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俺の可愛い婚約者は、中に別の人が入っていると言う

作者: 青木薫

たくさんの作品の中から目を留めていただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。主人公の前世とかあれこれはなく、あっさりです!


「セルマ、君はまたこんな所で」


「しーっ、静かに!バレてしまうではないですか」


 植え込みの陰から中庭を覗く、伯爵令嬢セルマ・エクダルのジャケットの襟を後ろから引っ張りながら、これまた同じ伯爵位ヴァルドネルの息子であるビリエルが諌めても、彼女はちっとも気にしていない様子でメモをとっている。


 何のメモかって?それは中庭で仲睦まじく話をする男爵令嬢ヴィヴィ・ヤノルスと騎士団長の息子ヘルマン・ヘルナルの様子である。


「…次、は、ロセアン、に行きたい、わ…いいよ、来週…。ロセアン…新しいカフェね、下見に行かなくちゃ!」


「ねえ…」


「この前…ネックレスありがとう、ですって。良かった無事にあげられたのね!準備を手伝った甲斐があったわ」


「…セルマ」


「次、の試合で、勝ったら…まあっ!そんなことを?どうしましょう、間に合うかしら」


「セルマっ!!」


 ビリエルが強めに名を呼んだ次の瞬間、セルマはくるっと振り返ってビリエルにぐいっと顔を近づけた。あまりの近さに驚いて体勢を崩し、尻もちをついたビリエルが彼女を見上げると、眼鏡の奥で瞳が燃えている。


「いや、その…悪かったよ声を荒げたりして…」


「ビリエル殿!私は仕事中!なんです!」


 ビリエルは婚約者のセルマの言葉に


「仕事って…あれはもう終わったはずでしょ…」


と小さく聞いたが、セルマは答えず中庭の二人に目を向け、またメモを取り始めた。



******


 セルマ・エクダルの様子がおかしくなったのは1ヶ月前の17歳の誕生日だった。エクダルの屋敷を訪問したビリエルが


「誕生日おめでとう、素敵な1年を過ごせるように祈っているよ愛しの婚約者様」


と花束を渡して頬にキスをした途端、セルマは目を見開き、顔を真っ赤にさせると悲鳴を上げて自分の部屋へと逃げ込んだのだった。


 これには、それまでも何度も挨拶のキスをしてきたビリエルも、彼を愛娘の婚約者として家族同然に扱っていたセルマの家族も驚いて、揃ってしばらくホールで佇んでしまった。


 我に返ったビリエルがセルマの部屋へ行ったところ、扉の向こうからは


「ウソでしょ!ありえない!」


「ビ、ビリエル様が婚約者?ってことはあたしはセルマ?」


「いや、待って、ナイナイ!か、鏡!ヒッ!」


「…ううん、やっぱり…ああ〜!どうしたらいいの?」


という声が聞こえ、何度もビリエルが呼びかけた末に部屋から出てきたセルマの顔には、なぜか紙で作られた眼鏡がかけられていたのだった。


 次の日、学校に来たセルマの眼鏡は本物であったがレンズは厚く、可愛い水色の瞳はよく見えないし、栗色のいつもはフワフワの巻き毛も後ろできっちりとまとめられていた。



「ええと…セルマ?」


「おはようございます、ビリエル殿」


「ど、殿どの?」


「何かお困りですか?」


「いや…まあ、その、君の変わりように多少困っている、かな?どうしたの?僕は君に嫌われるようなことをしただろうか」


 そう言うとセルマはフルフルと頭を振り、その頬と耳がほんのりと赤くなって、ビリエルは『ああ、やっぱりこれはセルマだ』と思った。でも続けて


「はうぅ〜」「も、無理…」「いや、でも…」


と呟いた後、意を決したように


「では、またのご利用を!」


と言って走り去ってしまった。


 呆然とするビリエルに友人たちは


「あー…ビリエル、お前の婚約者、どうしちゃったの?」


と気の毒そうに声を掛けてきたが、もちろんビリエルには答えようがなかった。



 その後も、校内で会う度に『お困りですか?』『今日のラッキーカラーは緑ですよ』『では、またの利用を!』と聞いてもいないことに答えたり、1日に1回ポプリの入った小袋なんかを渡してきたりと不審な行動をとるセルマだったが、1週間たってビリエルが再度エクダルの屋敷を訪ねたところ、彼女の両親からセルマがずっと部屋で泣いていると聞かされ、我慢できずに部屋の扉を無理やり開けた。



 果たしてセルマはベッドに突っ伏して、その水色の瞳から大きな涙の粒をポロポロとこぼしていた。そしてそばに行って手を取ったビリエルに驚くべきことを話した。


 話によると、セルマの中にはもう一人別な世界から来た人物がおり、あの誕生日の花束とキスでそれがわかったのだという。ただ、何故そんなことが起きたのかはわからないらしい。


 そしてその記憶によると、この世界はゲームというもので、セルマはその主人公であるヒロインを案内する役なのだそうだ。


「ええと…それで?」


「私は…案内人なので、ビリエル様とは結婚できません」


「ええっっ?なぜ?」


「ビリエル様は、最初の攻略対象者で、私と別れてからヒロインと仲良くなるんです」


「ちょっと待って!攻略対象者って何?それって決まってるの?」


「決まってるんです!だって、私はビリエル様から身を引いて、二人が仲良くなるのを応援することで案内人になるんですから」


「どういうことっ?」


 全く理解できないながらもビリエルが根気よく聞き取ったところ、ヒロインが学校に転校してきて最初に仲良くなるのがセルマで、ヒロインはセルマと一緒にいる婚約者、つまりビリエルを好きになってしまう。


 セルマはビリエルを潔く諦めて、その後はヒロインと仲良くなり、何かとヒロインを応援する役目を担うのだそうだ。


 セルマは別の世界でそのゲームが大好きで、何度も何度もヒロインを幸せにしたという。


 だから、自分がセルマになったからには、自分がビリエルのことが好きだとしてもヒロインを助けるべきなのだと、そうせねばならないのだと涙ながらに語った。


 学校での変な行動も、案内人としての役目で、1日に1度は『ログボ』とか『占い』とかをしなくてはならないし、口調もそういうふうにするものなのだと言う。


『またのご利用を』というあれか、と思い出してビリエルは遠い目をした。


「その…なんだ、そのゲームっていうものの中で、ビリエル、俺、はそのヒロインと結婚するってこと?」


「いいえ?」


「えっ?違うの?」


「ええ、ビリエル様はチュートリアルのNPCで、好感度を上げる方法やアイテムの使い方、会話の仕方などを練習する相手ですから」


 全く何のことかわからないビリエルだったが、セルマの様子から心配だった別の子との結婚はないようだ。それにしても、と彼は思った。



「…俺で練習?」


「なので、私が案内人になってからは他の攻略対象者が現れて」


「…他の攻略対象者」


「その方たちが攻略の中心になっていきます」


「…」


「でも、全員の攻略が成功した後の裏ルートで、優しくて素敵なビリエル様を再び選ぶ人が多くて」


「全員…?再び…?」


「私も、ビリエル様が好きすぎて、全てのルートを制覇しました」


「それは…ありがとう」


「え?」


 わからない中にもちょっとずつセルマが自分のことを好きだということがはさまるため、ビリエルの気持ちも忙しい。


「いや、いいんだ。ええと…結婚はしないとして、俺は、これからそのヒロインと恋人同士になるの?」


「いいえ、ビリエル様の好感度は上がりはしますが、恋人にはなれません。どんなに好きでも攻略できないのがビリエル様。だからこその裏ルートです」


「攻略、できない…裏…」


「そうです…最初にビリエル様にけんもほろろに妹扱いされたヒロインが、最後に挑むのがビリエル様です!」


『けんもほろろ』ってなんだろうとは思いつつ、そこには言及しないビリエルだった。


 そして彼女の大体の説明が終わったところで大層優しい声で反撃に出た。


「あのさ、セルマは、俺がヒロインを妹扱いするのに、身を引くの?」


「え?」


「だって、今の話だと、ヒロインとやらは俺の恋人にはならないんでしょ?もしそうなったとしても、全員攻略の後って、そんなにいろんな人と付き合った後で俺に近付くわけで。それを俺が受け入れるとでも?」


「あ…え?…いえ」


「なのに君は勝手に身を引いて、その子の友達とか案内人だとかになるつもり?俺と恋人同士のままで助けてあげれば?」


「…ええと、そう?かな?できるのかな?あれ?」


 別の世界の記憶に翻弄されている様子のセルマを優しく見ながら、ビリエルはため息をついた。そしてベッドに腰掛けて、涙が乾ききらないままのセルマの足元に跪いて言った。


「セルマ、俺は君が好きなんだよ?会ったことがないそのヒロインとやらに興味はない。もし出会っても恋人になったりしないんだろう?なら、やっぱり俺の愛する人は、セルマ、君だし、結婚するのも君しか考えられないよ」


「…ビリエル様」


「ゲームっていうものの中では何か理由があって君と別れるのかもしれないけれど、この、本物の俺はそんなことはしない。君が身を引くなんてこと、絶対に許さないよ?」


「あ…」


「俺をそんな奴だと思ったなんて、お仕置きが必要だと思うんだけど?」


「え…あの…」


ビリエルはセルマを抱きしめ、その唇にキスをした。


「愛してるよ、セルマ。俺の気持ちを聞かずに勝手に身なんて引かないで」



 その後、何度かセルマは急に『やっぱり私には大事な役目が!』と言い出してはビリエルから離れようとしたが、それはビリエルが許さなかった。


 2週間後に男爵令嬢のヴィヴィ・ヤノルスが転校してきた時は


「ついに、この時が…」


と震えていたが、ビリエルが『恋愛をうまく続けるためには』とセルマと自分の仲の良さを見せつけながらチュートなんとか、としてヴィヴィに恋愛について必要なことを教えたら、元気にお礼を言われてた。


 ビリエルとセルマは別れることなく、でも彼女は予定通りにセルマと仲良くなった。



*****



「ねぇ、セルマ。なのに、どうして君はいまだに彼女のお世話をしているの?」


ビリエルが尻もちをついたまま、メモを取り続けるセルマにそう問いかけると


「だって、ヴィヴィの幸せを応援したい気持ちは変わらないんだもの!」


とヴィヴィたちを見つめながら答える。


 無事にチューなんとかは終わったはずなのに、セルマは相変わらずヒロインだというヴィヴィをあれこれ手伝っている。まあ相手はヘルマン・ヘルナルだけのようでちょっと安心しているが。


 最近ではここぞという時…それがどんな時なのかはビリエルにはわからないのだが…には、験を担いで…この言葉もビリエルにはわからない…気合いを入れると言って最初にしていた眼鏡にひっつめ髪をして臨んでいる。


 言葉遣いもそうだ。『ビリエル殿』が出たらもう待つしかないことを彼は知っている。



「あー、もう俺の可愛い婚約者はしょうがないなぁ…」


 ビリエルは『あーあ』と頭の後ろで手を組み、植え込みの陰の芝生に仰向けに寝転んだ。


 別な世界のことを思い出したというセルマは以前よりも元気で、時々レディらしくない行動を取ることもあるけれど、それでもやはりビリエルは変わらずセルマが好きだ。


 一生懸命にメモを取るセルマを見ながら


「まあ、いいか。終わったら一緒に新しいカフェの下見だな」


と青空の下で昼寝をすべく目を閉じた。

お読みくださりありがとうございました。

拙作「これぞ恋」といい、植え込みから様子をうかがう人が大好きです。

*別で掲載していたものを引き揚げて、加筆修正したものです。

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