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第4話 特異点たちのカルテ

 その日の訓練がすべて終わり、生徒たちが寮へと引き上げた後の、予科生担当教官室。

 室内には、静かな沈黙が流れていた。


 舞姫コトは、自席のデスクに表示させたデータディスプレイから、まだ目を離せずにいた。そこには、今日の訓練で記録された、60名の生徒たちのフォンテ初期発現データが、グラフや数値となって並んでいる。


 ほとんどの生徒のデータが、似たり寄ったりの低い位置で蠢いている中、二つだけ、まるでコンピューターのバグのように天へと突き抜けた、異常なグラフがあった。


「……色々ありましたね、今日は」


 窓の外、夕焼けに染まる訓練場を眺めていた大空カナタが静かに口を開いた。彼の声にはいつもの冷静さに加え、わずかな疲労の色が混じっている。


「ええ、本当に……」


 舞姫は、深くため息をついた。


「これが、暁月ヒカル君と、詩カグヤさんのデータです」


 彼女が指で示すと、2人のデータがポップアップで拡大表示される。



【暁月ヒカル】

 フォンテ色彩:ネイビーグレー(Class: Deep-Abyss/深淵級)

 初期発現安定性:S+

 エネルギー変換効率:98.7%(理論値に極めて近い)

 特記事項:発現時に一切の精神的動揺、エネルギーの漏出ロスが見られない。極めて静謐かつ高密度。



【詩カグヤ】

 フォンテ色彩:ホワイトベージュ(Class: Holy-Crest/聖紋級)

 初期発現安定性:S

 エネルギー変換効率:96.2%

 特記事項:フォンテそのものが周囲に「祝福」ともいえる微弱なバフ効果を撒き散らす、極めて稀な聖属性の性質を持つ。



「1人は、静寂の深淵。もう1人は、神聖な天頂……。どちらも、フォンテが覚醒したばかりの子どもが、初めての訓練で見せるような力ではありません」


 舞姫の声には純粋な驚きと、指導者としての重い責任感が滲んでいた。


「ええ。俺がかつて所属していた星風隊でも、これほどの才能を持つ隊員はいませんでした」


 大空は静かに自分の眼帯に触れる。


「星風隊長は、完璧に磨き上げられた才能しか評価しない。あの2人……特に詩カグヤさんのようなタイプは、彼女が最も好む人材でしょうね」


 その言葉を口にしながら、大空の脳裏には数年前の記憶が蘇っていた。


 ――あなたの本当の目的が、俺を死地から遠ざけるための不器用な“優しさ”だったと、今なら理解できる。だが、あの時あなたが口にした『美しくない』という言葉と、周囲が俺に向けた憐れみの目は、今もこの胸に深く突き刺さっている……。


「……大空さん?」


 舞姫の訝しむような声に、大空はハッと我に返った。


「いえ、すみません。少し、昔のことを」


「……」


 舞姫は、彼の過去に深くは踏み込まない。だが、その瞳は、すべてを理解しているかのように優しかった。


「星風隊長の方針は、あの方自身のものです。ですが、私たちの役目は違う。この60名全員に天才であろうとなかろうと、まずは戦場で生き残るための『基礎』を平等に教えることです」


「……分かっています」


 大空は静かに頷いた。


「けれど、あの2人に他の生徒と同じ教育を施すことが果たして彼らのためになるのか……。普通の物差しでは測れない」


「ええ。だからこそ、特別な注意が必要です」


 舞姫は、2人のデータを個別のフォルダに格納し、アクセスレベルを最高位に引き上げた。


「あの2人のカルテは、私とあなた、そして本部長と一部の幹部しか閲覧できないようにしておきます。彼らの才能は、希望であると同時に、扱い方を間違えれば……」


 彼女は、そこで言葉を切った。

 その先にある言葉を、口にする必要はなかったからだ。

 規格外の才能は、時として本人の意思とは関係なく周囲に歪みを生み、波乱の火種となる。


「まずは、来月の戦闘シミュレーションまで、じっくりと観察しましょう。彼らがその力を、どう認識し、どう扱おうとするのかを」


「了解しました」


 舞姫は、ディスプレイの電源を落とし、静まり返った教官室でそっと目を閉じた。

 彼女の脳裏には、対極の輝きを放つ2つの小さな光が焼き付いていた。


 あの静かな少年と、儚げな少女。

 2つの特異点を預かる者として、その責任の重さを舞姫は改めて実感していた。

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