昼寝の場所
「額に水をつける。ただそれだけ。それだけのことで私の人生は大きく変わってしまった。」
私が暮らしている「ロネ」は、国の南側にあるオークサンド領の都市の1つで海や川、湧水のある水の豊かなところである。なかでも、森にある大木の近くから見る景色は美しい。海の青、森の青、川の青、泉の青、全てが心を癒してくれる。昼寝の場所にも最適である。
「アサ。もうすぐ雨が降るってアサのお母さんが騒いでいたよ。」
森の中から草木をかき分けながら話しかけてきたのは、幼なじみのルダだった。ルダはしっかり者で、私よりも女の子らしくてかわいい。頭にワタを乗せてここへ来るところもかわいい。
「またお母さんの予想でしょ。降らないって。見てよ、この青空。」
私は空を指さした。昼を過ぎた空は青々としていて、雲が少ないからか見ていると吸い込まれてしまいそうになる。ルダも空を見ていると思い横を見ると、あきれた表情のルダがこっちを見ていた。
「今は晴れているかもしれないけど、雨は降るよ。アサのお母さんの予想は外れることの方が少ないのに。アサだって分かってるでしょ。」
「そうだね。あと1時間したら降るかもね。ここまで海のにおいがするし。でもさ、雲が増えるまではここでゆっくりしていこうよ。ルダだってそのつもりでしょ。」
ルダがここに来るときは必ずカゴを持っている。おそらくいつもの頼みごとをされているのだろう。それなら少しくらい休んでいってもいいはずだ。
「アサ、私は頼まれてここに来たの。遊びに来たあなたと一緒にしないで。」
「別に遊んでるってわけじゃないけど。頼まれたことってダナンに届け物でしょ?いつものやつ?」
「そうだよ。いつものやつ。ダナンに渡そうと思ったけどここに来るまで会わなくって。」
どうしたものかと困った様子のルダは、そのままアサの隣に腰掛けた。そして、しばらく青を眺める沈黙が広がった。心地いい海風が私たちの間を通り抜けたとき、ぱらぱらと木の葉が降ってきた。
「ルダ⁉とアサ⁉こんなところでなにしてんの?もしかして昼寝?」
木の上から話しかけてきたのは、焦げたような肌と髪の男の子。ルダが探していたダナンである。やっほー、と手を振る私の横でルダは立ち上がってダナンを見上げる。
「ダナンってば、どこにいたの?今日は森に入ってから一度も姿が見えないから風邪でもひいちゃったかと思ったよ。」
「風邪なんてひくわけないじゃん。俺は森の住民だぜ⁉まちに住んでるあんたらよりも健康にきまってるだろ。アサも俺のことそう思ってたのか?」
「なんとかは風邪ひかないって言うし、冬でも山の中走り回ってるし、風邪なんて知らないと思ってた。そもそも森かまちかなんて関係なくない?」
「狩りはするけど、馬鹿じゃねーし。ひでーやつら。仲良くなったのが間違いだったぜ。」
ダナンって反論しながらも嬉しそうなところが、子どもっぽくていいんだよね。ルダが世話を焼いちゃうのもわかる気がする。まぁ、からかう方が楽しいけど。
「ルダ、ダナンにいつものやつ持ってきたんじゃないの?忘れないうちに渡しちゃいなよ。」
「そうだった!ダナン、はいこれ。いつものやつです。今日はうちのお父さんが大きい魚を釣ったらしくて、いつもよりも量が多いよ!」
「おぉ!待ってた、待ってた!今日の夜が楽しみだ。どうやって食べようかな~。ルダ、いつもありがとうな。今度、お返し渡すから楽しみの待っとけよ!あと、頭のふわふわのやつかわいいな。おしゃれってやつ?」
「頭のふわふわ⁉アサってば、気づいててだまってたの?」
ダナン、やっぱり言っちゃうよね。ルダが頭のふわふわにどこまで気づかないか試してたのに。それより、魚のアラだけでこんなにテンションが上がるのはダナンぐらいじゃないかな?普通食べなくない?
「ルダのは最近の流行なのかと思ってた!それより気になることがあるんだけど。」
「アサってば、適当に言ってるでしょ。分かってるんだからね!それと、気になることってなんなの?」
「ねぇ、ダナン。ルダからもらったそれ、いつもどうしてるの?うちでもルダの家でも食べたりしないけど、もしかしてそのまま食べちゃうとか?」
「ルダも気になってた!ダナン、どうしてるの?」
私とルダの質問に、ダナンはいつの日かを思い出すように楽しそうに話してくれた。
「さすがにそのまま食うことはしないな。大体は狩りで獲ったものと一緒に煮込んだり、焼いたり揚げたりしてパリパリのおやつにしてるかなぁ。あっ、おめーらは知らないかもしれないけど、目の周りってプルプルして美味しんだぜ。」
ダナンが魚のアラをどうやって食べるのか、目を輝かせながら話していると濃い海のにおいと共に冷たい風が吹き始めてきた。そして、アサの額に大きな雨粒が落ちた。