の登場は、機構の未来に計り知れない希望と、そして新たな波乱の予感を同時に刻み付けた。
――それから、1年半後。
彼らが予科・本科の課程を修了し、戦士としての道を歩み始めた時。
物語は、本格的に動き出すことになる。
第一部終了です。
説明パートのような章でしたが、もしここまで読んでくださった方がいらっしゃったら、本当にありがとうございます。
次回からいよいよ本編が始まります。
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