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第1章:交差する心と影

春。新学期。


東京・白楓学園の教室に、新しい風が吹いた。

その中心にいたのは、転校生――家山勇輝。

軽いノリ、爽やかな笑顔、女子にすぐ声をかけるその性格に、クラスの空気は一気に華やいだ。


しかし、そんな彼に眉をひそめた生徒が一人。


真白梨華。


黒髪ロングに整った容姿、成績優秀、合気道有段者――外見は完璧でも、心には人に言えない影を持つ少女。

転校初日から、軽薄そうに見える勇輝に、梨華は強烈な嫌悪感を抱いた。


──「スケベで女好き……うっとうしい。」


一方の勇輝はというと、梨華の冷たい視線にも動じず、むしろ興味を持ち始めていた。

「気の強い子って燃えるよなあ」と冗談まじりに笑ってはいたが、その眼差しはどこか真剣だった。


時が流れ、季節は秋に差しかかる。

クラスの中で勇輝の存在はすっかり馴染み、男女問わず多くの友人を作っていった。


だが、梨華とだけは距離が縮まることはなかった。


そんなある日、事件が起こる――


放課後の部活終わり、梨華がシャワー室から戻ると、ロッカーに置いた下着が消えていた。


探しても、探しても、見つからない。


更衣室、シャワー室、道場の隅、ロッカーの裏、果てはゴミ箱まで──


「……どこ……? どこにあるの……?」


梨華の声は震えていた。

顔色は青ざめ、肩は震え、額には冷たい汗がにじんでいる。


「まさか、誰かが持っていった……?」

絶望と恐怖に顔を青ざめさせながら、梨華は信頼できる唯一の存在、親友・小藤真希に相談する。


「……わたし、今日……あの……」


涙ながらに語る秘密。

真希は驚きながらも、強く梨華を抱きしめた。


「大丈夫、一緒に探そう。」


「でも、更衣室には鍵がかかってたんでしょ?」


「そう……でも……ロックって、そんなに強くなかったから……何かの拍子で……」

梨華と真希は、誰にも気づかれぬように、放課後の校舎をくまなく探した。

だが、あの下着はどこにも見当たらなかった。


校舎は夕焼けに染まり、窓の外にはゆっくりと夜が迫っていた。

「……っ、なんで……どうして……よりによって今日のに限って……!」


梨華の目にはもう涙が溜まっていた。

喉の奥からは嗚咽がこみ上げてくる。


「……わたし、合気道の稽古のとき、踏み込んだ瞬間にね、よく力入れすぎちゃって……時々……少し、出ちゃうの……」


ポツリ、ポツリと漏れる梨華の声は、どこか壊れそうだった。


「誰にも……こんなこと、話したことない……。昔から、治らなくて……何度も病院行って、骨盤底筋も鍛えてるけど……それでも、時々……」


「梨華……」


「だから、絶対に見つかったらダメなの。染みもあるし……匂いも……お願い……真希だけは、絶対に……」


真希は、何も言わず、ただ梨華の肩にそっと手を置いた。

冷たい肩は震えていた。

優等生として、完璧であり続けた梨華の、あまりにも脆い一面だった。


「大丈夫。誰にも言わないし、必ず見つけるから」


真希のその言葉だけが、今の梨華をつなぎとめていた。


二日後。

黒板に貼られた一枚の紙。

そして、画鋲に吊るされた小袋。


それを見た瞬間、梨華の心臓が止まりそうになった。


「え……っ、なに……」


教室内がざわつく。


「2年A組、真白梨華……?」


「えっ、マジで!? あの真白が!? あの“完璧お嬢様”が!?」


声が飛び交い始める。やがて笑い声に変わる。


「え、ちょっと待って、くさ……マジでくっさ……これヤバくない?」


「黄色い染み……これ、アレでしょ……オムツ必要なんじゃね?」


「えっ? 真白ってさ、Eカップであの顔で?中身お子様以下じゃん!うわー! ギャップ萌え〜〜〜」


「てか、見てこの染み。マジで失禁じゃん。ちょっと引くわ……」


梨華の身体から、血の気が失せていく。

耳が遠くなって、心臓だけが激しく脈打つ。


周囲から飛んでくる視線は、いつもの称賛や憧れじゃない。

哀れみ、好奇心、そして……妬み。


「成績優秀でさぁ、お嬢様でさぁ、モデル妹までいて? ちょっと優等生すぎると思ってたわ」


「だよね〜? これで株、だだ下がりでしょ。女王様気取りの真白様も、しょせん“おもらし”お嬢様〜〜」


クスクス……ヒソヒソ……。

笑い声が教室を満たす。

誰一人、止めようとはしなかった。


涙が、ぽたり、とノートの上に落ちた。


梨華は耐えられなかった。

誇りも、努力も、プライドも――すべて一瞬で嘲笑に変わった。


「やめて……お願い……やめてって……!」


そう叫ぶ声も、すぐに別の誰かの嘲笑にかき消された。


そのとき――


「……おい、いい加減にしろよ。」


教室の空気が一変する。

教壇の後ろから声を発したのは、家山勇輝だった。


「……くだらねぇことしてんじゃねーよ。見苦しいわ。」


ぽつりと投げられた言葉。

けれど、それが静寂を呼び込んだ。


「お前ら、そんなに笑って楽しいか? 人の下着がどうとかって? え? 馬鹿じゃねぇの?」


一歩、二歩と前に出て、勇輝は黒板から紙をはがした。

そして、皆を睨みつけるように言い放つ。


「こんなの見て喜んでるお前らの方が、よっぽどクズだろ。何なら、お前らのパンツも晒してやろうか?汚れてない自信あんのかよ?」


教室が凍りついた。


そのあと、何も言えない空気が支配した。


授業が始まっても、教室の誰もが梨華に目を合わせようとしなかった。


放課後。

梨華は真希、なつみ、真里に支えられながら静かに学校を後にした。


校門を出たところで、勇輝が待っていた。

彼は少し照れたように手を後ろにまわし、そしてそっと差し出す。


「あの後、誰にも言うなって言っといたから。もう大丈夫。」


差し出されたのは、袋に入った例の下着。


「っ……っっ!!」


梨華は真っ赤になって袋を奪い取ると、反射的に勇輝の頬を叩いた。


ぴしん!


「いてっ……なんでだよ……」


頬を押さえながら呆然とする勇輝。

その姿を見ながら、梨華は涙をにじませたまま、走り去っていった。




翌日、梨華は登校できなかった。

朝から教室は静まり返っていた。

生徒たちは、昨日の騒動を口には出さないが、皆が思い出し、そして何となく目を逸らしていた。


放課後、真希と真里は、教室にやってきた勇輝の席に向かう。


「家山くん。昨日は……ありがとう。」


真希が言うと、真里も小さく頭を下げる。


「梨華、本当に落ち込んでて……でも、あんたが助けてくれたおかげで……」


「いや、俺は別に……あいつの泣き顔見たくなかっただけだし。」


そっけなく言いながら、勇輝は窓の外を見つめた。


そして――その日の放課後。

真希、真里、なつみは、犯人を見つけるための行動を始めた。


まずは、被害にあった他の生徒への聞き込み。


一年生の教室を訪ね、こっそり事情を聞いた。

すると、意外な証言が返ってきた。


「盗まれたのは、ロッカーに鍵をかけてたのに。開けられてたんです……」


「鍵って、そんなに簡単に開けられるの?」


「先輩、合鍵……誰かが持ってたんじゃ?」


真希たちの表情が強ばった。


「誰かが、計画的に……?」


真希の目が鋭く光る。


「これ、絶対にただのイタズラじゃない。悪意がある。見せしめみたいに戻すなんて、最低すぎる。」


真里が拳を握りしめる。


「梨華だけじゃない……まだ誰かが狙われてる。次は、他の子かもしれない。」


三人の中に芽生えたのは、怒りと、友情の炎だった。


――そしてその夜、梨華のスマホには、真希からの一通のLINEが届いた。


『梨華、絶対に許さない。私たちで犯人、見つけ出すから。』


その文字を見た梨華の目から、再び涙が溢れた。

でも今度は、孤独の涙ではなかった。

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